第13話 緩急のある二次面談

 営業マンの彼との二次面談はランチ。いくつかピックアップしてメールしておいたお店に予約を入れてくれたそうで、慣れた街並みの中を歩いて向かう。

 いつの間にか初夏になり、歩道には陽射しが降り注いでいた。汗があまり目立っていないと良い、と思いながら横を歩く。まるで旅行客みたいに風情のある歩き方をする人だなと思った。

 少しぎこちないランチの後、本屋でも覗こうかという話になる。雑誌コーナーなどをふらふらとクラゲのように漂いながら、お互いがどういう事柄に興味があるのかを探る。ふと、彼が旅行ガイドブックを手に取る。バーレーン。あぁ、中東の例の国ね、と私は口を開く。

「この砂漠の中に実はサーキットがありまして……」

 彼がはっとした顔でこちらを見た。

「……俺、レースの話したっけ?」

 ピンときた。自分でもそれと知らず口角が上がってしまう。次に言うべき言葉を考えるまでもなく、言葉が口をついて出た。

「ライコネン、酒癖悪いよね!」

 この前の週、ちょうどとある人気ドライバーが酒場で大虎っぷりを披露してガツンと怒られたところだった。ファンからしたらそんなところも人間味があって面白く感じるものなのだけれども、FIA偉い人たちはご立腹だったのだ。

 さて、ニヤリと笑った彼が「詳しいね」と応えて、我らはモータースポーツ雑誌のコーナーへ向かう。そこから、あのレースが良かった、何年の誰それの活躍がすごかったなど話が広がり、ちょっとお茶して帰るくらいには盛り上がった。

 ワクワクと嬉しくなりながら、「次はお酒でも」と約束してその日はお開きに。


 酒癖、大事。

 某絡み酒のお方もそれまではそこそこ印象は良かったわけで、お酒を嗜む身としては、面倒な酔い方をしない人が理想だと思うし、自身もそうありたいと常々思う。

 夏の夜、仕事帰りのスーツ姿で現れた彼はなかなかに精悍な姿をしていた。小柄ながらもバランスが良いんだなぁと後について歩きながら感じる。

「とりあえず生で」から開始した宴は、お互いの好みを探りつつおつまみを何品か頼み、テーブルに日本酒が現れる頃には緊張もすっかりほぐれている。

 ほどほどに酔いが回った私はどういうわけだか酒器の制作過程について「こっちから空気を吹き込んで、反対側から口を開けて広げ、最後にこっちを切り落とすんですよ」などと語る酔っぱらいになっている。それを面白そうに頷きながら聞き、手酌で日本酒を傾ける彼にはとても余裕があるように思えた。

 いいかも知れない!

 酔った頭でテンションもぶち上る。この人かも知れない。決まったかも知れない!


 それから自然と毎日のようにメールが行き来するようになり、今週は美術館、来週はドライブとデートを重ねた。お腹の底に漂う緊張は完全に消えた訳ではなかったが、会えば楽しいと思ったし、また、彼の方でも楽しんでくれているのがわかった。

 二週間ごとの紹介を断り続けるのも申し訳なく、かと言って、スケジュールを調整して誰かと会うには気持ちが向かなく、相談所には「休会」の手続きをした。入会して二ヶ月でこんなに気の合う相手と出逢えるなんて、と嬉しく思った。

 そして、そろそろ手でも繋いでみようかなと思い始めた頃にそれは起きた。


「ちょっと話したいことがあるんだけど、会えるかな」


 どことなく改まったメール。

 何という訳でもない言葉のはずなのに、こんなに嫌な予感がするのはなぜなのか。自分の感じた不穏な気配を必死にかき消しつつ、承諾の返事を送る。

 秋の気配が漂い始めた静かなオープンカフェだった。彼と私はそれぞれの手に紅茶の入ったカップを持ち、お茶請けもなしに向かい合う。

「霧子さんはとても素敵な人だと思うんだけど」

「……はい……」

 身構えつつも気が遠くなるのを感じる。血の気が引いているのかも知れない。

「すこし、インターバルが欲しいんだ」

「……インターバル」

「そう」

 頭がくらくらした。

「それは……しばらく連絡を取るのをやめたい、と」

「何だか順調に行き過ぎてて。本当にこのま

 ま進めていいのかなって」

 ……順調に行く相手を探してたんじゃないのですか。

 やっぱり独りがいいやとか、他にもっと合う相手がいるんじゃないかとか、婚活してたら迷うでしょうよ。そりゃあわかりますよ。わかりますけどね。

「わかりました。そうなると……申し訳ないのですが私も一緒にインターバルをという訳にはいかないので、また紹介を貰う流れになるんですが」

「もちろん、そうして貰って構わない。自分でもそれが一ヶ月なのか半年なのか、わからないから」


 ……ほ……ほ……放流かよぉぉ……。


 事実上、コレはふられたことに。

 最初の「お茶会」の時、一緒に帰ったドレスアップした女性のことを思い出す。順調に進んでいたお相手から白紙に戻されてしまい、仕切り直しのお茶会だったのだと言っていた、そう、あの女性ですよ。お姉さん、お元気ですか? 同様のことがいま、私の身にも起きています……。


 どうやって帰ったか覚えていない。

 なんか普通に頭を下げて「それでは」とか言って別れた気もする。ふらふらだった。脳内すごろくは「振り出しに戻る」と書かれたコマを踏んだし、脳内おみくじには「待ち人来らず」と書かれていたし、飼い猫にはそっぽを向かれた。すべて脳内だけど。順調に行き過ぎてふられるって、もう、訳がわからないよ。


 帰宅して一番にした事は、休会終了の手続きと、相談所主催イベントのバスツアーへの申し込みだった。

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