第8話
それから、濡れる制服を絞って電車に乗り込み、二人は身体が冷え切る前に帰宅する。
アパートの六階に着くと「後で向かいます」と言って、冬生はまず自室に入った。焦燥感に背中を焦がしながら脱いだブラウスを洗濯機に放り込み、スカートをピンチハンガーに引っ張って留める。それを洗濯機の上に放り投げた後、下着も洗濯機に投げ捨ててシャワーを浴びた。
普段なら風呂に湯を貯めて身体を温めたかったが、今は渚沙の精神状態が心配だ。
全身を洗ってさっさと浴室を出た冬生は、髪を乾かす時間も惜しんでショーツだけ穿いて、後は大きめのシャツとショートパンツを一枚着用し、スニーカーをサンダル履きして部屋を飛び出た。大慌てで鍵をかけて渚沙の部屋の前に行き、合鍵を差し込んで部屋に上がる。
少し濡れた玄関に上がると、真っ先に冬生の耳に飛び込んできたのはシャワーの音だった。
それもそうか。少し慌て過ぎたと我に返った冬生は、悪いと思いつつも部屋は出ず、後ろ手に玄関の鍵を閉めて上がる。「お邪魔してます!」と廊下に面した浴室に声を上げると「あ、うん!」と元気そうな声が返ってきて、一先ず、安心した。
廊下に置かれたキッチンでヤカンを火にかけ、万が一にも渚沙の裸体を見てしまうことが無いよう浴室を背に二人分の紅茶を用意する。幸いにも、渚沙が浴室から出てきたのは紅茶を淹れ終え、冬生がリビングのテーブルにコップを置いた頃だった。
部屋着を着て濡れた髪にタオルを被せた渚沙は、微笑みながらリビングに入ってくる。
「いらっしゃい。なんか、早くない? 髪も乾かしてないし」
普段はシニヨンに纏めている冬生の、珍しく髪を下ろした姿を見て渚沙は意外そうにする。
何だか随分と平然としているから、冬生は自分ばかり気にしていたのかと肩透かしをくらいつつ、目を逸らすようにソファに座って紅茶を手で示す。
「……その、心配で。貴女が、落ち込んでいないか」
素直に危惧していたことを告白すると、渚沙は嬉しそうに小さく笑う。
そして頭に被せたタオルを少し目深な辺りまで下ろして、冬生の隣に腰を下ろした。二人でソファに並んで座り、真っ暗なテレビと向き合う。手元には湯気の立つマグカップ。
長い、長い沈黙が訪れる。雨粒が窓ガラスを叩く音と相手の呼吸音だけが耳に届く。
そして紅茶が適温になった頃、渚沙がこぼした。
「私の親が……君の家庭を壊したんだって、再認識した」
冬生は思い詰めた眼差しを横目に向け、緩やかに頭を振る。
「壊したのは、父です。仮に――貴女のお母さんが詐欺師でなかったとしても、家は壊れていました。誘惑に負け、私と母を捨てて去った父が悪いんです」
そしてソファの背もたれに頭を預け、冬生は天井を仰いだ。
「その次が、私。私が……父を許せないのが悪い」
そんな風に自己嫌悪を言語化する冬生を、渚沙は受け入れ難い表情で見詰めた。そして少し言葉を探した後、気の利いた言葉が出てこないから、思うままに言い返す。
「それは違うでしょ。間違ってる。そんな風に言わないでよ」
先程の出来事において冬生が悪い事など何一つ存在しない。間違っても彼女が悪いなどと言うつもりは渚沙には無かったし、そう思ってもほしくなかった。
「………………そうですね、すみません。どうかしてました。ただ、貴女を傷付けてしまったことをどう受け止めていいか、分からなくて」
冬生の自罰的な姿勢が自分への罪悪感に基づくものだと理解した渚沙は、痛ましそうに目を細める。そしてどうにか微笑を取り繕うと、気落ちする冬生の背中を撫でる。
「そんな、気にしないでよ。私は慣れてるし、君は何も悪くないんだから」
それは励ますために用意した言葉ではあるが、渚沙の本心でもある。
