§3. つよつよ理系女子は強い男に惹かれない

「な、なに見てんの?」


 俺の視線に気づき、冴島さえじまは少し戸惑った様子だった。


「あ、いや……。化粧上手くなった?」

「……ま、3年もやってれば嫌でも上手くなるでしょ」


 高校入学時、女子には文部科学省と大手化粧品会社が作った化粧マニュアルが配られる。

 最初はルッキズムだの税金の無駄遣いだの女性だけに配るのは差別だの言われたが、差別されているのはどっちだったのか。

 いずれにせよそんな声も、少子化対策の効果が出始めてすっかり小さくなってしまった。


「嫌がることもなくね? むしろ羨ましいけどな」


 一応、男子にも身だしなみハンドブックという薄っぺらい冊子が配られるが、情報の充実度には露骨な差があった。


「んー。まあ嫌ってほどじゃないけど、羨ましいか~?」


 どこか芝居がかった、呆れたような、からかうような彼女の声。

 受験のこともあってしばらく会っていなかったから、なんだか懐かしい気がした。


「やりたいわけじゃないけど、そうやって自分を良く見せられるなら得じゃね?」


 男も眉毛を整えたり、髪型やスキンケアでも多少の差は出るだろう。

 しかし本格的にメイクでもしなければ、そこまで顔は変わらない。


「化粧すんの面倒くさいぞ~?」

「それは人によるだろ」


 文部科学省の教本があれだけ充実しているというのに、「一軍」の女子たちはそれに飽き足らず、美容系YouTuberの動画などで日々研究に余念がなかった。たぶん、あれはもう趣味なんだろうな。


 絵師が可愛い女の子を描いて充足感を得るように、彼女たちは自分を可愛くして充足する。

 どちらも性欲や承認欲求に起因するのかもしれないが、生まれ持った才を活かし、突き詰めれば趣味になる。


「まあそういうのが好きなら女の方が得なのかもね。男はあんまり外見にこだわってもモテないし」

 冴島は小さく肩をすくめ、歩き出す。


「だろ? 多様性とか言っても、男のメイクは一般的にはならないんだよ」

 俺は近づきすぎないようにそっと彼女を追う。


 校門のそばの桜の下でも男女のカップルがスマホを覗き込み、自撮りした写真を確認していた。

 隣のクラスのヤツだろう。見かけたことはあるが、名前は知らない。

 男子が何か言って、女子がその腕をバシバシ叩いた。すると男子はいきなり彼女を抱きしめた。


「はぁ……あいつら爆発しねえかな……」

 冴島の声がさらに一段低くなる。

 こいつ、成績優秀な割に口が悪いんだよな。けど……。


「……確かに、外見はあんまり関係ないかもな」

 カップルの男の方はイケメンとは言い難く、なかなかに美女と野獣だ。


「ま、結局女は強い男のほうが好きなんじゃない?」

 他人事のように、彼女は言う。


「強さねえ。今はそれも必要ない気がするけど」

「腕力とかじゃなくてさ。強さっていうのは、金。金を稼げるか」

「身も蓋もないな」


 強い風が吹いて、花びらが俺たちに降り注いだ。


「お前はどうなんだよ?」

「私には関係ないね。私、クッソ強いから」


 そう言って冴島は笑う。


         💕


 冴島有佐ありさは優等生だった。


 俺の高校では成績ランキングが張り出されたりしないから、厳密な順位は分からない。

 それでも県内有数の進学校であるこの高校で、優等生として扱われていた。


 そしてこの春から、理工系では国内最高峰と言われる東京の大学に通うことが決まっている。


         💕


 俺が彼女に声をかけられたのは、恋愛指導で保健室に呼び出された数日後のことだった。


         *


「§4. 屋上庭園は恋人たちの楽園と化している」(約1000文字)

2025.01.15.07:05公開予定!

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