坂東 晃鷹(2)

 まだ晃鷹あきたかが、さいしょの会社にいた頃。慣れない労働環境に体力を使い切り、夜遅く帰宅すれば布団に倒れ込むなりさっさと寝てしまう……そんな生活だった。

 当時の交際相手は、ろくにLINEの返信もよこさない恋人に対し不満があったようで、ずっと晃鷹に転職を薦めていた。


 大学時代に出逢った彼女は、まだプロポーズもされていないのに、やたらと将来の話しをした。テレビドラマに感化されたのか、周りの女友達の影響なのかはわからないが……このままいくと、私は将来ワンオペ育児確定だよね、と。まだ妊娠もしていないのに、怒っていた。


 最後には「バンちゃんのこと、信じて待つだけ無駄だったね。いろいろ計画が狂ったんだから。ほんと、貴重な時間を返してほしいです!」という捨て台詞を残して、LINEはブロックされた。彼女は強い専業主婦願望を抱いたまま、SNS婚活に走っていった。人づてに聞いた噂だが、俺の悪口も書かれていたようだ。


 若き日の晃鷹は、大学生になったら自分にも、彼女とかできるのかなぁ?なんて、漠然と、まるで他人事のように考えている青年だった。

 高校時代、その胸をどうしようもないくらい高鳴らせる女の子はいたが、その夢は、夢のままで終わらせている。


 大学へ進学し、なんとなくひとりの女性からの好意を感じることが続き、気がつけば外堀を埋められ、押しに負けて関係が始まったのだと記憶している。

 向こうにはカップルの進むべきルート、理想的な型が始めからあったようだが、あまりに相手が青写真通りにゆかない期待外れな役者だったので、見切りをつけて去っていったというところだろう。きっと女性の人生計画は、悠長には構えてはいられないのだろうから。


 晃鷹あきたかは彼女を嫌いになったわけじゃないし、楽しかった頃の思い出だって、いくつかは思い出せた。誰かに思われている状態というのは、幸せなことでもあったわけで、ルックスも世間一般の基準では可愛い部類だったし、少しはショックも受けたとは思う。

 だけど正直、疲労感の方が大きかった。仕事で疲れていたのもあって、まともに向き合わずに睡眠を優先してしまっていたから、ろくな話し合いもできなかったことは、ほんとうに申し訳なかったのだけれど……

 実際にできた人生初のリアルな恋人は、晃鷹の中では、なにかが違った。


 晃鷹は、もう既読になることのない久しぶりの返信を見つめながら……随分と勝手だなと思った。ぜんぜん、二人三脚じゃなかったじゃないか、と。……お互いに。


 約三年、だらだらと続いた交際。なにかの記念日の度に増えていった、彼女好みのインテリア。もう少し広い家に引っ越そうよとか、私は一軒家に憧れてるとか、彼女は一人でどんどん話しを進めていたけど……正直、温度差があったと思う。

 一緒に暮らしたりなんかしたら、息が詰まるだろうなって、俺の方は感じていたんだから。口には出さなかったけど。あいつ……俺のどこが、そんなに良かったんだろう。


 男と女って、やっぱりすれ違う生き物なんだろう。涙も出なかったし、恋愛なんてべつに……必要不可欠なものではないもんなぁ。

 晃鷹はそう結論付けると、しばらくそちら方面の感情は、眠らせることにした。

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