第6話 人生初の「お見合い」に挑む
婚活が振り出しに戻った。
最初の「猫カフェ合コン」への参加から何だかんだで二年近くが経過して、私は三十代後半へと足を踏み入れていた。
正直、焦らなければいけないのは分かっている。それでも少し疲れてしまった自分もいる。
全てを投げ出したい。もういいじゃん世間が何だよ風当たりが何なんだよ私の人生なんだから好きにさせてくれよ。そのうち恋だってするだろうよ。その時じゃダメなのかい? すっかりやさぐれモードだ。情緒はおかしい。さもありなん、という話だ。
やけっぱちで燻っている私に声をかける人がいた。職場のパートのおじいさんである。
「実はさ、紹介できそうな男がいるんだけど、どうかな?」
そのパートさんは長らく趣味で合気道を嗜んでおり、腕っぷしも強く、常に冷静で、たまにお茶目なことを言って場を和ませてくれる大変良い人だ。そんな彼が合気道仲間の一人を私に紹介したいと言う。心配をかけて申し訳ない反面、有難い気持ちが湧いてくる。
燻っている場合じゃないのだ。気持ちを奮い立たせると、私はまっすぐとパートさんを見据える。
「ぜひ。宜しくお願いします」
二つ返事で紹介をお願いした私に、パートさんは深い皺をふにゃふにゃと動かして笑顔を作る。
「じゃあ、お見合い決まりだな」
*
当日はターミナル駅での待ち合わせになった。まずパートさんと合流して手頃そうな喫茶店に入り、お見合い相手に「ここの店にいるから」とメールする。とてもスマートだ。
やって来たのは少しがたいの良い男子だった。年齢は私と近そう。パートさんの顔を見るや否や嬉しそうに口を開く。
「パートさんてばいきなり連絡くれるからさぁ、そろそろ死ぬのかと思ったよ〜」
……初見で不謹慎ギャグですか。
若干引きつつ、でも仲良しだからこその軽口のはずなので、気にしないようにして挨拶をする。
その日は目的をはっきりと知らされてないにもかかわらず来て下さったそうなので、お礼を言って、簡単な自己紹介を済ませると、パートさんを囲んでのトークになり、最後に連絡先を交換してお開きに。まだ全然どんな人か分からないけれど、悪い人ではなさそう。パートさんへの感謝の気持ちを噛み締め、せっかくの紹介なので踏ん張ることに。
メールでランチにお誘いし、日程と、場所を考えて提案すると、彼からは「その日でいいですよ」「その場所でいいですよ」と許諾する旨が返信されてくる。
「でいいですよ、か~」
ついつい言葉尻を捉えてしまうのは疲れているせいなのだ。
待ち合わせの日、駅に現れた彼はこう言った。
「いやぁ、パートさんてばいきなり連絡くれるからさぁ、そろそろ死ぬのかと思ったよ〜」
うん、それは先日も聞いたね。では、行きましょうか。
調べておいたカフェまでお話しながらぶらぶらと歩き出す。向かうのは彼が興味があると言っていた分野をテーマにしたカフェ。きっと話も少しは弾むのでは。そしてちょっとでも「来てよかったな」と思ってくれたら。
そんな事を考えつつ、観光地にカウントされる街の、路地を一本入った場所にあるカフェに案内。それぞれランチを注文して、さてと一息。
「やぁ、もう、ほんと。パートさんてばいきなり連絡くれるからさぁ、そろそろ死ぬのかと思ったよ〜」
うん、さっきも聞きましたよ。
「それじゃあ、お見合い的な場だって知らされてなかったんですね、すみません」
「うん、もうぜんっぜん。パートさんてばいきなり連絡くれるからさぁ、そろそろ死ぬのかと思ったよ〜」
わかたて。バグか?
さて。彼がそう自覚しているかどうかはともかく、婚活をしている私にとってこれはお見合いなのである。自分の望む人生を歩もうとするのなら、私にはすでに時間の余裕がない。
ここからこの彼と、お互いの人となりを知り、彼と一緒になった場合にどのような人生が望めるのかを推測し、価値観のすり合わせを行い、結婚の意思があるかどうかを探り、決断をしなければならない。
……が。
この彼の場合、まず私とは意識や立ち位置が、決定的に違い過ぎる。
少なくとも、手も握らないうちに同棲のフラグを立ててきたポールスミス氏の方が婚活を意識していた。何が違うか。それは姿勢だ。彼らは「結婚相手を探している」という姿勢が、私と一致していたのだ。
目の前の彼はきっと、状況が把握出来ていないまま付き合わされている。思えば、信頼する合気道仲間の呼びかけに応じてやって来てくれた気の良い人だ。そして「お見合い」について一歩も踏み込んで来ようとしないところを見ると、とりあえずは触れたくない話題なのだろう。
そもそも、ほぼ初対面の相手を、結婚に向かって手を取り合える人か、その後の人生を共に歩める人物かどうかという見方なんて、婚活している者でなければ考えない話なのだ。少なくとも一般的ではないだろう。そこへ、初めましてこんにちは私は結婚相手を探していますあなたはどうですか考えてみて下さいと捲し立てるのも無理のある話だ。
さりとて、先に述べたように、相手がそういう視点を持ってくれるまで待つような時間の余裕も私にはない。つまり、まったくお見合いの自覚を待ち合わせていない彼を、これ以上付き合わせる訳にも行かないというのが結論になった。
食事を終え、店を出た私はあらためて彼に向き直ると、深々と頭を下げた。
「今日はすみませんでした。急に、お見合いに巻き込んでしまって」
「いやいや、いいですよ。ほんとパートさんてば死ぬのかと思ったし」
「では、ありがとうございました」
会釈をして、踵を返して、立ち止まらずに逃げるようにその場から……というか、逃走。これは、逃走だ。
ごめん、パートさん。私、やっぱりダメみたい。正直あまりにも意識が違いすぎて軌道修正してみようという気すら起きなかった。不謹慎ギャグのリピートを笑って受け留めるので精いっぱいになっちゃった! そこまでのパワーが今の私にはない……申し訳ない! 申し訳ない!!
私、頑張るから。きっと結果にコミットした姿をお見せするから。だから今回は許してください!
こうして私は、婚活をしている者の巣窟である「結婚相談所」へと足を踏み入れる決心を固めたのだった。
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