第8話 凍りつく「お茶会」

 第一回目の紹介が届く前、私はピカピカ光る街の中にいた。

 渋谷はわりと知っている街だ。けれど、私の「知っている」はここ数年更新されていない。いつの間にか再開発の波が街を飲み込んでいる。


 お茶会は相談所の渋谷支店の一角で行われた。婚活用にと購入したワンピースに身を包んだ私はホイホイと会議室に通される。長机をくっ付けたテーブルがふたつ、椅子がそれぞれ六脚くらい。テーブルの真ん中にはお菓子の入ったカゴ。おお、ブルボンてんこ盛りじゃないか。こんな所で会えるとは。

 その隣に、筆記用具と自己紹介カードの入ったケースが置かれていて、ここが何処だか見失うなよと圧をかけてくる。

 思わず目を逸らすと先客がいた。結婚式の二次会くらいに素敵にドレスアップした女子だった。私のワンピースはどう見てもカジュアル……どうやらまた出遅れている。

 ドレスアップ女子は猛然と自己紹介カードを記入していた。一枚、また一枚と重ねられるカードを見て、ついつい一枚記入する。

 そうしているうちに続々と参加者が集まり、定刻になったのを合図にお茶会は開始された。


 参加者は、紙コップに注がれた紅茶を傾けながら、順番に自己紹介をしていく。

 どのくらいの活動歴か、普段は何をしているか、そのほか気になった点に質問をするなどしていると紹介所の社員さんが「はーい、お時間でーす! 男性はお茶を持って隣のテーブルへ移動して下さーい!」と呼びかけメンバーがチェンジされる。

 正直、お菓子を頂く余裕もないまま、緊張で渇いた喉を潤すだけのお茶会。でも、この会に出ている人は皆んな結婚を望んでここへ来ている。仲間なんだなぁ、などと何となく連帯感を感じ始めた頃、少し毛色の違う男性がいる事に気が付いた。


 ニコニコと笑顔を浮かべ、ハキハキしたトークで場を仕切る。かなり慣れていらっしゃるご様子。でも、どこか信用できないこの空気……あ、わかった。似てるんだ。あの、「お料理合コン」で出会った既婚者疑惑の男性に。

 ひと通り自己紹介が終わると、その男性はとても嬉しそうに声をあげた。

「ま、今回は『こんなもんか〜』って感じだよね。『ないな〜』って」

 再度、しげしげとテーブルを見渡して、更に。

「いやいや、ないね! あはは!」

 ……ほお、そうでしたか。私たちみんな「ないな〜」でしたか。そうですか。お茶会の空気が一気に凍りつく。

 百歩譲って、もしこれが緊張をほぐして場を和ませようとしているのなら……いじり芸を真似てるのかも知れない。でもそれ、この場で披露する必要が?

 別にチヤホヤされるような女性じゃない事くらいは理解してる。そういう女性だったら相談所に用はないのだろう。けれど、あまりにもこれは。あまりにも、だ。

 上機嫌で自分の婚活戦歴を語る彼以外は皆一様に言葉少なで、お茶会の空気は今や氷点下。早くこの無駄な時間を終わらせたい。帰り道に大きい本屋にでも寄って……いやいや、せっかくだし素敵なカフェにでも入ってみちゃうか。なんか……も、いいや。……お菓子食べよ。

 中央のカゴからホワイトロリータをひとつ摘むとバリバリ言わせながら包装を剥く。つられたように一人、また一人とカゴに手を伸ばし、ため息混じりにお菓子を口に運ぶ。何の時間なんだ、これは。


 実は、私にはこの時点でひとりだけ気になる男性がいた。小柄で、とてもよく通るいい声をしていて、服装にも清潔感がある男性。

「あの……とても良い声ですね。声関係のお仕事なんですか?」

 自己紹介の時に思い切って尋ねてみると、どうやら某公共交通機関で働いているのだとわかった。

 へぇ、面白い。

 普段は接する機会のない業界の人とも知り合えるのは、婚活の良い所かも知れない。

 さっき書いた連絡先のカードを渡してみようか。

 そう思えるくらいには気になっていた。どうしよう。でもこの人、さっきの「ないな〜」の時に一緒になって笑ってた人だし。調子を合わせてるだけかな。いや、「ないよね〜」と思ってるのかも。

 迷ううちに冷え切ったお茶会は終了時間となり、参加者たちはビルから追い出され、駅までの道を歩き始める。

 途中、驚くことが起きた。最後の最後まで上機嫌で武勇伝を披露していた「ないな〜」の彼がカードを取り出して参加者の女性全員に配り始めたのだ。

「せっかくなので」

 押し付けられたカードに唖然、呆然。いや、コレいつ書いた? もしかして事前に用意してたの?あれだけコケにしておいて、何のつもり?


 今となっても彼が何をしたかったのか分からない。

「何だったんでしょうね、彼」

「ほんと、失礼過ぎ」

 帰り方向が同じになった参加者の女性(先に到着していた、素敵にドレスアップした美しい女性)とぶちぶち言い合いながら電車に揺られる。

 聞けば、彼女はつい先日までお話が進んでいた相手が居たそうで、ある日突然全ての話がキャンセルになってしまったそう。今日は仕切り直しのお茶会だったのに……と。

「きっといいことありますよ!」

「だよね! 夏はこれからだよね!」

 世知辛い。婚活の最前線、とんでもない爆風が吹き荒れている。南極の暴風圏を彷彿とさせる婚活市場。生き延びねば。そして、切り抜けねば。

 私たちはお互いにきっと幸せを掴むことを約束して、それぞれの目的地へと向かうのであった。

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