第4話 ドームとルル子ん家

「えっ? 母船って、これ……ハリキリドームじゃんかよ!」


 俺はぶったまげた。

 ルル子が母船と呼んだのは、プロ野球の試合を観戦したりアイドルグループのコンサートを楽しんだりできる、かの有名なハリキリドームだったからだ。

 そういやガキの頃はこのドームのこと、ハラキリドームって呼んで面白がってたっけなぁ。

 ちなみに俺のアパートからは、電車で約一時間かかる距離にある。


 俺は年季の入った安物の腕時計を見た。

 会社に遅刻の電話を入れてから、まだ三十分しか経っていない。


「おいルル子、お前どんだけスピード出して飛んでんだよ」

「えー? だって、お空は旅客機や戦闘機、あとは鳥さん達に気をつけていればいいだけだから、気楽にスピードが出せていいですよね?」


 いや。ね? って、俺は空なんか飛べねぇんだから同意を求めてたって無駄だろうよ。

 しかし、こんなに目立つ異星人よそものであるルル子と一緒にいたりして、俺、目立ってないだろうか?

 ちらちらとさりげなく周りを見てみるが、歩いている人の姿はまばらで、皆一様にどこか目的地に向かって移動している。ほっ。


「あー、今日が平日で良かった! 多分イベントもなくて、しかも店が開く前の時間だから、あんまり人がいないんだろうな!」

「そうですね! まあ、立ち話もなんですから、どうぞ入ってください」

「……あのな、ドームをまるで自分家みたいに言うのやめろよ……って、なんでこのゲートだけドピンク色してんだ?」


 ルル子が示したゲートの扉には【関係者以外立ち入り禁止】という貼り紙がしてあった。


「今、母船のハッチをあけますからね」


 ルル子がそう言って扉に華奢な手を当てると、【関係者以外立ち入り禁止】貼り紙が、ぴらぴらとはためいた。かと思うと、すぐに動かなくなる。


「なんだ、この貼り紙? なんで風も吹いてないのに動いたんだ?」


 俺はそこに違和感を覚えた。だって、あまりにも不自然だろ……って、ルル子! 人が考えごとしてんのに、無理やり腕をひっぱるんじゃねぇよ!


「!? な、なんだこりゃ!」


 ゲートから足を一歩踏み入れた途端、目に見える世界と空気感が変わった。

 一言でいえば、どっかで見たような貴族の御屋敷とか宮殿。それが目の前にある。

 だけど、鼻につくニオイは……機械工場かなんかの油っぽいものだ。


「なんなんだ、この違和感! 雰囲気がまるで合ってねぇえ!」


 俺は叫び、体を百八十度回転させて足を一歩踏み出す。


「あ、普通の景色に戻った……」


 目の前に広がるのは、ついさっきまで見ていた少し殺風景な街の風景だ。


 なっ、なんなんだ、これは!

 だいたい、ゲートの中は通路じゃなきゃおかしいだろ!

 あんなんじゃ、野球の試合もコンサートもできやしない!


「ダクトさん、どうしたんですか?」

「どうしたじゃないよ! いったいドームになにしやがった!?」


 もう、俺の名前を呼び間違えてることなんか、どうでもいい! これはドームの危機だ!


「え? ああ、私達はこのドームの異次元空間を借りているだけなんです。次元をずらしてるだけで、この星の皆さんの遊興には一切影響ないんですよぉ。だから、ダクトさんの大好きなクイーンベアーズのコンサートも普通にできちゃうんです! 安心してくださいね!」

「……え……なんで、俺がクイーンベアーズのファンだって知ってるんだよ」


 なんだろ、かすかにイヤーな予感が……


「ルル子は、ダクトさんの事ならなんだって知ってますよ! ちょっとマザコンシスコン気味だとか、零点のテストを川に流したとか、失敗した図工の作品を土に埋めたとか、あとは」

「やめ、やめろ、ストーーーーップ!」


 な、なんてこった!


「お前! 個人情報保護はどうしたあ!」

「それは、特性ルル子ドリンクを作る方が優先されまぁす!」


 にっこぉ!


「くっそぉ、今すぐお前の頭をぶん殴りてぇ!」

「だめですよ! そんなことしたら、ダクトさんの手が粉々になってしまいます! 生体の強度が違うんですから!」

「むむむっ……と、特性ドリンクなんか、俺の(恥ずかしい)過去なんか知らなくたって作れるだろ!」


 なんとなく、そんな気がする。


「はあ、まあそうなんですけどね。ダクトさんのいろんな情報は、ドリンクの素対象を絞り込む為に必要な情報だったんです」

「そうかよ、もういいわ! 俺、帰る!」


 ここからなら、家までの道わかるし。電車賃を払わなきゃならないのは、すんげぇムカつくけど。


「どうぞ! お入りください!」

「え? ……なに、この縄?」


 ひでぇ。いったいいつ縄なんか巻いたんだ! それに、今の声……ドスの効いたおっさんの声だったぞ!


「帰る! 帰らせろぉお!」


 ずるずるとドピンクゲート奥に引きずりこまれていく哀れな俺の叫び声が、高貴な御屋敷風の部屋中に響いていた。

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ルル子っていうメカニック宇宙人につきまとわれて幸せです? 鹿嶋 雲丹 @uni888

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