3章 3話
「簡単に、剣を落とした方が負けという決まりで良いね」
シジムが二人に確認を取る。
「構いません」
ジラーグが無感情に答える。
ハクトも黙ったまま頷いて同意を示した。
重たそうな神官服から軽装に着替えたジラーグは随分と小柄で、ハクトよりもいくらか歳下に見えた。そもそもその細腕で剣が振れるのだろうか。とてもじゃないが真面に戦える相手とは思えなかった。
「君がどんな失礼なことを考えているのかは大体わかるが」
ジラーグが低い声で言う。
「あまり他人を見くびらない方が良い」
「……そりゃ失礼」
「手は抜くなよ」
ハクトは肩を竦めて見せた。
「君こそね」
シジムが二人の顔を見て頷く。
「それでは、二人とも準備は良いね」
どちらも言葉は返さず、ただ剣を真っ直ぐに構えた。
「始め!」
声が飛んで、どうしたものかと考えかけたハクトの目の前に、想像よりもはるかに鋭く剣が突き出される。
屈んで避ける余裕もなく、仕方なく手にした剣で一撃目を払いのける。しかしこれでは二撃目に対応ができない。後ろに飛んで間合いを測るしかなかった。
確かに手を抜ける相手ではなかった。
「なるほど、反省した」
苦笑いを浮かべて呟く。
試合場の二階部分、ルジームとサハトと女王の視線を痛いほど感じていた。
呼吸を整える隙もなく、ジラーグが切り掛かってくる。
ハクトはため息混じりにそれに応じていた。これでは防戦一方だ。
「そもそも長剣は使い慣れてないんだがな」
「負けた時の言い訳か?」
「冗談でしょ」
冷静に分析してみれば、鋭くはあるがそれほど危険な攻撃ではなかった。ジスクとやり合った経験を通せば、どんな攻撃も緩慢に見えてくる。隙をみつければ必ず反撃できる。
どこかに糸口がないものか。
「ハクト、魔術を使ってくれないと困るぞ」
二階からルジームの声が飛んだ。
振り返って、言われてみればその通りかと思う。
剣の腕が問題視されているわけではなかった。
まぁ多少荒っぽい方法になっても構わないだろうと、ハクトは剣と剣が重なった瞬間に、剣に雷を流した。
反射的に危険を感じたのだろう、ジラーグが素早く身を引く。
「殺す気か、馬鹿が」
ジラーグが悪態をつく。
「殺す気くらいでちょうど良いでしょ」
「そっちがそのつもりなら、こちらも考えさせてもらうからな」
ジラーグが剣を持っていない手に炎を纏わせる。
なるほど、魔術やら神術やらには属性があるらしいなと、ハクトは頭の隅で思う。炎は手で触れられないため、そこそこに厄介だった。
剣の攻撃を避けても、すぐに炎の線が伸びてくる。
剣には雷を纏わせているため、直接斬り結ぶことを避けているようだった。これではどうにも埒が明かない。相手を狙った攻撃も、炎で防御されてしまっては手を引くしか無くなる。
なかなか上手い戦い方だった。
単純な剣の腕ではハクトの方が優っているというのに、これではろくに攻撃ができない。
とはいえジラーグも決め手にかけているのが現状だった。
膠着状態である。
「あぁもう、まどろっこしいな」
苛立ったハクトは、思い切った攻撃に出ることにした。
剣を突き出し、炎で庇われたところをもう片方の手を伸ばし、そのまま炎に突っ込んでジラーグの長い髪を掴む。
突然のことに対応しきれなかったのだろう、慌てるジラーグの顔を目の辺りを狙って膝で蹴り上げた。めきっと嫌な音がする。
「ちょっと、辞めたまえ君たち!」
焦った様子でシジムが間に飛び込んでくる。
ジラーグは顔を押さえて呻いていたが、剣を手放してはいなかった。
二人ともその程度で止まるつもりは無かった。
要は完全に、頭に血が昇ってしまっていた。
そのままもう一度お互いに斬りかかりかけたところで、二人とも後ろから羽交い締めにされる。
「やめなさいと言っているだろうが!」
ジラーグを押さえているのはシジムで、ハクトを取り押さえているのはロルフだった。
「たかが模擬戦で何してくれるんだお前は!」
ロルフが怒りを込めて言う。
二階にいたサハトが慌てて降りてくるのが見えた。
「わかった、やめるから離してくれ」
剣を地面に突き立てて、ハクトは首を振る。
落ち着いたとわかってくれたのだろう、慎重にではあったが、ロルフが手を離す。
向こうでも同じようなやり取りがなされていた。
「ジラーグ、目は大丈夫ですか?」
サハトが焦った様子で尋ねる。
相当な勢いで当たったので無事ではないと思うが、と少し反省を込めてそちらを見遣ったが、血が出ているのは鼻からで目が潰れるような事態は避けられたようだった。
「全く、滅茶苦茶なことを……模擬戦などやらせるのではなかった」
サハトが青い顔で呟く。
「私が相手だったら目も当てられなかったわね」
二階から降りてきた女王が軽口で応じる。
「ジラーグ、目を見せなさい」
「陛下のご心配には及びません」
「お前の金の目が傷ついたら事だわ」
顔を覗き込んだ女王が愉快そうに笑う。
「うん、大丈夫ね。お前、私の行く末を見なくてはならないのだから、目は大事になさい」
「心得ております」
ぽん、と肩を叩かれて振り返れば、ルジームが後ろにいた。
「やってくれたね、ハクト」
「あれ以上にいい手が思いつかなかったもんで」
「さて、陛下がどう判ずるかだが……」
その言葉が合図だったかのように、女王とジラーグがこちらに向き直る。
意外にもジラーグがこちらに近寄ってきた。
「手を見せろ」
「あ?」
「火傷しただろう、治療くらいはしてやる」
変に律儀なやつだと思う。
ハクトは痛む手を見て、しかし首を横に振った。
「ありがたい申し出だけどそれには及ばないよ」
「はぁ?」
「もう治ってる」
ひらひらと手を振って見せれば、ジラーグはあり得ないと言うように驚きの表情で固まった。
それからぐっと眉根を寄せて険しい表情を作る。
「自然治癒能力がそこまで高められているのは異常だぞ」
「生憎、自分が通常だったことがないんで知らないね」
「ふぅん、面白い体質をしているのね」
女王が興味深げに顔を寄せてきたので、思わず手を引っ込める。
「なによ」
「ジロジロ見られて気分がいいもんじゃない」
「繊細なのね」
「そうだよ。繊細なガキの取り扱いには注意してもらいたいね」
「口の減らない子」
意外にも女王の機嫌は良さそうだった。
ルジームが様子を見て女王に声をかける。
「まぁ、見ての通り滅茶苦茶な子ではありますが、使い道はあるかと」
「お前の好きな投資ね」
「賭け事に近いですがね」
ルジームは笑い混じりにそう言って、何かを確信したかのようにハクトに頷いて見せた。
女王は少しの間悩むように黙り込んでいたが、やがて面倒になったとでも言いたげに首を振った。
「それで、ルジーム。私に損はさせないのでしょうね」
「もちろんです。必ずや陛下の御為になる結果を残しましょう」
「この子供を信じるのではなく、お前を信じましょう。ロベッタはくれてやるわ」
その代わり、と女王がハクトに向き直る。
「その代わり、お前が責任持って統治なさい」
「……というと?」
「お前に所領としてやるわ、ハクト」
いまひとつ実感していない顔をしているハクトとは対照的に、周囲の人々は驚いたような声を漏らす。
「ハクトを官位に付けると?」
ルジームが本気かと確認するように尋ねる。
女王は愉快そうに頷いた。
「正式な決定は今年の試験の後にするわ。せいぜい試験に合格できるように祈りなさい」
「何、オレはまた試験とやらを受けるの?」
「簡単に言えば、ルジームの部下の兵士としてではなく、ロベッタの領主として君を迎えると決めたということです」
サハトが口を開く。
「この国では領主や官僚、武官などは試験の結果によって任命されます。儀礼的なものでも、君には試験を受けてもらう必要が出てきますね。座学の試験になりますが……」
「……一応聞いてあげるけど、オレに試験なんてできると思ってるの? スラム街のガキだぜ?」
女王を除く全員が困ったように顔を見合わせる。
ふん、と鼻を鳴らして余裕そうなのは女王だけだ。
「サハトはそう言いますけど、別に優遇などはしないつもりよ。試験結果が思わしくなかったらロベッタは召し上げます」
「アンタさぁ、それは約束と違うぞ」
「あの程度で自分の価値を示したなどとは思わないことね。私とお前が対等に約束なんてするという思い違いも正しておくべきかしら」
一回くらい殴ってやろうかと思う。
ルジームが何か察したのか先手を打つ。
「変なことはするなよ、ハクト」
「考えただけ」
全く、面倒なことである。
座学の試験などとてもできる気はしないが、ロベッタを勝ち取るためにはやるしかないというわけだ。そもそもロベッタが自分のものになるという話も納得はいっていないし、領主など死んでも御免なのだが。
「まぁ落とし所だな」
ルジームが諦めたように呟く。
「ロベッタを自由なままにしておくのは、どの道もう難しいだろう。解放すればレオラが来るだけだ。君の所領にするというのは良い落とし所だ」
「オレは統治も管理もしないけど?」
「必要になればするだろう。問題は試験の方だな」
「本当に無理だからね」
「私としても君との契約は履行したいところなのだがね……」
困ったように眉を寄せるルジームに、サハトが思いついたように声をかける。
「では先生をつけましょうか」
「というと?」
「試験まではまだ半年あります。半年もしっかり学べば十分ですよ」
「だが良い教師がいますかね」
「私に心当たりが」
サハトは名案だと言うように嬉しそうににこにこと笑う。
「座学のことだけでなく、国の仕組みや、神術についてもしっかり教えてくれるであろう良い先生がいますよ」
「……思い浮かべているのが同じ人物であれば、あまり得策とは言えない気がしますがね」
ルジームが渋い顔をする。
サハトはさして気にした様子もなく、軽やかな口調でハクトへと声をかける。
「会ってみてから決めれば良いのではないですか? どうです、君も自分の生き方を学ぶ機会があれば嬉しいでしょう?」
「……どうせ選択権はないんでしょ?」
「まぁ、君がロベッタを想うのであれば」
ハクトは否定も肯定もせず、ただ肩を竦めてみせた。
女王が笑いながら言う。
「決まりね。まぁ精々頑張りなさい。お前が使い物になることを私も望んでいるわ」
「アンタに良いように使われる気はねぇからな」
「この国のものになったのなら私のものよ。己の選択を悔やむことね」
そのまま踵を返し、かつかつと靴音を響かせながら女王は去っていく。
シジム、サハト、ジラーグもその後を追うようであった。
シジムは困ったような笑みをルジームに向けてから足早に女王に着いて行った。
サハトが去り際にハクトの肩を叩く。
「また後で会いましょう。今日は宿舎でゆっくり休みなさい」
「どうも」
なんだか底の知れない雰囲気があって、いけ好かない男だと思う。神官というのはみんなこうなのだろうか、それともこの男がそうなだけなのだろうか。
他人のいなくなった試合場で、ルジームがため息をつく。
「やられたな」
「何を?」
「私から君を引き離された。サハトも介入してくる。あまり思うようには守ってやれないかもしれないね」
「別に、元から守って欲しいとは思ってないよ」
「この魔窟で後ろ盾を持たずに生きるのは難しいぞ。素直に恩恵は受け取っておきなさい」
否が応でも面倒ごとに巻き込まれてしまうという意味では、確かにこの王城は生きづらい場所だろう。それ以上に危険もあるのかも知れないが、それを真面に恐れるような心を持っているハクトではなかった。
ただ首を横に振って、気にしてないという素振りを取る。
「ま、なるようにしかならないでしょ」
生きる場所が変わっても、やることは変わらない。
目の前の敵に対処する、それだけだった。
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