番外編 仕返し





 レナートの別邸でお茶をご馳走になったあと、イルとガヴィはレナートの好意で別邸に泊まっていくことになった。


 レナートを苦手に思っているガヴィは気が進まなかったが、晩餐はレナートの心尽くしのもてなしに溢れており、アルコールも程よく入って客室に戻った時には少々ふわふわとした心地だった。湯浴みを済ませて再び部屋に戻った時には冷えたハーブティーが用意されていて、本当に世話好きな男だとガヴィは嫌味を通り越して感心しきりだ。


 アルコール摂取後に入浴した為、体が火照っている。アルカーナ王都では入浴と言えば水浴び程度のものが多かったが、クリュスランツェは冬季は寒い上に各地に温泉が多く点在し、湯に浸かるという文化が発達している。温泉成分も相まって……あれはヤバい。


 ガヴィは火照りと酔いを冷まそうとテラスに出た。



 夏風が、サラリとガヴィの髪を撫でてゆく。



「あ! ガヴィ!」


 クリュスランツェに来て初めて寝室が別になったイルが、すでに湯浴みを終えて涼んでいたらしく、隣のテラスからガヴィを見つけて嬉しそうに名を呼んだ。


 ここでも危うく同室にされそうになった二人だったが、そこはガヴィが固辞した。

 ……事件も解決したことだし、いい加減睡眠は確保しておきたい。


「ガヴィも涼みに来たの?」


 おー、と適当に返事を返し何気なく空を見上げる。

 クリュスランツェの夜空は見事な星に彩られ紺碧の空をところ狭しと埋め尽くしていた。

 これは圧巻だわ、と感心しながら空を眺めていると「私、そっちに行くね!」とイルの声がして、ガヴィが隣のテラスに目をやったのとイルがテラスの手すりに足をかけたのは同時だった。


「え。ちょ――待て――!!」


 ガヴィの静止虚しく、ガヴィが声を発した時にはイルの体はすでに宙に浮いていて、ふわりとスローモーションのようにイルの体が宙に舞い、刹那の後にはドサリとガヴィの胸に飛び込んでくる。

 ガヴィはとっさに手を出したがたたらを踏んで、最後にはイルと一緒にテラスに倒れ込んだ。


「ば、ば、馬鹿野郎!! アカツキじゃねえんだぞ! 何考えてんだお前は!!」


 どこにテラスを飛び越えて来る女がいるんだ! いや、ここにいるが!


 本気で焦っているガヴィの反応に、事もあろうにイルは「ご、ごめーん。ガヴィなら受け止めてくれると思って」近かったし、と笑って誤魔化した。


 そのまま猫のよう……いや、狼のようにエヘヘとすりすりとガヴィの体に頬を擦り寄せてくるイルにどっと脱力する。



 まったく、びっくり箱か。この少女は。



 力が抜けて、ガヴィは怒る気も失せた。



「星、凄いよねぇ。ノールフォールも星が綺麗だけど、クリュスランツェの夜は本当に星の海の中にいるみたい」


 倒れ込んだ姿勢のまま空を見上げてイルが星を指差す。


「いつだったかな。私が小さな時も夜の森で兄様と星を見たんだ。凄く綺麗でね、その時のこと思い出してたんだぁ」


 人は亡くなったら空のお星さまになって、ずっと見守ってくれるから寂しくないねって話をしてて……


 薄い寝間着のまま、人の上に乗り上げて思い出話に花を咲かせる少女。


 ノールフォールを出てから、彼女には振り回されっぱなしだ。

 こちらの気持ちなどお構いなしに、そうやって無垢な顔をしていればずっと許されると思っているのか。


 イルがこんなに無自覚なのは、お前らの責任でもあるんだぞと恨めしげに星空を睨んだ。


「……んじゃ、空の奴らに見せつけてやろうぜ」

「え?」


 闇夜の星空を見上げていた琥珀色の瞳がガヴィの方を向いた瞬間、イルの戸惑いも驚きも全てガヴィの口が飲み込んだ。


 イルは途中でちゃんと目を閉じたけれど、いつもと違ってなかなか接吻が終わらない。

 そのうち息継ぎが怪しくなってきて、苦しい息の下、思わず薄く開いた唇の隙間から何か熱い塊が侵入してきた。


「んんぅ……っ!?」


 イルは驚いて咄嗟に身を引いたが、ガヴィの大きな手にがっしりとホールドされていて動けない。いよいよ本格的に息ができなくなってきて、目の前にチカチカと星が瞬きだす。

 そのうち体から力が抜け、ぐったりとガヴィの体に身を預けたタイミングで、ガヴィはイルの唇の端をちぅっと音を立てて吸って離れていった。


 バクバクと、心臓の音が凄い。自分でわかる。夜目でも絶対に顔が赤くなっている。


 上手く回らない頭で最後の抵抗とばかりにガヴィの胸をドンドンと叩いた。……叩いたつもりだったが、力の入らない手で叩かれても鍛えられたガヴィには何のダメージもない。涙目で睨んだガヴィの顔はしてやったりの顔で……その子どもっぽいとも思える表情に、イルは文句の一つも言いたくなった。

 けれど、あの事件の後から、ガヴィの態度がどこか変わった気がする。何が、と言われると困ってしまうが、それでも時々彼は不意に今みたいな顔をするから――


 それが嫌ではないイルは抗議の言葉を飲み込んで、ガヴィの胸に顔を押し当てただただ俯くしかなかった。





 ……イルを部屋に返した後、ガヴィが結局悶々と寝られない夜を過ごす羽目になったのは……まあ自業自得である。


 ❖おしまい❖


 2025.8 了

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 ❖あとがき❖


 こちら、鳴宮琥珀様からいただいたファンアートのお返し用にしたためたSSです。

 鳴宮琥珀様からいただいたアルカナのファンアート⇩

 https://kakuyomu.jp/users/shinonome-h/news/16818792438643032498


 暴漢や敵から逃げるためにバルコニーの手摺を乗り越えちゃうヒロインは時々見かけますが、隣に恋人が見えたからって理由でジャンプするヒロインはあんまりいないのではないでしょうか(笑)ガヴィの苦労が察せられます(笑)


 ガヴィの愛情って、多分激重なのですが、そうは感じさせないのが彼の良いところ(?)でも時々ちょっとだけ顔を出して納める彼が好きです(笑)エライな―。


 ちなみに意外にも全く隠さないのが銀の髪の公爵様ですね(笑)お陰で子孫爆誕してますし。


 ちなみにこの回で東雲が一番好きなところは、亡くなった過去の人に「お前らちゃんと躾けとけよっ」って恨みがましく空を睨む所です(笑)


 ガヴィ相手なら何でも許されると段々思ってきているイルが可愛い。ゆるす。

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【完結】アルカーナ王国物語4~氷槍の守り人と幻影の森~ 🐉東雲 晴加🏔️ @shinonome-h

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