第12話 婚活アラカルト

 何度も言うが、婚活は慌ただしい。特に相談所では押し流されるように日々の予定が埋まっていく。安くない入会金を支払っているという気持ちもあって、それに噛り付くようについて行く。


 ある日、電話が鳴る。

 相談所の、私の担当さんではない相談員さんからだ。

「桃山さん、こんにちは。活動状況はいかがでしょうか。今回はセッティングサービス担当からのお電話となります」

「……セッティング担当」

 入会時に渡されたパンフレットに、そんな項目が躍っていた記憶がよみがえる。たしか、別途料金を支払うと希望の相手とのスケジュール調整や面談場所の設定までを請け負ってくれるという、時間のない人なんかには便利そうなサービスだった。

 まぁ、あまりお手軽な金額ではなかったので「このくらいは自分でやるわ」とパスしたものだ。それが、自分に対して行使されたということだった。


 お相手のお名前を伺うと、それは先日の紹介で目にして、ちょっと……と遠慮したお相手のものだった。何が「ちょっと……」だったのかと言えば、単に個人的なパンドラの箱の蓋が開きそうになった件で大変恐縮なんだけれども。

 ……昔々、小学生の頃、私には家庭の事情で転校をした過去がある。

 その転校先で、まだ周りの空気を十分に読み切れていなかったせいもあって不用意な発言をしてしまい、あっという間に「転校生」は「気に入らない他所者」に早変わりした。早い話がいじめに遭ったのだ。

 幸いにも卒業まで数か月しかなかったおかげで深刻な場面には発展しなかったものの、その地は私にとって、もはや忌み地のごとく遠巻きに回避される土地になった。

 ……で、彼はその土地の出身であるとプロフィールにあったから。その土地と再び縁を持つことに耐えられなく、どうしてもどうしてもご遠慮願いたかったのだ。

「どうですかぁ? 優しい素敵な男性ですので、とにかく一度お話だけでも!」

「……すみません。ちょっと私には……もったいないです」

「そんなことないですよ! ぜひぜひ、お食事だけでもっ!」

 大変申し訳ないのですが、と私は理由を捻り出す。

 彼の趣味・関心の項目上位にランクインしている「ウインタースポーツ」やら「釣り・アウトドア」なんかは私の興味の正反対にあるもので、なので、彼とはお会いしたいという気持ちにはならないのです、彼にとっても良い時間にはならないと思います、どうかどうか、私のような者がこんなことを主張してしまい大変申し訳ないのですが本当に、後生ですから。

「……そうですかぁ? わかりました!」

 しばらく粘った後、担当さんは呆れたように言って通話が終了する。

 大変申し訳ない気持ちと、どうにも譲れなかった自分への不甲斐なさに苛まれつつも「今ので数千円か……」と、現実を突きつけられたような気持ちが湧き出して、ため息を吐かずにはいられないのだった。


 *


 また別のある日、私は相談所のビルを訪れる。

 入会時のキャンペーンだった「お相手ご紹介サービス一回無料」の恩恵に与るためである。

 事務所の戸を押し開けると担当さんが現れて、「早かったわね、こっちこっち」とにこやかに私に手招きする。パーテーションで区切られたブースの中、男の人が一人腰かけていた。

「こちら、桃山さんよ。おキレイでしょう? 桃山さん、こちら(仮名)さんよ。カッコ良くはないけれど、優しくて素敵な方ですよ~!」

 さぁ、どうぞどうぞ。手渡されたプロフィールの紙を受け取り、示された椅子に着席する。

「じゃあ、どうぞ。うふふ」

 颯爽と姿を消す担当さん。取り残される二名。訪れる沈黙。

「あ、……桃山です、よろしくお願いします」

「はぁ……」

(仮名)さんは名前を名乗らない。そのまま少し待つも、もじもじと下を向くので諦めて手元のプロフィールに目線を走らせる。わぁ、ご年齢が十歳ほど上だ。そして聞いたことある大学をお出になっているのに年収が私とほとんど変わらない。そうかぁ、ご苦労なされてるんだなぁ。

