坂東 晃鷹(3)

 それから歳月は過ぎゆき、晃鷹あきたかは相も変わらず独身のまま、とうとうホテル暮らしまで始めたのだった。あるときは測量の現場に駆け付け。またあるときは、独立起業セミナーの講師として登壇する。行政書士の資格もあるから、相談されれば登記関連のお手伝いに伺ったりもするし、フリーランスは柔軟に動き回る。


 ホテルのフロントで顔を合わす相手も、案内される部屋番号も、日ごと或いは週ごとに変わるので、晃鷹には巣に帰ってきた……という感覚が一向に育たない。これは業務効率化を重視した結果であるし、特に不満もなかった。


 そして今日は、新規現場の初日だ。すこし複雑な地形の測量依頼なので、ドローンも使用する。仲間たちは家族があるからか、現場の近くにホテルはとらず(経費で落とせるにも関わらず)、自宅から直行直帰を選んでいる。


「——家族、か」。晃鷹はそう呟きながら作業着に着替え、車のキーを持って部屋を出た。



 ホテルのラウンジで軽めの朝食を済ませ、駐車場へ向かう。中古で購入したハイエースの中には、測量道具一式が、揃って出番を待っている。


 晃鷹あきたかの父親は、知る人ぞ知る建築家で、年中ヨーロッパやアメリカに長期で出張していた。

 拠点を海外に移すとき、お袋はいっしょについて行くのを嫌がった。兄貴は優秀で、親父によく可愛がられていたので、迷わず一途に、その背中を追いかけている。次男と妻を日本に残し、親父は出来のいい長男を連れて、移住した。


 お袋が入院をしても、忙しさを理由になかなか帰っては来られず、看取りのときに傍にいてあげられたのは晃鷹のみであった。

 晃鷹も大手に勤めていたので決して暇ではなかったが、母危篤の知らせが入ったのが、たまたま公共測量の閑散期だったために、運よく駆け付けることができた。


 その後、兄貴は向こうで家庭を持ったらしく、親父は妻を亡くした悲しみを、孫の誕生によって癒していた。

 そんな親父も、もう随分と歳をとっており、兄貴の報告によれば認知症の症状も表れているらしい。兄貴がデザインした、モダンな高級介護施設に、いずれは入所させるつもりだと言っていた。


 二人とは、表面上は当たり障りなくやっているが、彼らは晃鷹の生活スタイルをあまり良くは思っていない。セミナー講師の副業についても、なんだか怪しい奴だと苦笑された。

 ただ、互いに物理的距離があることが幸いして、そこまで強くは干渉してこないので気は楽だ。



 昼の十二時になった。照りつける太陽の下、ホテルの冷蔵庫から頂戴した500mlのミネラルウォーターは、あっという間に汗となって体外に噴き出ていた。

「そろそろ昼メシにするか。各自ちゃんと水分も摂ってくれよ」晃鷹は作業仲間たちに声をかけ、現場近くのコンビニへ誘った。

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