§4. 屋上庭園は恋人たちの楽園と化している

 その日も昼休みの屋上は賑わっていた。

 屋上緑化のために敷設された芝生の上に大きな藤棚パーゴラがあり、藤ではなく濃いピンクのブーゲンビリアが咲いていた。


「話がある」


 俺はその日、冴島さえじまにそう言われて昼休みの屋上に呼び出された。

 その時点で想像はできていた。

 パーゴラの奥へと向かいながら、俺は彼女を探した。


 恋愛奨励法の施行に伴い、学校は緑化された屋上を開放した。

 木漏れ日の下、屋上ではいくつものカップルがレジャーシートを敷き、弁当を食べながらイチャイチャしている。

 南国風の花の下に広がる、恋人たちの楽園だ。


 まあなんというか、こいつらも学校もよくやるよな。

 とはいえ、それが有効なのはよく分かる。


 恋人になったばかり、あるいはなろうとしている男女にとって、教室内の人間関係の中で二人きりで食事するのはなかなかハードルが高い。

 けれどここなら周りもカップルしかいないから目立たない。思う存分イチャつける。

 ここの常連になることを「楽園エデン行き」と称するのもうなずける。


 パーゴラの大きな支柱の脇に立っていた冴島は、俺に気づくと恥ずかしそうに目をそらした。


「えっと、その……要件は分かってる?」

「まあね。けど、なんで俺?」

「誰でも良かった」


 ま、そうだろうな。


 恋愛奨励法を機に本当の恋人を作ろうという男女は多い。

 たぶん最初はほとんどがそうだ。


 しかしこの時期、もはや「本当の恋人」など探していたら手遅れだと気づいた者たちは、こうして男女で「示し合わせる」。

 結果的に本当の恋人になるケースも多々あるらしいが、だから相手を選ぼうなんて思ったら堂々巡りだ。


「ま、あんたならそこそこ信用できると思ったから」

 彼女は少し申し訳なさそうに付け足した。

「体育祭の実行委員で話したじゃん? あんた印象悪くなかったし」


「そういやそうだっけ」

 俺は思い出したように言った。

 実のところ俺もそれを覚えていたし、冴島の印象も悪くなかった。

 口が悪いのは意外だったけれど、男友達のような感覚で話せて気軽だった。


 もちろん恋愛対象として見ていたわけじゃないけれど、向こうから誘ってきたんだし……。

「じゃ、付き合おっか」

 俺は少し余裕を見せて交際をOKした。


「ありがと……」

 濃いピンクの花の下で、彼女は照れくさそうに微笑んだ。


 このときは、その殊勝な様子をちょっと可愛いと思ってしまったのだけれど。


         💕


 今、風に舞うのは薄いピンクの桜だ。


 俺たちは並んだまま校門を出て、駅に向かう道を歩いた。

 花びらの敷き詰められた歩道はカップルばかりで、前を歩く男女も仲睦まじく手をつないでいる。


「みんなよくやるよね~」


 隣の冴島が呆れたように言う。

 手を伸ばせば触れられそうな距離。

 けれどお互い、手を伸ばすことはない。


 校庭のフェンスに沿ったこの道も桜並木で、ゴツゴツした幹の向こうを水素バスが通り過ぎていく。

 埃っぽい匂いがした。


         *


「§5. 恋愛奨励法の闇は深い」(約1000文字)

2025.01.16.07:05公開予定!

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る