しかし、それを甘受するには少しばかり、弘道の吐き出した罵声は冬生にとって重かった。
冬生は頷けずに思い詰めた顔で自身の閉じた膝を見詰め、謝罪の言葉を延々と探す。渚沙は、彼女のそういう部分を愛しく思いながら背中を撫で続けた。
「それより、君の方がずっとつらいでしょ。ほら、私のことは置いといて」
そう言うと冬生は重たい視線を持ち上げ、眉尻を下げ、弱々しい顔で渚沙を見る。
「置いてなんて、おけません。そんなに、自分を蔑ろにしないでください」
言葉から冬生の親愛が色濃く伝わってきたから、渚沙の張り詰めていた糸が緩む。
するともう、張り直すのは至難だった。渚沙は目の奥が微かに熱くなって、誤魔化すように笑う。だが、上手く笑えない。熱い吐息をこぼし、口を手で覆って隠した。
「貴女が私を心配してくれた分だけ、私にも、貴女を心配させてください」
冬生が身体ごと渚沙を向いてそう訴える。渚沙は目尻に涙を含んで唇を噛み、おどけた顔で冗談を返そうとする。しかし、掠れる呼吸が出るばかりで言葉は何一つ浮かばない。
「私の前では、痛みに慣れないでください」
最後に冬生がそう願うから、渚沙は粒の涙を目尻から落とす。どうにかそれを押し殺そうと唇を噛んで、それが無意味と悟ったから、とても嗚咽を上げ、目元を拭った。
――ずっと、苦しかった。母のことを誰かに言われる度、痛みでどうにかなってしまいそうだった。だから、とっくに慣れたのだと自分に言い聞かせて麻酔を打ち続けてきた。
だが、心を許した友人のたった一言で、ようやく自分の痛みと正直に向き合えた気がした。
しっかり、胸が痛かった。それを自分で認めることができた。不思議と心が温かかった。
吐き出して楽になれることもこの世にはあるのだろう。だとしたら貰った愛情をそこで終わらせてしまうのは、あまりにも寂しい話だと思って、渚沙は目尻を強く拭う。
「だったら」
渚沙はくぐもった声で、掠れる言葉を呟く。
「君も、辛いと思ったことは吐き出してほしい。私だって君を支えたい」
冬生は微かに目を見張ると、その言葉に宿る温もりを噛み締めるように弱々しい笑みをこぼす。そして、尚も意地を張ろうとした。緩やかに首を横に振って――しかし、途中で止まる。やがて堪えきれないように頬を綻ばすと瞳を濡らし、「ほんとうは」とくぐもった声を上げた。
「ちょっとでも、気を抜くと……泣きそうで」
初めて、冬生のそんな弱音を聞けた気がして、渚沙は涙と共に笑う。
そして渚沙は、自分の頭に被せていた濡れタオルを剥がすと、それを冬生の頭に乗せる。
戸惑う彼女の顔をしっかりとそれで隠すと、彼女の濡れた髪をタオルで軽く撫でた。
「大丈夫。誰も見てない」
そう伝えると、タオルに顔を隠した冬生の動きが止まる。
やがて、恐る恐る――そういう具合に彼女は嗚咽を上げ、震える手を渚沙に伸ばす。そして胸元に縋り付くと、静かに泣いた。渚沙もまた、頬を濡らしてその身体を抱き締める。
それからしばらく、二人は涙が収まるまで互いの温もりを分け合った。
十五分ほどそうしていただろうか。ようやく落ち着いた渚沙が溜息と共に腫れた目元を拭うと、同じように目を真っ赤にした冬生がタオルの中から顔を出す。
そして、至近距離でばっちりと目を合わせると、お互いに泣き顔が可笑しくて微笑した。
依然として冬生は渚沙に抱き着き、渚沙はそれを抱き返したまま。そのせいか、熱い冬生の吐息が鎖骨に当たって、何だか妙な気分だった。
しばらくお互いに相手の身体の感触を全身で味わい、体温と心を共有し続けた。
渚沙が感じる冬生の身体は普段の不遜な言動とは裏腹に華奢で小さく、反対に、冬生が味わう渚沙の身体は美しい輪郭の中に熱を持っていた。
