第3話
どうしてこのようなことになったのか、話は一ヶ月ほど遡る。
春の陽気が満ちる4月、新年度の高揚感が社会全体に溢れるなか、私は実家でヒキニートと化していた。
そして、母親からは毎日のようにお小言を受けていた。
「アンタ、そんなダラダラしていないで、さっさと次の就職先見つけないと。選り好みしなければハロワで見つかるでしょ」
一応は家事の大半を受け持っているのだが、母親の言葉は日に日に語気が強くなっている。
「3ヶ月以上も仕事しないどころか、家に引き籠っているなんて情けないんだから」
前年4月、私こと鈴木陽菜は、教育大学を卒業して念願の地元の小学校教諭となり、5年生のクラスを受け持つことになった。
ここまでは思い描いた人生設計どおりだったが、そうは都合よくいかないのもまた人生なのだろうか。クラス内や保護者関係で大小トラブルが生じ続け、それと同時に他の教師との折り合いも悪くなり、ついには同年12月付で退職することになった。年度途中にクラスを放り出すという不本意極まりない結果には自責の念が強まったが、それよりも私の精神が限界を迎えてしまったが故だ。
以降、小学校を退職したことで精神的には落ち着きを取り戻したのだが、今度は奨学金の返済という問題に直面した。失業を理由に返済期限猶予の手続は行えたが、あくまで猶予、いずれは返済せねばならないのだ。退職手当も僅かながら手にしたが、奨学金の返済額には到底足りない。他にも健康保険などの問題があったが、こちらは母の扶養に入れてもらうことで難を逃れた。
「まさかこの年齢の娘を扶養に入れることになるとはね。アンタ、どうせなら、私でなく素敵な男性の扶養に入ったらどうなの?」
――母上様、それって私に結婚しろという話でしょうか。あなたの娘は、結婚どころか男性とお付き合いすらしたことのない陰キャ女なんですよ。学生時代は勉学やアルバイトで時間がなかったからというのもありますが、そもそも色恋に縁遠い一番の理由はこの容姿にあると思うのですよ。どこからどう見てもパッとしない、母上様によく似た貧相なフェイスのせいだと。母上様は巧みなメイク術で辛うじて誤魔化していますが、私にはメイク術も無ければ高級化粧品を買うお金もありません。小学校教諭という安定した勤め先がある女でしたら結婚はワンチャンあったかもしれませんが、収入無しの残念フェイスではますます縁遠くなってしまっております。あーコンチクショウ、泣いてもいいですか。
などと口にできるはずもなく、このお小言も神妙な面持ちで聞き流すしかできなかった。
ただ、母がこうした嫌味を言いたくなる気持ちも理解できる。女手一つで娘を大学卒業させ、就職も上手くいったのを見届け、やっと重荷を下ろしたと思った途端に娘が無職となり扶養に舞い戻ってきた。これでは口が悪くなっても仕方ないだろう。本当に申し訳なく思っている。
「まあ、外出したくないというアンタの事情も少しは理解できる。だからといって、このままの生活では駄目なことはアンタ自身が理解しているでしょ。だから期限を設けることにするから。目標は今月中に再就職先を決めること、最低でも面接に行くこと。できなければ家から追い出すから、扶養からも外すからね」
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