第3節:「新たなステージへの準備」
レッスンスタジオに流れる音楽は、いつもの曲なのに、どこか違う響きを帯びていた。
私はリーダーとして立ち位置を確認しながら、メンバー一人ひとりの振りを見て回る。
桜井未来――失った仲間とともに歩む決意を胸に、新しいステージへと踏み出そうとしている最中だった。
「そこ、もっとキレよく回って! ひなた、足が少し遅れてる!」
振付の細かい部分に口を出すと、篠宮ひなたはぎこちなくも真剣な表情で応えてくれた。
「はいっ、やってみる!」という声に覇気が戻ってきたのは嬉しい。
橘かりんや天野雪菜も、互いの動きをチェックし合いながら少しずつステップを合わせていく。
事件の記憶はまだ生々しく残っているけれど、その痛みを飲み込みながら頑張ろうとしている姿に、私も胸が熱くなる。
(莉音がいないのは辛い。でも、この痛みを私たちは力に変えなきゃいけない。)
そう心の中で呟いたとき、ふとスタジオのドアが開いてスタッフが顔を覗かせた。
誰かが差し入れを届けに来たのだろうかと思っていると、鞄から手作りの応援グッズを取り出してこちらに差し出す。
そのグッズには「#ラストフレーズ再出発」と書かれた文字が大きくデザインされており、見覚えのある配色にどきりとする。
「これ、矢崎誠さんが作ったみたいです。『再開ライブを祝いましょう』ってファンに配ろうとしてるって話ですよ。」
スタッフがそう説明すると、みんな一瞬手を止めてそのグッズを見つめた。
色とりどりのステッカーや、小さなサイリウムカバーにはメンバーカラーと“Rion”の文字が入っている。
かりんや雪菜が小さく「すごい……」と漏らす声を聞き、私は心がじんわりと温かくなるのを感じた。
事件以来、安楽椅子探偵のように振る舞っていた矢崎だったけれど、結局彼はグループを心から愛してくれている。
ファンコミュニティでも「#ラストフレーズを応援しよう」という動きが少しずつ盛り上がっているのだと、スタッフが教えてくれる。SNSを覗けばこんな書き込みが増えていた。
@minato_loveidol ラストフレーズ復帰ライブ行きたい! 事件でつらい思いしてる分、応援したい
@idol_fan_ko 矢崎さんがオリジナルグッズ作ってるって聞いた みんなでつけて盛り上げようよ!
@otaku_no_club #ラストフレーズ再出発、微力だけど応援してる きっとまたあのステージで輝いてくれるはず
書き込みを見たひなたは「うれしいね……」と小声で呟き、雪菜は涙を浮かべながら微笑む。
かりんはまだ気持ちの整理がついていないようだけれど、それでも「こんなに応援してくれる人がいるんだ……」と驚いている様子だ。
「よし、じゃあもう一度最初から合わせよう!」
私の合図でレッスンを再開する。
曲が流れ始めると、みんなの息が合ってきて、スタジオに響く足音が力強く感じられるようになる。
かりんも雪菜もひなたも、悲しみを背負いながら、
その先の光を目指しているのがわかる。
私もまた、次のライブを成功させたいと願わずにはいられない。
(莉音、私たちが繋ぐよ。あなたが大事にしていたステージを、もう一度作り直すんだ……)
一曲分の振りを終えると、全員が息を切らしながら床に手をついた。
それでも、互いを見つめ合って苦笑いをこぼす光景は、どこか希望に満ちている。
次に控える復帰ライブを成功させるため、私たちはもう一度“新たなステージ”を創り上げようとしているのだ。
あの日の、莉音の歌声と笑顔を思い出しながら――。
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