第16話 地獄
「これ、本当に効果あるんですか?」
エリオットは額に汗を浮かべ、半ば呆れたような顔でノアに尋ねた。
ノアは隣で剣を振るおかしな行動を続けながら、涼しい顔で即答する。
「大丈夫、効果あるから安心して続けて!」
「続けるも何も、もう体が限界なんですけど!?」
エリオットは必死に抗議しながら、ハンマーを金床の上に置いて息を切らした。
「まさか、このままぶっ倒れるまで続けろって言うわけじゃないですよね!?」
ノアは腕を組んで少し考える素振りを見せ、あっさり答えた。
「したいなら付き合うけど?」
「しません!しません!今日はもうやめませんか!?」
エリオットは全力で首を振り、疲れ切った体を抱え込むようにして訴えた。その真剣な表情に、ノアも少し考え直したのか、剣を腰にしまった。
「まあ、ここから夜だしな。とりあえず夜ご飯を食べようか。」
「とりあえず、って何ですか!」
エリオットは呟くように反論したが、ノアがその言葉を軽く受け流しているのを見て、深く追及する気力も失せた。
「まあ、久しぶりに自由に過ごせるならいいですけど……。」
エリオットは内心で「ようやく休める」と思いながら、ノアの言葉に従って工房を後にした。
食事が終わり、ようやく休めると思ったのも束の間、ノアの提案で再び工房に戻る羽目になったエリオット。
「よし、もう少しだけやろう。夜は長いしな。」
その言葉を聞いてもはや反論する気力もなく、エリオットは金床の前に立つ。そして、ひたすら「作っては溶かす」という単調な作業を繰り返した。炉の熱と金属を叩く音に包まれる中、彼の体は次第に重くなり、意識が遠のいていく。
(これ……明日もやらされるのか?しかも1か月も……?)
恐怖に近い感情がエリオットの胸をよぎるが、その考えを深める間もなく、体が限界を迎え、ハンマーを握ったまま気を失った。
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次の日、工房で寝袋に寝かされていたエリオットは朝早くにノアによって叩き起こされた。
「さあ、続けよう。繰り返すんだ。」
ノアの無邪気な声に、エリオットは心の中で悲鳴を上げる。
「また今日もやるんですか……?」
「当たり前だろう?そのために君を1か月雇ったんだ。」
その言葉に絶望を覚えつつも、エリオットは再び工房へと向かう。そして、朝から晩まで――わずかな食事と水分補給の時間を挟みながら、ひたすら同じ作業を繰り返させられた。
金床に叩きつけるハンマーの音が耳に響き、熱気が体力を奪う。それでもノアの監視の下、休むことは許されない。
「作る、溶かす、また作る……。」
エリオットの頭は次第に空っぽになり、ただ体が動くだけになっていく。何回も、何回も、何回も――まるで永遠に終わらない作業のように感じられた。
(これが……本当に意味のあることなのか……?)
エリオットの心には疑問と恐怖が渦巻くが、それを口にする気力すら奪われ、ただ繰り返す日々が始まっていった。
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剣を打つことを夢見て、毎日を過ごしてきた。いつか自分の理想の剣を作り上げる、そんな未来を信じて――。
だけど、ほんの些細なきっかけから、剣を買いに来た3人組に1か月間雇われることになってしまった。そして、初日から始まったのは「作っては溶かす」という終わりの見えない繰り返し。
確かに、剣を打つという行為そのものはしている。けれど、こんな使えない素材から剣を作ろうとしても、失敗しかしない。形にはなるが、すぐに割れる、崩れる。こんなものを打ち続けるのは「剣を作る」ことじゃない。
正直なところ、1日目でもう心が折れそうだ。
これが一体何の役に立つのか、全く見当もつかない。隣でただ無心で「剣を打ち続けろ」と言われるがまま、ハンマーを振り続けるしかない。
――いや、それにしても気になる。
隣で、ノアというあの青年は、こんな狭い工房の中で延々と素振りをしている。一体何を考えているんだ?何がしたいんだ?そして、僕に一体何をさせたいんだ?
この状況に答えはない。ただ疲労だけが積み重なり、体はどんどん重くなる。もう、剣を打つことすら機械的になってきた。
(……もう疲れた。)
こんなことを考えるのも疲れた。何も考えたくない。ただ言われた通りに手を動かし、音を響かせ、また溶かす。それだけだ。
(無心だ。僕は無心だ……。)
夜遅く、ようやく解放された時、体は鉛のように重く、目は虚ろだった。その場に倒れ込むようにいつの間にか、眠りに落ちていた。
心の中にあるのは、ほんの一片の疑問とわずかな怒り、そして底知れぬ無力感――これがあと1か月も続くのかと思うと、胸が締め付けられるようだった。
次の日朝早く、ノアに叩き起こされた。
「さあ、繰り返そう。」
その一言で昨日と同じ地獄が始まった。金床に向かい、ただひたすら「作っては溶かす」を繰り返すだけの一日。
(昨日で分かったことがある。この地獄で生き残るには、心を殺して無心になるしかない。考えるな。ただ手を動かせ――それが一番楽だ。)
そんな風に自分に言い聞かせながら、ハンマーを振る。炉の熱、金属の硬さ、そして汗が流れる感覚――すべてを遮断するように。ただ目の前の動作を繰り返す。
だが、夕方になるころには、その無心さえも維持できなくなってくる。体が重い。頭の中がぐるぐるしてきた。
(……頭がおかしくなりそうだ。)
工房の他の職人たちが遠巻きにこちらを見ているのが分かる。その視線は、明らかに引いているものだった。
(そりゃそうだよな……こんな無意味な作業を延々と続けるなんて、普通じゃない。)
けれど――それ以上に普通じゃないのは隣にいるノアだ。
(こいつ、何なんだよ。)
ノアは狭い工房の中で、昨日からずっと素振りを続けている。声を上げることもなく、無言で、黙々と。ただ剣を振るう動作を繰り返す。
(……何でこんなに平然としてるんだ?頭がおかしいだろ、こいつ。)
6日目になる頃には時間の感覚が薄れてきた。ただ無心でハンマーを振り続ける。
(少しずつ……無心でいられる時間が長くなってきた気がする。)
だが、それが喜ばしいことかと言われると、答えは分からない。ただ、心を空っぽにしていないと、やっていられないからだ。
(これが地獄ってやつなんだな……。)
周りの職人たちは、もはや呆れと恐怖の混じった目でこちらを見ている。引かれているのは明白だが、それを気にする余裕すらない。
隣では相変わらずノアが素振りを続けている。何の疑問も、迷いもない様子で。
(こいつ、本当に頭おかしいんじゃないか……。)
剣を振る音と、金属を打つ音だけが鳴り響く工房の中。地獄の6日目が終わろうとしていたが、エリオットの心はすでに感情を失いつつあった――。
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