やがて、渚沙は人間を抱き締めるのに疲れ、冬生を腕の中に置いたまま後ろに倒れる。
「わ」と冬生が小さな困惑の声を上げるのを聞きながら、ソファに寝転んでクッションを枕にした。必然的に冬生が身体の上に乗ることになるが、その身体はまるで羽のように軽かった。
それでも重力は冬生を渚沙に押し付け、お互いがお互いの身体を感じ取った。冬生は少しの動揺に視線を泳がせるも、最後には上目に渚沙を見て、そっと身体を委ねた。冬生の頬が渚沙の胸の上に乗り、早鐘が彼女の耳を打つ。何だか、どうにかなってしまいそうだった。
「……本当はさ」
心臓の脈拍を誤魔化すように、渚沙がそう口を開いた。
「親のことで私を責められても困るんだよね。だって、殆ど親と話なんてしてこなかったし、私にはどうしようもないことだから。でも、そういうの、言っちゃいけないのかなって」
初めて聞いた、渚沙の本心。冬生は嬉しくて少し頬を綻ばせた。
「貴女はただでさえ目立ちますから。言ったら揚げ足を取る人は居るでしょうね」
「やっぱ、そうだよね」
「でも、受け止めてくれる人はちゃんと居る筈です。新島さんとか……小沢さんや近藤さんも。それと、ここにも一人。その人だけは何があっても受け止めてくれるはずですよ」
冬生が穏やかな顔でそう約束をすると、渚沙は憑き物が落ちたように微笑を浮かべた。
「君は、何か吐き出したいことは無いの?」
渚沙が手番を冬生へ渡すと、冬生は少し考える素振りを見せてから、気負いなく答えた。
「いえ、私は言いたいことをハッキリと言うので。それでも吐き出しきれなかった感情は、先ほど、貴女の胸元に失礼しました。だからもう、大丈夫です」
冬生が気丈に微笑むから、もう心配は要らないのだと渚沙も確信して「そっか」と頷いた。
冬生は「よいしょ」と渚沙の両脇に手を突いて上体を離し、珍しい照れ笑いを見せた。
「重くなかったですか?」
「いや。むしろ、怖いくらい軽かった――けど……」
「けど?」
渚沙が穏やかな表情でそう応じる最中、彼女は唐突に言葉尻を萎ませながら目を逸らす。
言えないような異変が自分の身体にあるのだろうかと冬生が首を捻ると、渚沙はほんのり頬を染めて真剣な顔で手を伸ばし、冬生のシャツの襟を引っ張って上に持ち上げる。
「何を――」と言おうとした冬生は、ふと我に返って自分の体勢を思い返す。
寝転んだ渚沙の上で、大きめのシャツを着て、腕を立てている。
つまり、服の中が筒抜けだったのだ。それを渚沙は隠してくれた。
「――――!」
冬生は絶句して大慌てで仰け反り、対岸の肘掛けに背中を預けて胸元を隠す。
顔面が酷く熱い。別の涙が出てきた。見られるだけなら、まだマシだ。問題は――今日、大慌てで渚沙の部屋に来るために色々なものを省いてきたこと。つまり、
「なんで、着けてないの」
渚沙はそう尋ねながら、気まずそうに顔を赤らめて目を背ける。
冬生は『誰のために』と恩着せがましく言いたくなるのを堪え、目を逸らし、素直に答えた。
「……早く、行ってあげたいと思って、それで。あと、小さいし、家ではたまに面倒で……」
羞恥心と自嘲から後半は消え入るように声が小さくなっていく。
渚沙は動機が自分の為だと分かると、気まずそうに言葉を探し、落ち込む冬生を励ました。
「で、でも、形は綺麗だった!」
「……変態。そこは励まさなくていいんですよ」
最悪の言葉を選択した渚沙を半眼で一蹴すると、渚沙も自分で自分の愚かさに呆れ返っていた。しかし、別に悪い気もしなかったので冬生は胸を隠していた腕を離して身体を起こす。
普段なら――恥じらいはあるが、それでもここまで大袈裟な反応はしなかっただろう。どうしてだか、今は渚沙に痴態を見られるのが恥ずかしくて仕方が無い。
