第10話 緩急のある営業マン

 さて、婚活はハードで、慌ただしい。

 翌週の週末は既に予定があったので、象牙の塔の彼とは翌々週にご飯を食べに行くことになる。いくつかお店をピックアップして送信し、打合せをして。そんな事している間に新しい紹介がやって来る。ひと月に二回の紹介は、実はかなりサイクルが短いかも知れない。


 今度は三名様をご紹介頂いたので、有り難く拝見し、週末の用事の合間を縫って事務所に出向き、詳細データを確認することになる。

 パソコン画面を眺めているとスマホが鳴り、メッセージがきた旨を告げた。

 ……あ、この人だ。

 差出人はちょうど今、画面に表示されている男性。お勤めは不動産関係で営業さんか……少し気難しそうな印象だけど、これは一応笑顔かなぁ……と拝見していた所だった。

 メッセージを開くと、プロフィールを見て興味を持ったこと、一度お茶でもどうかと書いてある。声をかけてくれた事へのお礼と、都合の良い時にまた連絡を下さい、とメッセージを添えて承認ボタンを押下した。興味を持ってくれる人がいるなんて、なんだか嬉しい。

 少しするとスマホにさっそくメールが届く。


「急だけど、今週末はお時間とれませんか?」


 なるほど、ペースが早い。さすがの営業さんは段取りを組むのがお上手なんだな。となると……週末は午前が営業さんの彼で、夕方からは象牙の塔の彼。……なんか……これってすごく、婚活っぽい。

 忙しない。しかし妙な高揚感と、ベースには現実感が付き纏う。たくさん考えて、きちんと選んで、そして選ばれなくては。

 当日の服装を考えながら了承の返事を打ち、明日は胃薬を買っておこうなどと思った。


 *


 その週は平日に一度、相談所の担当さんからメールで連絡が入っていた。


「桃山さん、活動状況はいかがでしょうか? ご入会の際にお話ししていたご紹介サービス一回無料のご準備が整いました。日程のご調整をお願いできますでしょうか?」


 ご紹介サービス一回無料……。あ、確か担当さん同士で「この二人は合いそう」と思った会員を引き合わせるという、いわゆるお見合いサービス一回無料。そう言えばお願いしていたのだった。

 担当さんに連絡を取り、これも日程を決めていく。忙しい。慌ただしい。飛ぶように毎日が過ぎて行く。


 *


 待ち合わせ当日、指定された場所に向かっていると「先に待ち合わせ場所に着いています」と服装を書き添えたメールが届く。さすがの営業職。こうやってスマートに婚活界隈の荒波を泳いでいるのかも知れない。

 駅ビルの前で無事に落ち合うと、そのまま駅ビルの中にあるカフェにエスコートされ、席に着いて注文を済ませる。改めて「初めまして」と双方頭を下げてお見合い開始だ。

 地方出身の彼は長らく不動産営業として働いているそうで、町の不動産屋さんではなくて法人営業なのだと話す。ほうじん……と頭の片隅でぼんやり受け止めながら話を聞く。

 段取りの良さに反して、決してせかせかしていない、じっくりと言葉を選んで発するタイプの話し方は「礼節が保たれている」という言葉がぴたりと当て嵌まる。何というか、語り口に安定感がある。不動産なんて大きな物を取り扱う人物とはこういうものかと思わせるような所がある。何だか緩急のある人物だ。

 彼に関してはひとつ、気になる事があった。

「あの、話しにくかったらパスして貰っていいんですけど……バツイチなのは、どういった理由なんでしょうか」

 そう、彼は私と同じくバツイチ。そして紹介データの「子供は望んでいない」にチェックが入っていた。

「実は、前の配偶者には浮気相手がいまして」

「……同じです」

「あー、桃山さんもですか」

 そこから話は浮気された者あるあるに流れる。夫婦関係を円満に保つことの難しさ、親に心労をかけてしまった不甲斐なさ。婚活の進捗具合、休日は何をして過ごしているかなど、ゆっくりながらも話題が広がり、カフェが混んできた頃には何となく緊張も解けて、和やかなまま解散することに。

 はじめましての面談として、これはベストだったんじゃなかろうか。噛み締めながら帰る道すがら、彼からメールが届く。


「今日はありがとうございました。婚活を始めたは良いものの、なかなか会って貰えなくて休会にした最後の紹介で桃山さんに出会えて良かったです。良ければまた会ってください」


 恐らくだけど、彼が「会って貰えなくて」と明かす理由は……彼の背丈にある。男性にしてはかなり小柄で、私とほとんど目線が一緒だった。

 最初の登録の時の担当さんの問いかけが蘇る。


 ——それと……桃山さんは、頭髪の薄い方はどうですか?

 ——あ、かわいいので大丈夫です。

 ——なるほど。では、小柄な方は?

 ——あ、かわいいので大丈夫です。

 ——なるほど。


 なるほど。……うん、何だかそういう事なんだなぁ。なるほどなぁ。

 実は私には、小柄な男性や薄毛の男性を避ける理由がよく分からない。子に遺伝するとか、生理的に無理とか、まぁたぶん人それぞれに事情があるのかなとは思う。

 例えばそれが理由で卑屈な性格だとか、何かあった時にそれのせいにするとか、そんなのだったら困るとは思うけれど、それはもう容姿の問題ではなくてその人の性格に依るところが大きい、なんて思うくらいだ。


 それから彼とは「ではランチでも」と話が纏まり、いくつかお店をピックアップして送信する。

 そうしておいてカジュアルな服に着替えを済ませ、夕方の街へと歩き出す。これから象牙の塔の彼と二次面談なのだ。


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