第12話
「ひまわりー、ただいまー」
玄関扉を開けると、佐原さんはよく通る声で娘様に帰宅を知らせた。その半歩後ろで私は「お、おじゃまします」とつぶやき、一礼して扉を通った。
まず佐原さんは私のスーツケースを手にして、2階の私のお部屋へと案内をしてくれた。
「手狭かもしれませんがご容赦ください」
こんな広々とした部屋、絶対に「手狭」であるはずがない。これまで私が暮らしてきた家の私室の3倍はあるのだ。どうせ……と悪態をつきたくなるのを堪えながら、部屋の中を見回してみる。フローリング材の床に、ウッディな幅広ベッド、デスクにチェストにクローゼット、そして事前に私が発送していた段ボール2箱がぽつりと。ええとオシャレなショールームですかここは、私の私物段ボールが異物のごとく鎮座なされていてオシャレ感を損なっているけど。
「ええと、こんな部屋で大丈夫そうでしょうか……」
心配そうな表情で私を覗き込む佐原さん。いやいや、これほどのスペースは逆に申し訳ない。私なぞ三畳の土間で十分なのに、こんな広々とした空間をご用意くださるなど。まずは身に余るお部屋をご用意いただいたことへのお礼を言うべく佐原さんに向き合って一礼。それこそ腰の可動域の限り頭を低くした。
「では、家のつくりをざっと……」
と説明いただいたのは以下。1階は、リビング・ダイニングと佐原さんの書斎と寝室、それと納戸・トイレ・浴室・洗濯機があるとのこと。2階には、私と娘様の部屋、そしてトイレと浴室が設けられているとのことだ。
「私は、2階は娘の部屋しか行くことはありません。先生の部屋や浴室は決して立ち入りませんので。娘は2階のトイレを使用することがありますが、入浴は私と一緒に1階の浴室を使用しますから」
佐原さんの配慮は申し訳なく思うほど身に染みる。自室と浴室は、人目を気にせずに過ごしてもよいという心遣い、本当にありがたい。そして何よりも、男性の目がないということで生理用品を2階のトイレに置ける安心感、これは助かる。トイレの片隅にちっちゃなサニタリーボックスも置こう。これで住み込みによるストレスの何割かが軽減されるというものだ。ちなみに入浴に関しての懸念事項は何ら存在しなかった。私の入浴姿を覗きたいという悪趣味な殿方なぞこの世に存在しないことは確信しているからだ、ほっとけ。
「なお、お食事に関しては、1階のダイニングにて朝昼晩ご用意しますので。生活環境につきましてご不満があれば遠慮なく仰ってください。必要な品がございましたら、車で市街地に出るときに買い込むか、通販での購入をお願いします」
いやいや、ここまでの待遇に文句を付ける輩などそうそう存在しないだろう。たとえ食事が貧相だったとしても、通販でカップ麺かレトルトを取り寄せれば十二分に事足りる。通販についても、せいぜいコスメか生理用品の補充くらいだろう。衣服については、佐原さんが「小汚い、みすぼらしい」と言い出したら考えようかな。いや、服装は清潔感を心がけよう、必要に応じて通販でお取り寄せしよう。これでも教師の端くれ、人を導く存在として見た目からちゃんとあらねば。
「では、娘の部屋に向かいましょうか」
さて娘様とのご対面、ぐっと身が引き締まる。
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