第7章: 「新たな一歩」
第1節:「事件の余波」
事件解決のニュースが世間を駆け巡って数日。私、桜井未来は事務所の会議室で行われる記者会見に臨んでいた。
そこでは、社長・沢村が正式に「ラストフレーズの活動再開」を発表し、困惑するメンバーたちは一歩後ろで言葉少なに様子をうかがっている。
あの忌まわしい事件が解決されたとはいえ、ファンの気持ちを思うと心が痛い。
「【お知らせ】ラストフレーズは活動を再開いたします。水無瀬莉音の意志を継ぎ、メンバー一同、前へ進む決意を固めました。」
事務所の公式X(旧Twitter)アカウントでも同時に投稿が配信され、さまざまな反応が寄せられる。
画面を見せてくれたスタッフによれば、タイムラインは混乱と期待が入り混じった言葉で溢れていた。
@idol_fan_love ラストフレーズ、応援するよ! 莉音ちゃんだって絶対それを望んでるはず…!
@idol_confused 正直、まだモヤモヤする。 でも未来ちゃんたちが本気でやるなら信じたい…。
@idol_hate_account 事件あった後で活動継続とか… 炎上商法かよ、もう信用できないわ
ネットの声は賛否両論。
応援してくれる人もいれば、“事件後なのに再開なんて許せない”という厳しい意見もある。
そんな中、音楽ライターの野村香奈が書いた記事が大きく拡散されているという。
「地下アイドル界の闇が暴かれた事件。しかし、その闇を乗り越えて、彼女たちは再び立ち上がる。
ラストフレーズは“終わりのフレーズ”ではなく、“新たな一歩のフレーズ”を奏でるだろう。」
この言葉をSNSで見かけたとき、私は少しだけ心が軽くなった。
真犯人が捕まり、一応の決着を見たけれど、損なわれた信頼を回復するのは容易じゃない。
メンバー自身も、未だに失意とトラウマを抱えながら日々を過ごしている。
それでも、こうして文章にして背中を押してくれる人がいると、ほんの少し勇気が湧いてくる。
事件後の初レッスンで、橘かりんは目を伏せながら言った。
「やっぱり、自分がもっとしっかりしていれば、こんなことにはならなかったんじゃないかって……」
その横で天野雪菜や篠宮ひなたも、「ステージに立つのがまだ怖い」と弱音を吐きつつ、曲がかかるとゆっくり体を動かし始める。
私たち全員、あの日々のように無邪気に笑い合えるわけじゃないけど、少しずつ前へ進もうとしていた。
「私たちを許せない人もいるだろうし、応援をやめるファンもいると思う。でも……それでも歌い続けることが、莉音への供養になると私は信じたい。」
声に出すと同時に、胸の奥がズキリと痛む。
あの子がいなくなった事実は変わらない。
私たちも犯人を防げなかった後悔を抱えたままだ。
けれど、舞台上で生きることを諦めるのは簡単だけど、それでは莉音が笑ってくれない。
レッスンが終わって事務所を出ると、スマホにはこんなメッセージが届いていた。
【ファンサイト:ラストフレーズ応援板】
1: hinata_lover 事件が一段落したから再開するって聞いた… 微妙だけど、応援したい気持ちもあるんだ
2: rion_miss 正直、まだ悲しくて見れない… でも未来ちゃんたちがステージに立つなら、行かないと後悔しそう
3: unknown_idol #ラストフレーズ再出発 ってタグで盛り上げようよ 亡くなった莉音ちゃんのためにもさ
読んでいるうちに胸が温かくなる。
事件を完全に受け入れられない人も多いけど、応援してくれようとするファンの声が確かに存在する。
それだけでも救われるような気がした。
一方、アンチ的な意見も見受けられる。
@antiidolxxx もう騒動の後でしょ、どうせ同情狙いでしょ
そんな書き込みを目にし、心が痛むのも事実。
しかし、私たちが逃げるわけにはいかない。
空を見上げれば、灰色の雲の隙間に少しだけ青空がのぞいている。
まるで、明るい未来がわずかに見えているみたいに。
「でも、これから――私たちはもう一度、ステージに立つ。あの子の意志を継いで。」
そう呟いて歩き出すと、背筋がほんの少し伸びる気がした。
これが私たちの“新たな一歩”になるかどうかはわからないけれど、少なくとも止まってばかりの毎日はもう終わりにしたい。
事件が解決した今こそ、立ち止まらずに進むしかないのだ。
この一歩を踏み出した先に、何が待っているのかは知らない。
けれど、ステージに立つ日々が私たちをまた繋ぎ止めてくれるなら――それがどんなに困難な道でも、私は莉音の意志を胸に抱いて歩きたい。
ファンもメンバーも、そして私自身もその先で、もう一度笑えるように。
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