第11話
農地が左右に広がる一本道を進むこと20分、まもなく着きますとの佐原さんからのお知らせが入る。佐原さんは左ウインカーを出し、畑と林の境目にある細道へ車を入れる。その細道の突き当りには、周囲の長閑な風景にややそぐわない白基調の瀟洒な現代建築があった。
「正面にあるのが我家です。あまり広くはないですが、先生の生活スペースは最低限設けているつもりですので」
――いやいや何が「あまり広くはない」ですか。こちとら生まれてこのかた賃貸住まい、こんな豪華な一軒家には住んだことがないのですよ。しかも大学時代にはカビ臭い学生寮でプライバシーもガバガバだったし。あー住環境のお粗末な貧乏人で悪うございましたね。ひょっとして喧嘩売ってますか、ああん。
という気持ちが一瞬生じてしまったが、これはあまりにも失礼。ぱっと佐原さんの様子を窺うと、視線は車の進行方向に固定されていた。よし、私の顔に浮かんでいたであろう醜悪な心情には気付かれていないだろう。心に渦巻くイヤな感情をいちど腹に納め、ゆっくり再言語化して声に出してみる。
「……い、いえ、本当に大きく、ご立派な御宅です。私、ずっと狭いアパート住まいだったので、こういう建物での暮らしに憧れがありました。このお家、引っ越してくるにあたって建築されたのですか」
「中古住宅ですよ。元は農家の方のお家だったのですが買い取ってリフォームしました。もともと住まわれていた方は、この隣接する畑で農業を営んでいたとのことです。高齢なうえ後継者もいらっしゃらないために離農されたようですが」
「じゃあ、この畑も佐原さんの土地なんですか? 佐原さんも農業をなされているのですか?」
窓の外に広がる農地を見渡しながら私はそう尋ねた。小学校のグラウンド何面分だろうか、皆目見当がつかない。
「いえ、住宅部分のみが私の所有地です。先住の方の農地は近隣の農家さんたちが買い取ったようですね。そこで余していた住宅を私が購入したという次第です。市街化調整区域のため格安の条件でしたが、用途変更の手続きがなかなか手間でして……」
市街化調整区域……用途変更……初めて聞く言葉に首を傾げたところで、車は家の前に到着した。
車から降りた私はスーツケースをトランクから取り出し、佐原さんが車をガレージに収めるのを待つ。家に視線を移すと、玄関は南向きにあり、そこから左右に大きく広がったつくりをしている。家の南側には建造物は何もなく道路のみで、建物自体が陽光を存分に浴びられるようになっている。東側には広大な農地が広がる一方、家の裏手である北側、そして西側は木々が生い茂り林をなしている。ふいに東風が畑の土を舞い上げながら訪れる。肥料のにおいが嗅覚を刺激する。
「何だろう、これって自然と隣り合っている感じ……」
そんな感想が自然と口から出ると同時に、ガレージのシャッターの閉まる音が辺りに響いた。
「お待たせしました、さあ入りましょう!」
昂揚感と、わずかな緊張感とともに、私は新たな職場へ踏み入れた。
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