第3話
佐伯と並んで歩きながら、あむかがぽつりと言った。
「学校、明日も休みになるんですか?」
「そうね。少なくとも6年は、数日は休みになるって」
「あの……私、学校に来てもいいですか?」
「え? それはどうだろう。おうちにいるほうが安全だと思うけど。ほら、マスコミとか当分、取材で押し掛けるだろうし」
児童養護施設のことを“おうち”と言い換える自分に、佐伯はやるせなさを感じていた。
欺瞞だということはわかっている。「施設でじっとしていろ」と言いたくないばかりに、耳障りの良い嘘でごまかしているのだ。
しかし、伝えている内容が変わるわけではない。
肩を落とすあむかに向かって、佐伯は提案した。
「それとも図書室で本を読むとか、自習とかして過ごす?」
あむかの表情が明るくなり、こくりとうなずいた。
「茨さん、あんまり寝てないでしょう。ごはんとかちゃんと食べてる? 保健室、閉まってるだろうから、いったん職員室で鍵を取ってこよう」
職員室に近づくと、かすかに人の声が聞こえてきた。誰かが騒いでいるらしい。
「いや、だからそんなはずはないでしょう! 100パーセント安全で、検査も万全で、事故が起こるなんてあり得ないんだ!」
どうやら亡くなった児童の父親らしい。
教師たちが3、4人がかりでなだめているが、男の怒りは収まらないようだ。
佐伯が足を止めて見守っていると、その男が二人に気づき、目を向けた。
「あ、オマエ……いや、お嬢ちゃん、一人だけ生き残ったってのはあんただよな? ちょっと教えてほしいんだが」
男があむかに向かって歩み寄ろうとする。
「困ります。勝手に入らないでください!」
教師たちが制止するが、男は聞く耳を持たない。
「何言ってんだ! 親が入って何が悪い! おい、動画撮るな。やめろ!」
教師の一人が後ずさりしながらも、デバイスを向けて撮影を続けている。
「おい、お嬢ちゃん、あんた、なんか異変を感じたから乗るのやめたんだろ? それで一人だけ助かったんだよな?」
「憶測でものを言わないでください! これ以上騒ぎを起こすなら警察を呼びますよ」
佐伯はあむかをかばうようにして、廊下を引き返そうとした。
「待て、逃げるな! オマエ、自分だけ助かってよかったと思ってるだろうが! だがな、オマエがちゃんと言ってれば、先生におかしいって伝えてれば、うちの子は助かってたんだよ! みんな助かってたんだ!」
男の怒号が響く。
「オマエのやったことは人殺しと一緒だからな!」
「大塚さん! めちゃくちゃなこと言わないでください! 佐伯先生、早く!」
佐伯は震えるあむかを抱きかかえるようにして、その場を離れた。
「ひどい。茨さん、気にすることないからね。あんなの、相手にするだけ無駄よ。とんでもない言いがかりだわ。茨さん、ぜんぜん悪くないんだから。気にしちゃだめよ。忘れよう、ね?」
あむかはうつむいたままだ。
忘れられるはずがなかった。
これまでにも二度、危機を察知したことがある。
そのたび、あむかは良かれと思い、これから起こるであろう事故を伝えた。
やがてサイドブレーキが外れて車が坂道を下りだすことを。
やがてボールがスズメバチの巣を直撃し、怒った蜂が近くにいた幼児を襲うことを。
だが結果は、あむかの期待どおりにはならなかった。
小さな女の子の言うことなど誰も気にかけなかったのだ。
むしろ疑われることになった。
「あの子がやったんだ。あの子が何かを仕込んで事故を誘発したんだ」
「あの子のせいで!」
血相を変えて怒鳴り込む大人たちに、あむかの両親は平身低頭で謝った。
屈辱の矛先は、最終的にあむかに向けられた。
「もう二度と夢の話をするんじゃない!」
それ以来、あむかは口を閉ざした。
もう誰にも教えてなんかやるものか。
そう心に誓ったのだ。
数年後、あむかは両親が死ぬ夢を見た。
今から2か月ほど前の話である。
まさかと思った。だが、夢は繰り返され、見るたびに細部が鮮明になっていった。
しかし、あむかはそれを正夢だと信じることができなかった。
なぜなら、夢に現れた事故は自動車事故であり、両親は車を持っていなかったからだ。
ある日、一本の電話が入った。
「父方の祖父が危篤だ」と。
両親は急いで切符の手配を始めた。だが連休と重なり、列車も空の便も満席だった。
仕事の都合上、何日も休むわけにはいかない。
ペーパードライバーの父はレンタカーで行くことを思いついた。
それを聞いたあむかは必死に止めた。
固く禁じられていた夢の話も持ち出した。
しかし父はうんざりした顔をするだけで、しまいには激怒した。
「オレの運転が怖いから、そんな嘘をつくんだろう!」
父は怒鳴った。
「もういい! そんなに嫌ならお前だけ家に残ってろ!」
その夜、あむかの家の呼び鈴が鳴らされた。
ドアスコープを覗くまでもなく、訪問者が誰なのかは分かっていた。
「土砂降りの高速道路での玉突き事故に巻き込まれ、ご両親は亡くなられました」
そう警官は告げた。
(つづく)
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