第11話 象牙の塔からの二次面談

 初夏の夕方は風が心地よい。

 テラス席に通して貰って正解だったなと思いながら、グラスワインを傾ける。メニューを眺める彼の姿を横目に、通りを歩く人々の笑顔を眺めていた。

 象牙の塔の彼との二次面談は、こじんまりとしたイタリアンのお店になった。店内は小洒落た装飾がしてあり、店員さんは親切で、前菜の盛り合わせはどれも美味しくて冷たい白ワインが良くすすむ。楽しいなぁと思う。

 話題は彼の実家の気候の良さや、お母さんが植物を育てるのが上手なことなどで、穏やかな時間が流れていく。

 メールにあった「学会のお土産」は可愛らしいお菓子で、訪れた先で私などのことを思い出して貰えたのがとても嬉しかった。そこまでは良かった。……そこまでは。


 話題は移り変わり、最近遊んだゲームや、旅行先として島が好きなのだという話をした頃には、彼は少し酔ってきたようだった。

「島が好きとか言うけどさぁ、もし俺が他の場所が良いって言ったら、霧子さんはついて来るわけ?」

「……ついて来る、とかじゃないと思いますよね。二人で旅行をするなら二人が行きたい場所に行く訳で……」

「さっきのゲームの話もさぁ。結局、何するゲーム? 全然面白くないんだけど」

「……あー、そうでしたか……」

 えーと。これは、絡み酒になっている。どうやらお酒はそんなにお強くなかったご様子。なら飲まなきゃいいのに、という言葉は飲み込む。

 絡み酒がなければ「良い人」なのか。そうは思わない。だってこれ、相手が躓く質問を矢継ぎ早にして困らせて、結局のところ自分に同意するように詰め寄るって、つまりはモラハラですよ。

 最初の「身長と体重だけ見てだと思ったから」にも上から目線を感じたけれど、要するにこの人は、遥か高みの象牙の塔から相手を見下ろす癖があるという事だろう。

 ゲームは文句なしに面白いゲームなのに、私の説明が下手なせいで面白さが伝わっていない。申し訳ない、ゲームに。


「俺は最近、スカイプで英会話を習ってるんだけど。霧子さんは仕事もしてて忙しそうだけどさ、例えば結婚したら、家に帰ったら俺が英会話してるとするじゃない? それって許せる? 結婚はお互いの譲歩が大切なんだと思うけど、どこまで譲歩できますか?」

 えーーーと。

 それは「お互いの譲歩」じゃないよねと言う突っ込みすら面倒になる。

 帰っていいか?


 そこからは彼のご意見をお伺いする場となり、私は何だかもう接待モードになる。とにかくこの場を収めて、後腐れなくスムーズに帰らねば。結婚? 無理でしょ、こんな酔い方する人となんて。

「霧子さんさ、全般的に忙し過ぎるんだよね。俺はもっと一緒に出かけたりしたいのに予定ばっかりあるし、どうせ他のやつとも会う約束あるんでしょ?」

「まぁ……それは……」


 婚活ですからね。


「何それ、なんか追加料金とか払ってんの?」

「ないですけど……あ、キャンペーンの無料のサービスとか提案されませんでしたか?」

「俺はもっと会いたいのに」


 えーーーと。

 ……聞いてねぇな。

 帰っていいか?


 とにかくこの場を丸く収めて帰りたい。もうその一心でハイハイとお話を傾聴し、お水を飲ませ、会計を済ませて店を出る。駅に向かう道すがらも彼は面倒くさい絡み方をする訳で。


「俺は霧子さんのこと結構いいと思ってて」

「ありがとうございます」

「だから次も絶対会ってよ」

「そうですね都合がついたら」

「ねぇ、俺のこと好き?」

「ま、まだよくわからないかなぁ〜」


 何とかたどり着いた駅の、改札前でする問答じゃない。やめてくれ、正気に戻ってくれと祈りつつ、距離を取ろうとする私の手を彼がむんずと掴む。

 勝手に触るな。マジで帰っていいか???


「わからないって好きじゃないって事じゃん」


 オブラートを破るなーーー!!!


 限界を迎えた私は手を振り払うと改札をすり抜ける。次も絶対会ってよ絶対だよ約束だからね絶対破らないでよねと言い続ける彼の視界から、とにかく猛然と姿を消す。

 無事に帰宅してメールを打った。


「今日はありがとうございました。でも、好きかわからないと答えたのに手を握られたのはショックでした。大変申し訳ないのですが次の約束は考えられません」


 即座に返信が来る。


「これは条件が合えば結婚するというシステムなので手を握ったくらいで何か言われたくないし、好きかどうかにこだわるのもおかしいと思うけど、霧子さんがそう結論を出したのなら仕方がないですね。残念です」


 ……何か、勘違いしていませんか。

 自動販売機じゃないんだよ。承認ボタンひとつで俺の嫁になった訳じゃない。世間ズレとかそういう話ではなくて、まぁアレだ、単に、この人と私は合わない。

 ぐいぐいマイペースに引っ張ってくれる彼が理想だという人はきっといると思うけれど、「のんびりとした性格で」が一致したことに期待した私には合わない相手だった。それに、私程度で「結構いいと思ってて」ならば、他にもっともっといい人がたくさん現れると思われる。


 さらば象牙の塔の人よ。どうか伸び伸びとありのままのあなたで幸せに暮らせるお相手を見つけてください。

 そう願って、スマホから彼の連絡先をそっと削除した。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る