 ふと、趣味の項目に見慣れた文字列があることに気が付き、顔をあげる。

「モータースポーツお好きなんですね! 実は私も結構好きで」と好きなチームを告げると、(仮名)さんは下を向きながら

「はぁ……でも……最近は見てなくて……」

「……そうですか」


 ――おしまいだ。


 まぁ、しかし、何か会話をしなければならない。共通の話題を……。

「えーと、……私、料理が趣味で。好きな食べ物とかってあります?」

「……僕は……食べる物はなんでも良くて……」

「……そうですか」


 ――おしまいだ。


 とりあえず「好きな食べ物は何ですか? わぁ、アレ美味しいですよねー!」みたいに繋がるかと思ってた。こんな回答もあるんだなぁ……どうしよう……と尚もプロフィールをつぶさに見まわすと、ここで凄いこと(当社比)に気が付く。

「……お勤め先、私の最寄り駅と一緒です」

「えっ!」

 さすがの(仮名)さんも驚きいて顔を上げる。が、

「あ…いえ、あの……特定されたら困るので…」

「……そうですか」


 ――おしまいだよ。


 私は無力。

 ……と五体投地しそうになったものの、ここで本当に終わりにするのもどうなんだろうかと思い直し、なおも粘って会話の糸口を探してみる。

「み、南口の商店街に、行列のできる和菓子屋さんがあるのご存知ですか?」

「……いえ」

「そうですか。とっても美味しいんですけど、朝からおばあちゃんとかおじいちゃんがたーくさん並んでて、買おうと思ったら開店よりずっと早くから並ばなくちゃ買えないんですよ~」

「……そうですか」


 ――そうですね。


 駄目だ、全てが吸収されて何も返ってこないよ!! 奴はブラックホールの親戚か!?

 むしろ、ここまで何も投げかけて来ない上に反応が返ってこないという事は、たぶん、(仮名)さんもこちらに興味を持てていないという事……すみません理想のお相手じゃなくて! 

 ……と言うか、もしかして私と(仮名)さんって全然「合うかな〜と思うお二人」ではないよねぇ。ハズレですって言うか……いや……もしかして……もしかしてだけど、コレってエネルギーの切れてきた長期会員さんに入会したてのエンジン回ってる女性を紹介して、あわよくばカップル成立、そうでなくても新鮮さを感じて貰って会員期間続行……とかってこと無い? 使われてる? あのー、もう無理です!! 助けて担当さん!!

 そして無限のように感じる沈黙の時間が訪れる。もう、私も(仮名)さんも言葉を発することはなく、ただひたすらに地蔵のようにおとなしく固まって時が過ぎ去るのを待つばかり。ギブアップボタンが欲しい……。


 その後、しばらくして賑やかに現れた担当さんに「この後お食事でもしてきたら?」と促されるも「予定がありまして……」と切り抜け、ひとり飛び込んだお店でガッツリとハンバーグランチを頂く。そして呟く。

「……自由だ……」

 夕方、担当さんから電話がくる。大変申し訳ないけれど彼との未来は考えられない旨をお伝えし「お相手ご紹介サービス一回無料」は幕を閉じたのだった。


 *


 通常のマッチングしたデータとは別に、「条件は合ってないけれど好きなものが似通っていますよ」という形の紹介も送られてくる事がある。

 例えばそれがボードゲームだったらゲームの駒を、バドミントンだったらシャトルを持っているようなプロフィール写真が届いたりする。


 私は意気揚々と申請ボタンを押下する。

 即座に却下ボタンが返ってくる。


 はい、求める条件に掠りもしていないという事ですよね。世知辛い……。

 あるいは「では、電話で少しお話してみましょう」と返事があって、本当に二十分弱趣味のお話をして終了となるケースもあった。曰く「家が遠すぎて会う気が起こらない」なる……ほど……隣県はそんなに遠かったか……。もしくは、私のプロフィールが理想とは遠いものだったか。


 私が絶世の美女だったなら。

 あるいは、富豪の娘だったなら。

 ぴちぴちの若さがあったなら。

 ……贅沢言わない、バツイチじゃなかったら。

 もう少し、心躍る婚活になったのかもわからない。しかし、しかしだ。


 絶世の美女にだって悩みはあるだろう。富豪の娘だってそれなりに事情があったり、若さはそもそも自分だって持ち合わせていたじゃないか。

 私はこの私でやって行くしかない。いま、この瞬間の私が、これからの私の中では一番若くて可能性のある私なんだ。


 婚活は評価の応酬だ。ほぼ確実にメンタルにくる。情緒はめちゃくちゃになるし、世界そのものを呪いたくなったりもする、

 けれど、自分で自分をカウンセリングして、立て直して、良い方向に進んでいけるようにやって行くしかない。……どうせなら楽しく出来るのが理想かな。うん、そうかも。

 さぁ、気を取り直して出発だ。

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