それでも、その答えを考えると息苦しくなるから、冬生は気付かないフリをした。
我が物顔でテーブルのリモコンを操作してテレビを点けると、他愛ないバラエティ番組が始まっている。第三者の楽しそうな声が部屋に響くと、それを皮切りに空気が弛緩した。
渚沙はほっと一息を吐いた後、それからジッと番組を見て、こう言う。
「これ、観たい?」
「いえ。ゲームですか? どうぞ。私もそちらが観たいです」
微笑んで許可を出してくれたから、家主は上機嫌にゲーム機を起動する。接続をHDMIに切り替え、先日に引き続いてポケモンを起動する。
先日、渚沙が冬生の選んだポケモンを入手してから一か月は経過した。色々なゲームを並行してプレイしている都合から進捗は分散しているが、それでもかなり進んだと言えるだろう。
そうして始まるや否や、主人公は何だか仰々しい建物の前に立っていた。
「そうだそうだ、ここで中断したんだった」
「ここは?」
「四天王。えーっと、ラスボス的な感じ。分かる?」
「終盤ってことですね、楽しみです。私はまだチームに居ますか?」
冬生は目を輝かせながら画面を食い入るように眺め、そんな彼女の問いに「もちろん」と渚沙は手持ちの画面を開いて見せる。その中には『フユキ』の名前を冠するポケモンが。ただし、入手した時の子猫の姿とは異なり、今は随分と悪そうな髭だらけの化け猫になっていた。
「なんだか凄い姿になってませんか、私。あ、もしや、進化という奴ですね?」
「そう、ふふ……進化前は正統派の可愛い系だったけどね。くく……」
「なに笑ってるんですか。こんな姿でも私は私です。あ、でも、ちゃんとレベルは高い!」
見ると手持ちのポケモンの中で、フユキだけが他より二十近く上だった。
思わず声を上げて嬉しそうに言うと、反面、渚沙は少々痛いところでも突かれたように表情を強張らせた。「ああ、まあ」と素っ気ないことを言った後「相性のいい敵が多くて」と、もごもご、小さく呟いた。何だか耳が赤いので何かを恥ずかしがっているのだろうことは分かるが、ゲームに疎い冬生はその因果関係が分からず、首を捻るに留まった。
どうやら渚沙はゲームの腕にかまけて育成を怠っていたらしく、四天王への挑戦は困難を極めた。一度引き返して育成すればいいものを、渚沙は「戦力ギリギリで挑むのが気持ち良くて」と被虐嗜好を思わせるようなことを言いながら、手に汗握る死闘を一時間繰り広げた。
そして一時間後、四人目の四天王に惜しくも敗れ、二人して声を上げる。
「あー、あーあーあー」
「やっぱりちゃんと育成した方が良いんですよ。ほら、さっき私が覚えられるわざマシンがあったじゃないですか。アレを使いましょう、きっと私なら使いこなせます」
「アレは特殊技なの。君は物理特化だから相性が悪いんだって」
今一つ活躍できない自分の名を冠したポケモンに感情移入をしきった冬生は、頬を膨らませて不満そうにする。――と、ふと我に返って時計を見た冬生は声を上げた。
「あ、もうこんな時間。夕飯の支度をしないと」
慌ただしく立ち上がって冬生がキッチンへ向かおうとするから「あ」と渚沙は思わずその腕を掴んで止める。冬生は瞬きをしながら不思議そうに渚沙を見た。すると渚沙は、自分でもその行動に驚いた様子で目を泳がせると、誤魔化すように笑った。
「あ、その――今日は、何か、出前を頼まない? 君も疲れただろうし」
半分は言葉通りに彼女を慮ってのもの。
もう半分は、例えリビングとキッチンでも離れるのが寂しかったから。
そんな渚沙の胸中を知らない冬生は、悩ましそうに視線をあちこちへ巡らせる。
「それは……その通りですけど。出前は流石に高いと言いますか」
