第4話
正直、これまで何もせずに引き籠り続けていただけではない。就職先を見つけなければならないことも承知しており、焦りさえ抱いていた。毎日2回、スマホでハローワークの「求人・求職情報提供サービス」をチェックしながら、一日でも早く再就職をしなければと自身に言い聞かせていた。
だが、そんな気持ちと裏腹に、外出することへの恐怖感をも抱いてしまっていたのだ。
この実家のある市は、私が生まれ育った土地であるため、すごく愛着がある。街中を歩けば、幼い頃から見知った人たちと顔を合わせることも日常茶飯事だ。だからこそ、慣れ親しんだこの市で小学校教諭をしたいと高校生のときから考えていた。大好きな地で、大好きな人たちやその子供たちと触れ合う暮らし、何と素敵なことだろうか。そして、努力の甲斐あって実現させたのだが……
地方ならではの狭いコミュニティゆえに、私が教師になったこと、そして年度途中でクラスを放り出したこともすぐに広まってしまっていたのだ。退職後に街で出会った人たちは、それ以前の笑顔から一転、皆よそよそしい態度に変わっていた。
さらに、私のクラスの児童の保護者とも実家周辺で当たり前のように遭遇していた。最寄りのスーパーのレジ担当もドラッグストアの薬剤師も、クラスの児童の親だ。我家から2件隣の山下さんが溺愛する孫も私のクラスにいた。退職後に赴いたハローワークの窓口で応対いただいた職員も、クラスの大木君の母親だ。これら退職後に顔を合わせた保護者たちは、仕事上は何も言わず普通に対応をしてくれた。しかし、思うところは必ずあっただろう。その無機質な応対の奥にあるものを想像して、二度とスーパーにもハローワークにも足を運べなくなっていた。それどころか、外出して人と会うこと自体を恐れるようになり、結果として私はヒキニートと化してしまったのだ。
ハローワークのサイトで市内の求人情報を見ても、その職場に私のことを知っている人がいるかもしれない、ひょっとして5年生のクラスの保護者も働いているかもしれない、と想像すると求職申込を行うことを躊躇してしまっていた。ならば市外で働くのはどうかと考えるも、移動手段がない。車を買う予算もないし、近所のバス停は2件隣の山下さん家の真ん前だ。いまだにあの家の前を通ろうとすると足が震えるのに、毎日利用することを想像すると無理だ。
もういっそのこと東京や名古屋など知り合いが皆無の土地に出てイチから仕事を探そうかとも考えたが、預金通帳に印字されている金額を見て断念した。
「八方塞がり」という言葉の意味を、身をもって体感した。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます