第4話 ミスター病院勤務
そう言えばこんな人だった。
待ち合わせ場所で最初に思ったことはそれで、たぶん同様のことを思ったであろう彼と、約束していた公園に入る。公園には植物園があって、彼はよくそこへ行くので案内したいという話だった。
互いに婚活の戦歴や、良く作る料理の話などをしながら園内をぐるぐると歩く。
「少し疲れたな、お茶にしよか」
関西訛りで言った彼がベンチを指さし、「あ、じゃあ飲み物でも」買ってきますと続けようとした言葉は遮られる。彼の鞄からブルーシートとポットが出てきたのだ。ブルーシートだ。そう、あの。災害時に応急処置をしたり、刑事ドラマで死体に被せたりする、あれ。ユニークな人だなと思った。
差し出された紙コップを傾けてポットからお茶を貰う。
「ご出身、関西方面でしたっけ」
「そういう訳やないんやけど。まぁ、ええやん」
ポン、と肩に触れる彼。そこから彼の職歴や家族の話などを聞くうちに、何度か連続して肩にポン、腕をさすさす、頭をポンポンとボディタッチが発生する。これは……どうしたら……。
いっそ真剣白刃取りしてみようかと思い始めた頃、彼が携帯電話を取り出した。
「すまん、病院から着信や」
紙コップのお茶は湯気の立つほうじ茶で、もしこの彼と結婚したらこうやってピクニックするのかなぁと思う。彼は電話の向こうに「はぁ? それは何で? 斉藤さん(仮)をひなげし苑(仮)に入所させるってこと?」とエキセントリックに標準語で問いかけている。
やっと通話を終えた彼に
「お仕事忙しいんですね。もしかしてソーシャルワーカーさんですか?」
と聞けば、お茶を飲もうとしていた彼は見事に咽た。
「あ、すみません、私の母も病院勤務でよく話を聞いたりするもので。それで、病院ではどんなお仕事を?」
「まぁ、仕事の話はええやんか。それより恋バナがしたいわ」
割と強引に話をはぐらかされたままで、私たちは公園を後にする。
それから目についた店に入り、お互いの趣味の話をし始めたところで、奇跡的に共通のスクールに通っていたことが判明する。
「え、あの先生凄くなかったですか?」
「あれは凄いよ、著作読んだ?」
「読みました! 面白かった!」
「課題辛かったよなー」
「でもわりと楽しめましたよねー」
あれよあれよと謎に話が弾み、お酒も入り、つい口が滑ってボディタッチの多さを指摘。
「あー、それ。良く言われるわ」
「やめたといた方が無難かと」
そこから派生して彼の少し前の恋愛話を聞き、その中で彼が大きな大きなフラグを盛大にへし折っていた事を指摘。頭を抱える事態となる。
「嘘ぉ……俺はてっきり振られたのかと……」
「たぶん違います。それは認めて貰いたくて頑張って出た発言ですよ。脈なしどころか脈しかないです」
「マジかぁ……」
関西弁もすっかり消え去り、本気の凹みを見せる彼からはボディタッチも現れなくなり、私は相談員と化していた。まだ間に合うか。どうやって彼女の前に現れたら良いのか。自分にその資格はあるのか。思い悩む彼と共に、ひとつひとつ丁寧に考えていく。
婚活って、何だろう。
だいたいみんな恋を経験してきているし、そのお相手との未来が上手く掴めなくて、それでも誰かと寄り添い合って生きたくて、相手を探しながらこうして過ごしている。
婚活で恋が出来たらいちばん良いのかも知れない。この彼のように婚活をきっかけに自分の恋を取り戻す可能性もあるのかも知れない。みんな幸せになりたくて、こうやって頭を悩ませるのだ。
酔い覚ましに食後のコーヒーを飲み干し、その日は解散となった。
後日「例の彼女にもう一度連絡してみます」とメールが来る。どこかほんわかした気持ちになりながら、彼との出会いは幕を閉じたのだった。
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