第4節:「再生のステージ」
会場の暗転が解ける瞬間、私たちは深い呼吸を合わせていた。
今日はラストフレーズの復帰ライブ。
ステージの上手から立ち位置へとゆっくり歩き出すと、観客席のサイリウムがまばゆいばかりに揺れているのが見える。
それでも、いつもと違うのは水無瀬莉音の席が中央に空けられていて、そこに彼女の衣装と写真が飾られていることだ。
「――行こう」。
私、桜井未来の小さな呟きに、橘かりん・天野雪菜・篠宮ひなたが「うん」とそれぞれ頷いてくれる。
あの日から、どれだけ苦しい時間を過ごしただろう。
だけど、その苦しさに飲まれていたら、前に進むことはできないと分かっていた。
ステージ中央の空席には、真っ白なライトが当たっている。
オープニング映像には笑顔の莉音が映し出され、客席からも涙をすする声が聞こえた。
「莉音ちゃん、見てる…?」
そう思いながら、私たちは一歩踏み出し、マイクを持ち上げる。
客席のざわめきに耳を澄ますと、ファンの呟きがSNSで配信されているのだろう。スタッフが画面を見せてくれると、タイムラインにはこんな声が流れている。
@rioforever 莉音の分までみんな輝いてた… 涙が止まらない
@idol_fan_best これがラストフレーズの“再生”なんだよね 事件後もステージを諦めない姿勢、マジで尊敬する
@lovelyotaku998 Re:フレーズって新曲のタイトルらしい セトリのラストで披露するみたいだし、絶対ヤバい予感…!
熱気と涙が入り混じる客席に向かい、私たちはゆっくり深呼吸する。
それぞれが抱えた苦しみを、歌に変えるために。
ファンの力強い「未来ー!」「かりんー!」というコールがかすかに聞こえる。
そしていよいよ、初披露の新曲――「Re:フレーズ」が始まる。
新曲「Re:フレーズ」 歌詞全文
1番
涙の向こうに探した光
暗闇の中でも声は響く
ねえ 覚えているかな?
あの日交わした約束を
揺れるステージに立つ理由(わけ)は
君がくれた“続き”だから
手を繋いで もう一度だけ
未来(あす)を一緒に歌おう
サビ
君が残したフレーズ
私たちの始まりの音
消えない記憶を抱きしめて
今日も歌うよ Re:フレーズ
涙の終わりから 繋ぐメロディ
君とともに――
2番
ひとつずつ重ねた時間が
いつか形を変えたとしても
信じ続ける限り
心はひとつ 響き合う
失った声も笑顔も
この場所にまだ生きている
傷ついても 乗り越えていく
君が見守ってるから
サビ
君が遺したフレーズ
私たちを強くする音
忘れない記憶を抱きしめて
今日も歌うよ Re:フレーズ
涙の終わりから 広がる未来
君のために――
ブリッジ
一度途切れた歌も
この胸で響いている
どこまでも繋がるから
もう怖くないよ
ラスサビ
君が遺したフレーズ
私たちの続きの音
涙を笑顔に変えていく
今日も歌うよ Re:フレーズ
いつまでも消えない このメロディ
君と歩く――未来へ
音源が流れ出した瞬間、私たち四人は目を合わせることなく、一斉に振り付けを合わせた。
それぞれのパートで声を重ね、客席からは震えるような歓声が起こる。
最初は涙をこらえようと必死だった私たちだけど、曲が進むにつれ、不思議と心が軽くなる気がした。
亡くなった莉音がステージ中央で微笑んでいるような感覚すらあって、胸が熱くなる。
そしてラスサビ――私たちが歌い出すと、客席は大きくうねり始める。
サイリウムの色がメンバーカラーに切り替わっていき、一体感が強くなる。
舞台袖ではスタッフが泣いているのが見えた。
SNSの実況にも、その光景がリアルタイムで伝わっているようだ。
@ruuu_rion ライブ配信観てる…新曲Re:フレーズまじ泣ける あの子たち、完全に覚悟決まった顔してる
@animeotaku999 なんだろう、アイドルなのにこんなに胸を抉る感じ… でも力をもらえる曲だね、ずっと聴いてたい
@lfrz_forever これが本当の“ラストフレーズ”の次の形なんだ…! 莉音もきっと誇りに思ってるよ
大きな拍手と歓声の中、私たちは曲を終えてステージに立ち尽くす。
胸にあるのは、終わったのに終わらないような、不思議な感覚。
ライトがゆっくりと落ち、暗闇に包まれると、私たちは自然と手を繋いでいた。
誰が先に言うでもなく、みんなが微笑みあう。
それは事件以来、ようやく形になった連帯感だった。
そして薄明かりがステージを再び照らし、私は一歩前に進む。
涙を浮かべながらマイクを握りしめ、
「――私たちはこれからも歌い続けます。莉音のためにも、応援してくれるみんなのためにも。ありがとう。」
客席からは「ありがとう!」と叫ぶ声や拍手が帰ってくる。
その時、頭の中で莉音の声がしたような気がする。
「おかえり」と囁くような、優しい響きに胸が締め付けられて、もう涙が止まらなかった。
だけど、その涙は悲しみだけじゃなく、確かに前へ進むためのものなのだと実感していた。
「莉音……これが私たちの“ラストフレーズ”じゃない。ここからまた始まるんだ。」
そう決意をかみしめると、暗闇と残光が織りなすステージの奥で、私たちの新たな一歩が静かに示されている気がした。
もうこのステージから逃げたりしない。あの子の遺したメロディに「Re:」をつけるように、新たな物語を紡ぐために。
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