第2節:「メンバーそれぞれの決意」
生々しかった事件の記憶が、少しずつ“過去”へと変わり始めたころ。
私たちラストフレーズのメンバーは、再び同じステージに集まっていた。
暗いリハーサルスタジオの鏡に映る自分たちの姿は、あの事件を経て少しやつれたように見えるかもしれない。
でも、誰も逃げ出そうとはしなかった。
最初に口を開いたのは、橘かりんだった。
彼女は衣装の袖をきゅっと握りしめながら、私たちをまっすぐ見つめる。
「私も、もう一度みんなと一緒に歌いたい。……莉音の分まで、ステージを守る。それが、私の償いというか、責任の取り方だと思うの」
話しながら、かりんの瞳が少し潤む。
以前は強気な態度ばかり見せていた彼女が、こんなに弱い部分を素直にさらけ出すなんて。
心に染み入る光景に、私は唇を噛む。
そして、すぐそばにいた天野雪菜が一歩前に進んで声を上げる。
「もう怖がらない。……私も強くなる。莉音ちゃんがくれた勇気だから」
その声は震えていたけど、確かな意志を感じた。
事件のせいでステージに立つのを怖がっていた雪菜が、「強くなる」という言葉を口にしている。
それだけで、私の中の何かがほっと温かくなるのを感じる。
「私たち、きっともっと大きくなるから!」
まるで子供のように明るい声で言い放つのは、篠宮ひなただった。
元気を取り戻しきれてはいないはずなのに、その宣言には弾むような勢いがある。
浮かべた笑顔も、少し涙が混じっているみたい。
でも、その笑顔にこそ彼女の本気が表れていた。
私は三人を見回しながら、胸に込み上げる思いを押さえきれず、マイクを掴むように口を開いた。
「私がこのグループを守る。莉音が愛したステージを、絶対に失わせない。……みんなが一緒なら、きっと私たちはまた笑えるはず」
自分の宣言が、チープに聞こえないだろうかと不安になる。
でも、事件で散々傷ついた私たちが、ここで踏みとどまらなくてどうする?
私たちに残されたのは、もう一度ステージに立って歌うことだけ——それが、何よりも莉音への供養になると信じていた。
そんな決意を胸にすると、私たちの間に漂っていた不信感や亀裂が少しずつ溶けていくのを感じる。
事件の最中、誰かを疑い合い、まともに目すら合わせられなかった日々。
それでも乗り越えていこうという気持ちが、グループを再びひとつにしてくれる。
鏡に映った私たちは、まだどこか表情に憂いを残しながらも、互いの視線を交わしていた。
「……よし。やろう、もう一度」
かりんが短くそう呟き、ひなたが「うん!」と元気に応じる。
雪菜は微かに微笑んで、「よろしくね、未来……」と言ってうなずいた。
この瞬間、私たちはあの闇を少しだけ突き破ったような気がした。
事件の爪痕は簡単に消えないし、莉音の不在は痛いほど重たい。
だけどステージに立たなければ、立ち止まったままでは、何も始まらない。
スタジオの外からスタッフの足音が近づいてくるのが聞こえる。
どうやら次のライブに向けた打ち合わせが迫っているようだ。
以前の私たちなら会議室に呼ばれると「またかよ」なんて軽くぼやく程度だったけど、今は不思議とモチベーションが高まっていた。
もう一度みんなでステージに立つため、少しでも先へ進むために——。
(莉音、見てて。私たち、また歌うよ。君の笑顔が消えたわけじゃないって証明したいんだ。)
そう心の中で語りかけながら、私はドアノブに手をかける。
幕は落ちたけれど、私たちの公演はまだ終わってはいない。
むしろ、ここからが本当の再スタートなんだと自分に言い聞かせて、私は扉を開けた。
スタッフの戸惑いと、メンバーの覚悟、そしてファンの想いを合わせて、私たちは新たな一歩を踏み出そうとしている。
決してあの子の夢を終わらせないために。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます