第9話 象牙の塔の人

 冷えたお茶会から数日、燻る私の元に最初の紹介が届いた。

 スマホに「紹介がありますよ」とお知らせが出て、取り急ぎマイページとやらに飛んでみれば、なんと四名様のご紹介が。こんな私に四名も。ありがとうございます、ありがとうございます。スマホに額を擦り付けそうになりつつ、さっそくデータを開いてみる。

 まずは一人目……え、年収二千万円……海外暮らし……AIで描いたかのような整った顔立ち……しかもお若い……これは…………。早押しですか? ピンポンです! ずばり、「サクラ」ですね!

 サクラなんて本当に存在するのかはわからない。けれど、仮に実在の人物だとしても、こういったタイプの男性とは仲良く過ごせる自信はない。(趣味・関心の高さを示す項目が全て同じ高さで統一されていた)とりあえずスルーで。


 気を取り直して他を拝見していく。やはり同世代はいない。みんな設定した上限ギリギリの年齢だ。

 紹介に書いてある項目は、身体・体重、婚姻歴、出身地、最終学歴、年収、家族構成、親と同居する必要があるか否か、婿入りの可否など多岐にわたる。勤務先と顔写真はスマホから確認不可に設定することも出来て、これは事務所まで出向いて専用の端末から拝見することになる。

 ほか、興味・関心の項目は「料理」や「映画」、「ウインタースポーツ」とか「ギャンブル」などに五段階で評価を付ける。

 データから生成される紹介の内、唯一お相手の人柄を感じられるのがメッセージ欄。別途料金を支払って会報誌などに載せる場合(広くアピールができる)にも、その人の個性が現れる項目だ。

 一行だけの人、文字数ギリギリまで書く人、「はじめまして」から書き始める人、「オタクです!」の後に好きなアニメのタイトルを列挙する人、絶対に譲れない条件を記す人、カジュアルな文章の人など、内容は本当に様々。


 さて、今回の紹介は。

 事務所のパソコンの前でお写真とお勤め先を確認し、気になった一人に申請を送ってみることに。

 四十代前半、ややぽっちゃりで、どこかのテラスで撮ったようなスナップ。Tシャツに短パンでリラックスした姿をお見合い写真に選ぶとは面白い。のほほんとした人かも知れない。


「はじめまして。のんびりした性格で、人からは穏やかと言われます。最近はジムで運動をしています」


 そんな感じで綴られる紹介文。実はこの「はじめまして。のんびりした性格で、」までは私と全く一緒。のんびり者同士なら無理しないペースで生活が出来るかも。

「こんにちは。プロフィールを拝見して、もし良ければ一度お目にかかりたいと思いました。宜しくお願いいたします」

 などと書き添えて、申請ボタンをクリック。

 その晩にはさっそく承認があり、お互いの連絡先が表示され、そこからはメールのやり取りが始まる。

 彼の職業欄には「助教」と書かれており、勤め先には大学の名前があった。助教、とは……。検索してみると准教授の下の地位、とある。そうかー、ゆくゆくは大学教授とかになる人なのかー、と少し納得する。

 正直、そういう世界はフィクションの中でしか覗き見たことがない。そしてドラマや映画や小説の中に登場する「教授」と呼ばれる人物は、大抵とても風変わりだったりする。いわゆる「象牙の塔」は世間とは一線を画す世界らしい。となると、このリラックスした写真もいわゆる「世間ズレ」というやつかも知れない。

 早々に「一度お茶でも」の話になり、週末のホテルのラウンジに待ち合わせが決まる。


 休日の午後、ホテルのラウンジは人が多い。時間通りに到着してキョロキョロしているとスマホが震えて「少し遅れます」とメッセージが届く。「写真と同じワンピースを着ています」と返信すると、しばらくして「僕はピンクのポロシャツです」と返事があった。まさか写真みたいな短パンじゃないだろうな、いや、でもそうか。休日はラフな格好で過ごすのが象牙の塔界隈ではスタンダードなのかも知れない。

 などと再びの世間ズレを感じつつ、ピンクのポロシャツを探す……ピンク……ピンク……あ、いた。短パンではない。

「こんにちは、桃山です」

「あ……」

「……?」

「実は、写真見てなくて。プロフィールの身長と体重をみて、まぁ大丈夫だろうと思って来ました」

 ……大丈夫、ねぇ。

 婚活をしていると些細な一言が引っかかることがある。

 これからの自分の人生を、一番近くで一緒に生きていく人を探している訳だから、当たり前と言えば当たり前。けれどそうやってフィルタに引っかかるものがないかどうかを考えながら他人と接していると、確実に何かが削られてはいく。婚活は、疲労するものなのだ。


 ラウンジのカフェは満席だったので、それならと近くにある劇場のカフェに案内する。ここの劇場は何度か訪れたことがあって、カフェスペースはチケットが無くても利用できる事を知っていた。

 テーブルを挟んで改めて自己紹介。お互いに旅行が好きだという所から話が広がり、どこへ行きたいか、何をしたいかなど、ゆるゆると続く。会話のペースは速すぎず遅すぎずで心地が良くて、最初に感じた違和感はまぁ気にしすぎだったのかも、と思う。

 カップのお茶から湯気が消え、緊張も解れてきたころ、「象牙の塔」に女性がいない訳ではないと彼が語り出す。どうしても女性の絶対数は少なく、そうなると気の合いそうな相手も少ない。それで、仕事に邁進して過ごしているうちに親の方が心配をし始め、この正月に帰省した際にはとうとう入会を勧められたのだとか。

 正月は半年くらい前かな……と思いつつ、でも「のんびりした性格」の表記に偽りなしだと面白く感じる。風変わりと言うか、マイペースと言うか……うん、たぶん、彼はけっこうマイペースな人なのかも知れない。

 そうして二時間ばかり過ごしてお茶を飲み干すころ、彼はどこかもじもじしながら口を開いた。

「あのさ……あの、もし良ければなんだけど、このあと夕ご飯も食べて行かない?」

「あー……せっかくのお誘いなんですが、実はこのあと予定がありまして」

 ……というのは嘘だけど。

 元から人と会って話をすることが得意ではない私には、情けないことにこれ以上はキャパオーバーだったのだ。近いうちにご飯を食べに行く約束をしてこの日は終わりにさせて貰う。相談所の曰く「マッチング率の高い」彼との時間でも、やっぱり謎の疲労感は溜まる。この先もこのイベントが続くなんて……婚活はハードだ。

 帰るとすぐにメールが届いて、今日のお礼を丁寧に返信。そこからほぼ毎日、象牙の塔にいる彼からメールが送信されるようになった。おはよう、おやすみ、学会で地方に来ています、お土産のお菓子を買いました。頭を掠める既視感と戦いながら、それでも婚活としては順調なのかもしれない、と思う。

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