第5章:「嘘と真実の狭間」
第1節:「消えないSNSの声」
夜の深い静寂に包まれた自宅の一室で、私はスマホの画面を見つめていた。
カーテンを閉め切った部屋の中には、スクロールし続けるタイムラインの光だけが淡く浮かび上がっている。
そこで繰り返し目に入るのは、水無瀬莉音の最後のSNS投稿が再び注目を集めているという事実だった。
「今日は握手会!みんな会いに来てくれるかな?楽しみにしてるよ✨」
その一文を貼り付けたまま、まるで別の存在のように拡散されるリプライや引用ツイートの数々。
投稿された時刻が犯行時間と重なっていることを指摘する声や、新たな陰謀論まで、もう整理がつかないほどに荒れ狂っている。
複数のファンサイトやまとめサイトにも、こんな書き込みが見受けられた。
【スレ】水無瀬莉音の最後の投稿、やっぱり謎すぎる件
1:ファンA 莉音ちゃんの笑顔、忘れないよ…😭
2:ファンB でも犯行時間に投稿されたのって変じゃない? 予約投稿なの確定じゃね
3:ファンC それにしても控室の窓が開いてたらしいし、外部犯の線もあるのかな
4:矢崎誠 これ見ろよ、投稿時間の数分後にステージ脇から誰か移動してるのを見たって証言がある
一瞬、胸が締め付けられるような痛みを感じる。
ファンAの言うとおり、私だってあの子の笑顔を忘れたくない。
でも、一方で無神経な憶測が広がっているのも事実だ。
ファンBやファンCのように、事件時刻と投稿時刻の矛盾を冷静に指摘する人もいれば、単に煽りたいだけの野次馬も混ざっていて、誰が何を言っているのかすぐには判別できない。
気になるのは、ここでも矢崎誠の名前が目立っていること。
「投稿時間の数分後に、誰かがステージ脇を移動していた」――その目撃情報を集めているのは、彼の異常なまでの行動力があってこそだろう。
実際、私も現場で見かけなかった時間帯を思い起こすと、誰かが舞台袖を行き来していた可能性を否定できない。
思わず、唇を噛みしめてスマホを握りしめた。
「やっぱり、あの投稿は予約されていたんだ…。そうじゃなきゃ、時系列が合わないもの。」
半ば独り言のように呟いて、私は手帳を開く。
そこには、私が事件当日に集めた証言が雑然と書き込まれている。
握手会の終了時間、物販でのファンの目撃談、そして莉音のスマホが落ちていた控室の状況。
何度見返してもやはり疑惑は尽きないし、予約投稿説を裏付ける情報ばかり増えていくように感じる。
「犯人は莉音のスマホを操作できる“内部の人間”だ…!」
この確信にも似た考えが頭をよぎった瞬間、心臓が大きく鼓動した。
もし本当に内部の誰かが予約投稿を仕掛けていたとしたら、それはもう偶然じゃない。
誰かが意図的に時系列を乱し、アリバイを作ったか、あるいは混乱を生むために仕掛けたトリックだ。
だとしたらいったい誰が、どうしてそんなことを?
頭の中で疑わしい候補が浮かんでは消え、そして再び陰謀の影をまとって甦る。
メンバーか、スタッフか、運営か——。
SNSをさらに遡ると、ファンのひとりが投稿したスクショつきの指摘が目に止まった。
「衣装に違和感がある」と書かれていて、誰かがイベント当日のステージ衣装を撮影し、微妙に血や汚れが付着していたのではないかと騒いでいるらしい。
「え……衣装に汚れ…? そんなこと、気づかなかった。」
私はそこまで余裕がなかったし、当日の混乱を思い出すだけで吐き気を感じる。
それでも、この情報がただのデマかそれとも真実なのか、見極める必要がある。
もしかすると、もう一歩真相に近づける鍵かもしれない。
SNSの喧騒は続き、タイムラインを更新するたびに新しい考察とデマが入り混じった投稿が延々と流れてくる。
数多の意見の中で、どれが本当の手がかりで、どれが偽りなのか、判別が難しい。
でも、ひとつだけわかるのは、この事件の核心に“最後の投稿”が深く関わっているということ。
投稿そのものが仕掛けられた罠かもしれないし、あるいは莉音からのSOSだったのかもしれない。
どちらにせよ、これを解くことが私の使命なんだと思わずにはいられない。
スマホのバッテリー残量が残りわずかになり、画面が暗くなるまで私はSNSを見続けた。
慌ただしく投稿が飛び交う光景を目に焼き付けながら、ある種の決意が固まっていく。
「やっぱり、莉音のスマホ。そこに全てが残ってるはず……」
そう呟き、私は機械的にシャットダウンするスマホを握りしめた。
誰が何を隠していて、何を暴こうとしているのか。
もう逃げられない。
事件の嘘と真実の狭間に踏み込むしかない——。私は心の底でそう強く誓う。
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