第2話
翌朝、上田原小学校の校門前は大混乱だった。
道路沿いにはテレビ局の中継車が何台も止まり、カメラを持った報道陣やライブ配信をしているユーチューバーたちが、校門の周りを取り巻いていた。
『学校行事で惨事 ロープウェイ転落 児童・教師32人死亡』
この衝撃のニュースは、昨日、日本中を駆けめぐった。
現場の長野県竜ヶ岳高原では今も、犠牲者の収容作業や事故原因の調査が続いている。
「取材はお断りしています!どうかお引き取りください!」
男性教師たちと警備員が懸命に呼びかけるが、誰一人として耳を貸さない。
外の喧騒とは対照的に、学校の中は静まり返っていた。
今日は臨時休校となったため、児童たちの姿はない。
佐伯先生は疲れ切った様子で、校舎の廊下を歩いていた。
両手には校長室から持ってきた大きな花瓶と花を抱えている。
一晩中泣き明かしたせいで、目が腫れぼったい。
重い足取りで6年生の棟へ向かう。
6年3組の教室は薄暗かった。カーテンが閉め切られ、蛍光灯も消されている。
整然と並んだ30個の机の上には、他の教室から運ばれてきた花が一つずつ供えられていた。
佐伯は教室に入り、花瓶を教壇に置こうとした。
その瞬間、心臓が凍りついた。
花々に囲まれるように、一人の女の子が静かに座っていたのだ。
「ひっ……!」
思わず声が漏れた。
「あ、い、いばらさん……!?」
佐伯は恐る恐る声をかけた。
ロープウェイに乗らなかった唯一の生存者、茨あむか。
あむかはうつむいたまま座っていた。
彼女の机の上にも花瓶が置かれている。
佐伯はあむかに近づきながら訊いた。
「今日は学校休みだって、連絡いかなかったの?」
あむかは黙ったままだ。頬には涙の跡が光っていた。
「とにかく、この花はどけようね。縁起が悪いわ」
そう言いながら花瓶を持ち上げようとした瞬間、あむかが小さく「あっ」と声を上げた。
「え、どうして? あなたが生き残ったことを申し訳なく思う必要なんてないのよ」
佐伯はそう言って、花瓶を教壇まで運んで行く。
「茨さん、おうちでゆっくりしてて良かったのよ。そうしようね」
あむかは小さな声で答えた。
「施設にもマスコミの人たちがたくさん来てるから」
佐伯は自分の軽率さを呪った。何という愚かなことを言ってしまったのか。
ただ一人の生存者、茨あむかの身元は、本人の言によるとすでにマスコミに特定されてしまったようだ。
施設にまで押し寄せる取材陣――そこから逃れるように学校に来たというのに、自分は「おうちに帰って」などと言ってしまった。
プライバシーの保護と、避難場所の確保を、何よりも優先すべきだったのに。
「とにかくここにいちゃいけないわ。職員室……はうるさいから、保健室に行こっか」
あむかは小さくうなずいて立ち上がった。
佐伯が先立って廊下に出た。てっきりあむかもついてくるものと思ったが、彼女は踵を返すと、教壇の上に置かれた二つの花瓶のうち、佐伯が先ほど持ってきた大きい方を手に取った。
「茨さん?」
佐伯が見つめる中、あむかはその花瓶を自分が座っていた机の上に置いた。
きっと彼女なりの思いがあるのだろう。
佐伯はそう考え、黙っていることにした。
あむかは花瓶を置くと、そっと机に手を触れ、それから佐伯のもとに歩いてきた。
あむかが座っていた机の中には教科書とノートが数冊入っていた。
名前の欄にはこう書かれていた。
6年3組 水井さくら
(つづく)
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