第17話 壁
クエストを終えたイリスとオスカーが宿に戻る途中、オスカーが少し不安げに尋ねた。
「それにしても、俺たち1週間も工房に顔出さなくてよかったのか?」
イリスは遠くを見つめるような表情で、ため息交じりに答える。
「大丈夫よ。多分、同じことをひたすらやってるだけだから。それに……正直、見られたくないものもあるしね。」
遠い目をしたイリスのその言葉に、オスカーはこれ以上聞かないように気を付けながらも工房の扉を開ける。
――中に入ると、イリスの予想通り、エリオットはうつろな目をしながら金床に向かい、ひたすら剣を打ち続けていた。その姿は疲労と無心の狭間にいるようで、もはや正気とは思えないものだった。
だが、それ以上に目を引いたのは――隣で相変わらず素振りを続けているノアだった。
(……予想外はそっちか~。)
イリスは思わず心の中で呟く。
エリオットに「お疲れ様」と声をかけると、彼が返事をしたのは数秒後だった。
「……お疲れ様です。」
彼の声には張りがなく、どこか虚ろだ。
エリオットは笑いながらぼそりと言った。
「毎日毎日、頭がおかしくなりそうです……。あなたたちを恨みそうですよ、ははは。」
その言葉にイリスとオスカーは顔を引きつらせながら、何とかフォローを入れる。
「そ、そっか……でも、ちゃんと続けてるのは凄いよね。」
「それにしても、朝からずっと叩き続けてるなんて……。本当に、すごい精神力だな。」
エリオットは乾いた笑いを浮かべ、ハンマーを握り直した。
「気絶したら起こされますからね……はは。でも、確かに体力だけはついてきました。もう、何が正しいのか分かりませんけど……はは。」
その疲弊しきった様子に、イリスとオスカーは何も言葉をかけられず、ただ応援するように肩を叩いて工房を後にした。
(……これ、本当に意味があるのかな……?)
二人の心には、エリオットとノアの無謀な挑戦に対する疑問がわずかに残る。しかし、エリオットの頑張りを見て、どうにかその努力が実ってくれと願う以外なかった。
---
2週間目が終わる頃、ついに気絶せずに1日を終えることができた。ハンマーを振り終え、炉の火を消して迎える夜――これが「地獄に耐える体力がついた証拠」だとノアは褒めてくれたけれど、正直それが嬉しいとは思えなかった。
(……だって、結局出来上がるのは失敗作だけだ。)
何度繰り返しても、結果は変わらない。形こそ剣に似ているが、すぐに割れる。歪む。これでは武器とは呼べない。
全身が痛む。筋肉が悲鳴を上げ、指は感覚を失いかけている。それでも、「辛い」と声に出すことさえ億劫だった。
折り返し地点を迎えた。それを思うと、余計に辛さが倍増する。あと半分もこんな日々が続くのか――いや、耐えられるのだろうか。
3週間目が終わる頃、体力的には余裕が出てきた。無心でハンマーを振り続ける日々の中で、体が完全に慣れてしまったのだろう。気絶することもなく、いつの間にか1日が終わる。
だが、それがかえって苦痛だった。
痛みに意識が持っていかれていた時は、まだ「辛い」という実感が明確だった。今は違う。痛みを感じない分、心の中に余計なことが浮かび上がる。
(……これ、本当に意味があるのか?僕は何のためにこんなことをしているんだろう?)
精神的な疲労が重くのしかかる。それでも、ノアは何の疑いもなく「続けろ」と言い続ける。
「繰り返すことに意味があるんだ。お前の中に、確実に積み重なってるから。」
――でも、出来上がるのは相変わらず失敗作だけだった。
ある日、とうとう剣を打っている最中に幻覚を見るようになった。叩き続けている剣が光る。まるで生き物のように、点滅し始めるのだ。
(……僕、ついに壊れたのかな?)
それでも、結果は同じだ。光る剣も、歪んだり割れたりして、使えないものになってしまう。
「もう……逃げたい。」
その言葉が、頭の中を何度も何度も巡る。足は動き、手はハンマーを振り続けるが、心はすでに遠くに行きたがっている――。
---
あと3日――。
エリオットはその事実だけを心の支えに、無心で剣を打ち続けていた。腕は疲れているはずなのに動きを止めることができない。ただ金床の上に置かれた金属にハンマーを振り下ろす。その繰り返しだ。
すると、目の前の剣が突然、神々しく光り始めた。
(また幻覚か……。)
エリオットはそれを気にも留めず、ひたすら打ち続ける。何度も繰り返してきた幻覚だ。どうせ結果は変わらない。
だが、次第に違和感が生じた。叩き続けている剣の手応えが、これまでとは何か違う。心地よいリズムが生まれ、全身に充実感が広がるような感覚――。
そして、気づいた時には手元に立派な剣が完成していた。
(え……?これ、僕が作った……のか?)
エリオットがその剣を呆然と見つめていると、隣でノアが満足げに微笑んだ。
「良かったな、壁を超えたな。よくやった。今日はこれで切り上げよう。」
そう言い残すと、ノアは迷いなく工房から出ていった。
我に返ったエリオットは、完成した剣を抱えるように持ち、すぐに親方の元へ向かった。
「親方!見てください、これ!」
ガルド親方は剣を手に取り、じっくりと眺める。その表情には驚きと少しの困惑が浮かんでいた。
「ほう……剣の素材そのものの質はかなり劣るが……不思議なことに、この剣は魔力を帯びているな。迷宮産の剣と同じだ。」
その言葉を聞いたエリオットは、胸の中にわずかに温かいものを感じた。これまで失敗ばかりで誰からも認められなかったが、初めて褒められた――それが嬉しかった。
その一方で、全身が限界を迎えているのが分かった。気が抜けた途端、急激な疲労が襲いかかる。
(……もうだめだ……。)
その後すぐに、エリオットは剣を抱えたまま布団に倒れ込むと、記憶を失った。
目覚めた時、彼はこれまで経験したことのない爽快感に包まれていた。
(なんだこれ……人生で初めての最高の目覚めだ。)
疲労も、痛みも、体から消えている。自分の体が生まれ変わったような感覚すらあった。
エリオットは布団の中でしばらく呆然としながら、昨日の出来事を思い出していた。手元の剣――自分が初めて作り上げた魔力を帯びた剣。それが自分にとって、ようやく掴んだ「何か」であると実感し始めていた。
そして同時に、この1か月の地獄の意味を少しだけ理解できた気がしていた。
------------------------------------------------------------------------------------------------
モチベーションになりますので、本作を【フォロー】【応援】していただけると嬉しいです!
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます