第5話 まめなひと

 ヒョロリと背の高い男子だった。それ以上に、とてもよく日焼けをしている。もしやアウトドア男子かと思いきや、彼は駆けずり回るタイプの営業職なのだと、少し京都の訛りが見られる言葉で、恥ずかしそうに笑って言った。京都の訛りに少しだけ引っかかったのはここだけの話。

 ともかく、彼ほどまめな人を後にも先にも見たことがない。


 彼との面談はお料理合コンからだいぶ後のことになった。忙しい。とにかく忙しい。今日は雪国、明日は南国。まさに東奔西走しているのだと、ほとんど毎日のように絵文字満載のメールが届く。初めはちょっと引くくらいに。次第に、それが届くのが楽しみになる内容で。

 端的に言って話術が巧みなのだ。読み物として面白く、知識は驚くほどに幅広く、何の話題を振っても必ず的を射た返事があり、新しい知識が披露される。その上こちらを立てることも嫌味なくこなしてくる。ちょっとおまぬけなエピソードの後には必ず返答したくなるような質問がちょこんと書き添えられていて、私はくすくすと笑いながらそれに答えていく。なるほど営業職。凄い。いつの間にか彼と会う日を心待ちにするようになる。


 実際に彼との面談を果たすのは、あのお料理合コンから二ヶ月ほどが経過してからになる。あれー、こんな人相だったっけ? というお決まりの感想を経て、彼との食事が始まった。

「ところであの時、なんかひとりで作ってはりましたよねぇ?」

「あの時?」

「一番はじめに出逢った時。料理を。おひとりで」

 あー。あれですね。アレは、ペアの方がイカとか明太子とか触るの無理っておっしゃいまして。そう言えばそんなこともあった。

 彼は可笑しそうに笑って言う。

「じゃ、なんでお料理合コンに来はったんやろうねぇ」

「それは確かにそう」

 わははは。

 あの場の私の奮闘を見ててくれる人がいたんだ。簡単に嬉しくなってしまう。何の緊張も遠慮もなく、なんだか普通の気持ちで笑いあえる。

 彼との付き合いは日を追うごとに親密になる。その度に良いなと思う一面が増えていく。

 ご飯の食べ方がきれいで、車の運転が丁寧で、私の友達に会う場でも態度は変わらず紳士的。手を繋いだ時には最高にワクワクした気持ちになった。春が来たかも。恋なのかも。私、この人と結婚するのかも。そう思った。


 そうして嬉しく日々を重ねていくうち、ふと、違和感を覚えることが現れ始める。


 冬は、イベントが多い。普通のカップルならほとんど当然のように一緒に過ごすクリスマス、正月、バレンタイン。これらの行事の日に限って彼は「霧子さん、ごめんなさい僕仕事で地方に行ってます」と申し出てくるのだ。

 初めのうちは「仕方ないよね、お仕事頑張ってください」で済ませていた私も、これはと思い始める。そう言えば、私の部屋にあげたことはあれど彼の部屋にお邪魔したことはない。それどころか、彼の住処の最寄り駅も知らされていない。まめにメールは来るけれど、通話をしたことがほとんどない。仲の良い友達のエピソードは耳にするけれど、実物として会ったのは知り合って半年ほどの婚活仲間の男性のみ。(余談だけど、この男性は数年後に私の友達と幸せな結婚をする。)


 思い当たった項目に心臓がヒュッと音を立てて縮む。

 え、これってひょっとして。婚外恋愛の片棒担がされてたりします?

 ……いや、まさか。

 まさか……ねぇ。


 とりあえず状況を把握しなければならない。慌てて彼の携帯に電話をかける。当然のように繋がらず、少ししてメールが届く。

「霧子さん、すみません僕いま電車の中で。しばらくかかるんでメールでお願い(お願いしている絵文字・土下座の絵文字・汗・汗・汗)」

 しばらく迷った末、私はメールをしたためる。疑うようで大変申し訳ないのですが、万が一の可能性を考えて念のためお聞きしますが、もしかして、ご結婚なさってたりしませんよね?

「は、何それ? 戸籍謄本でも見せれば信用する?」

 絵文字がない。あ、怒ったな、これ。しまった。さすがに疑りすぎたか。私は慌てて返信のメールを打ち始める。

「ごめんなさい、そもそも結婚を考えてあの会に参加していたもので。あまりにも踏み込ませて貰えないから少し不安になりました。でも、そういうことなら大丈夫です。今度、私の実家に軽く挨拶だけでもしてもらえませんか? 今すぐ結婚という訳ではなくて、付き合いも長くなってきたし、紹介だけでもしておきたいんです」

 彼の返答はこうでした。

「僕と結婚なんかしたって良いことないよ」


 それから、彼は加速度的に私から遠ざかる。それはもうルパン三世も真っ青な逃げっぷり。曰く、

「結婚なんてしたって良いことない」

「周りで結婚して幸せになってる人なんか見たことない」

「結婚なんて墓場だ」

 じゃあなぜ、婚活パーティーに出ていたのか。

「母が倒れました」

「しばらく会えない」

「忙しい」

 そんな時こそ支え合う存在が居たほうが

「忙しいんです」


 あれだけこまめに届いていたメールも数日おき、一週間おきと頻度が減り、返信のタイミングは遅く、文面も一言だけの業務連絡へと変貌を遂げる。

 こうなってくると彼の話の巧みさが裏目に出る。何を言われても疑わしい。今まで笑って聞いていたどれもこれもが疑わしく思えてくる。いつの間にか京都訛りも取れている。(京都出身ではないとの事だった)

 事実を確認したくてももうほとんど連絡は取れず、私の足元はグラグラだ。


 顔を出した女子会には、彼に会ってもらった女友達(彼の婚活仲間の男性とお付き合いを始めていた。その惚気を聞く会だった)もいる。友達曰く

「言いにくいんだけど……この前一緒に遊んだって言ってたよ……元気だったって……」

 はい、ありがとうございます。裏、取れちゃいました。


 Q 元気に遊ぶ暇があっても恋人に連絡を取らない時は、どんな時?

 A それはね、気持ちが冷めた時。もしくは……既婚がバレて逃走を始めた時。


 果たして彼が、単に女子とお付き合いしたい、そして責任は取りたくないだけの人だったのか、または火遊びしたい既婚者だったのか、今となっても真相はわからない。何しろそれ以来連絡が取れなかったのだから。

 意外にも婚活パーティーは、既婚者が潜り込むことが安易なものであるのだ。


 どこかで彼なりの幸せを手に入れていれば良いですねと思う。(その後、謎の非通知着信が何度も、毎年同じ日にかかって来る現象が5年ほど続いたけれど……関連付けて考えるのは失礼なのかなと思っている)

 願わくば、誰かを巻き込まない形で。

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