「だったら今日の分は私が全部出すよ」
「でも、それは……」
「前も言ったけど、『家に居るな』って理由で祖父母は仕送りいっぱいくれるし、その、君は以前、そういうのは駄目だって言ったけど。ほら、製造者責任? お母さんのことで私達が困った分の責任を、お祖父ちゃんとお祖母ちゃんには果たしてもらわないと」
必死に理屈を立てて冬生を説得しようとする渚沙。
あまりにも必死だから少し可笑しくなった冬生は微笑して目を逸らし、考える。
「……貴女を友人と思っているからこそ、一方的に貰うのは気が引けて」
そう思うままを伝えると、「だったら」と渚沙の目が泳いだ。
そこで彼女は何かを言おうとするが、臆したように口を噤んで瞳を伏せる。ほんのりと頬を染めると、冬生と目を合わせるのを恐れるように、そのまま呟いた。
「……今日は、遅くまで傍に居てほしい。それが対価でいいから」
それを伝える彼女の声が不安そうに揺れていたから、そこに宿る感情は理解できてしまった。
冬生は目を丸くして渚沙の顔を凝視する。彼女は少しずつ頬を染め、しかし、折れる気配はない。自分の告げた言葉は撤回せず、勇気を振り絞って冬生の返答を待った。
「傍に」
冬生が呆然と復唱すると、渚沙は瞳を伏せながら欲を出す。
「……隣に」
渚沙は何かを求めるように冬生の腕を少しだけ引っ張る。それは、抵抗できるくらい小さな力だった。しかし冬生は物理法則の外側にある何かに引き寄せられ、ソファに腰を戻す。
膝が触れ合ってしまうくらい渚沙の真横に座すと、誰かのうるさい心臓の音が聞こえた。
膝の上に置かれた冬生の手に、熱い、熱い渚沙の手が重なる。
少し部屋の温度が高い気がして、冬生はふと初夏を感じた。
まるで高熱で倒れている時のように思考が鈍る。無意識に呼吸が乱れた。冬生は変な熱を身体の芯に感じながら渚沙を盗み見て、彼女の真っ赤な顔が真剣だったから、理解してしまう。
「駄目かな」
不安そうな渚沙の声が続き、彼女の指が冬生の五指の間をなぞる。
つい先ほどまで全身で抱擁をし合っていたのに、今は単なる手の触れ合いが心臓を張り裂かんばかりに働かせていた。ごくり、と、どちらのものか分からない固唾を飲む音が響く。
――怖かった。誰かを愛した人間の行く末が弘道や由紀子、それから江坂静流のような存在なのだとしたら、恋愛などしたくない。あんな風になるかもしれないのなら、そんな道を進みたくなんてない。自分が嫌で仕方が無い存在に、なりたくはない。
傲慢に、嘘を吐いて、欺瞞の中で誰かを愛するくらいなら。
誰も愛さず、謙虚に、正直に、誠実に暮らしていきたいとも願っていた。
そして、そんな生き様を以て家族を否定するのだ。
だが、そう強く願うのなら、今、渚沙の手を振りほどけばいい。それは理解しているのに、この手は動かない。まるで激流に流されているような危機感と、休日に羽毛の布団に包まれるような心地よさに板挟みにされ、冬生は頻りに目を泳がせ、どこかに答えを探す。
選ぶのは怖くて、冬生の口は一切動かなかった。
――でも今だけは、この浅瀬で溺れたいと思ってしまった。
冬生が膝に置いた手の甲に、渚沙の熱い手が重なっている。
冬生はすっと息を吸うと、静かにその手を裏返す。身体を振るわせて逃げ出しそうになった渚沙の手を自分から握り返し、指に指を絡めて繋ぎ止めた。
じわりと汗ばむが、それがどちらのものかは分からない。
しばらく二人の視線は合わない。だが、久しく忘れていた人肌の温もりがこの上なく心地よくて、二人はそれに浸るようにしばらく手を繋いでいた。
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