第5節:「真相への一歩」

夕暮れの空気を肌で感じながら、私は事務所裏の非常階段に座り込んでいた。

視線の先には手帳とスマホが置かれていて、そこにはこれまでに集めた情報がぎっしり詰め込まれている。

評論家の佐伯祐介やライターの野村香奈が語ってくれた事実、そしてメンバーやファンから聞き出した断片的な証言——それらをつなぎ合わせると、一つの可能性が浮かび上がってきた。


 「あの子の最後の投稿が、もし予約されていたものだとしたら……犯人はあの日、物販中のあの時間帯にどうやって莉音のスマホを使ったの?」


 独り言のように呟きながら、私は事件当日のスケジュール表を指でなぞる。

握手会や物販が行われていた10時から11時ごろ、莉音はファンの前に立っていたはず。

でも、事件が起きた時間帯にはもう控室で倒れていたといわれている。

じゃあ、どうやって11:05の投稿が上がったのか。いよいよ「予約投稿」という説が現実味を帯びてくる。


 脳裏には佐伯の言葉が蘇る。

「内部犯行の可能性が高い。莉音のアカウントやスマホを触れる立場の人間でなければできない。」

それが事務所の人間なのか、あるいはメンバーなのか、もしくは別の関係者なのか——そこまでは特定できない。

でも、スマホに何か決定的な証拠が残っているかもしれない。そう思うと、いても立ってもいられなくなった。


 「莉音のスマホ……犯人はそこに証拠を残している。」


 そう確信した瞬間、私は立ち上がる。

あのスマホはすでに警察の手に渡ってしまっているが、何らかの方法で中身を確かめることはできないだろうか。

勿論、勝手に触れれば法に触れる可能性もあるし、警察が協力してくれるとも限らない。

だけど、このまま待っているだけでは何も変わらない。


 階段を降りながら、私は生誕祭の余韻がまだ残る会場へ向かう。

篠宮ひなたの生誕祭は天野雪菜の事件で途中打ち切りのようになり、後味の悪いまま終わってしまった。

ロビーは半分照明が落とされ、スタッフが片付けを進めている。

思い出したように私に声をかけるファンがいるが、うまく笑顔を返せず、ただ会釈だけして先へ進んだ。


 そして一人きりになったホールの扉を開くと、暗い客席が広がっている。

ステージにはわずかに照明の残り火が当たっていて、まるで舞台全体が今にも消え去りそうな雰囲気だ。

私は舞台の上に上がり、莉音がいつも立っていた場所へ足を向ける。

すると、まるで幻影のように、彼女がそこで笑っている姿が脳裏に浮かんだ。


 「あの時のステージには、みんなの夢が詰まってたんだよね……」


 震える声で呟いた瞬間、目頭が熱くなる。

だけど、涙はこらえた。こんなところで泣いても、莉音は戻ってこない。

それより私がすべきことは、真犯人を突き止め、このステージに再び希望を取り戻すことだ。

静かなステージの真ん中で、私は心に誓う。


 「もう一度、私たちをステージに立たせるために……私が真実を見つけ出す。」


 ファンにとっても、メンバーにとっても、そして何より莉音自身にとっても、このステージが再び輝く場所になるように。

外からの風が袖を揺らし、薄暗い空間が少しだけ冷たさを帯びる。

だけど、その風がまるで「がんばれ」と背中を押してくれているようにも感じた。

私は一度振り返り、誰もいない会場を見つめる。

いつか、この場所にもう一度笑顔が戻るように——そう願いながら舞台を降りた。


 舞台袖に差し込む僅かな光が、私の心の奥を照らす。

あの子のスマホが手に入れられれば、何かが変わるかもしれない。

そう信じて、私はまた一つ決意を固めた。

莉音の最後の投稿に秘められた謎、それを解き明かすために。

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