第63話 足元に陰

(少し注意が散漫になってしまったな……)


 既にったバルバトの過去を掘り返して、今更、何か意味があるのだろうか。

 星級が発狂するほど怒りを露にするとしたら、それは痴情のもつれ。

 考えられるとしたら、殺された従者と侯爵令嬢が恋愛関係で、それをバルバトが目撃してしまったというところか。

 そうなると、守操の印が発現したというのはフェイクか? ……わからんな。いずれにせよ、今ここで考えたところで答えは出まい。


すこぶるどうでもいい。殺された奴が間男だったんだろう。男性貴族の暴力性を思えば、ブチギレて殺すくらい不思議ではないと思うが」

「⋯⋯そう、かもしれません――ただ」

「?」


 伏し目がちなネフティス野様子を見て、俺と同じ考えなのだと察する。

 しかしネフティスの言葉は続く。


「――ただ、奇妙なのはここからです。翌日、婚約破棄が言い渡され、侯爵令嬢は失意に暮れた様子で領地に戻っていきました。結局、最後まで詳細が明らかになることはなく、この事件は、闇に葬られることになったわけです。しかしその翌年――その侯爵家で動きがありました」

「動き?」

「⋯⋯侯爵令嬢が――侯爵家の当主に叙任されたのです」

「はぁ?」


 予想外の展開に、流石に困惑した。

 言い方は悪いが、出戻り女性貴族の将来はそれほど明るくない。

 それにも関わらずどん底から這い上がって、一年で当主にのし上がる? 冗談だろう。


「⋯⋯侯爵家はナイア王家に対し、バルバト様から受けた苦痛に対する報復処置として、星級の駐留許可を求めるなど、様々な要求を突きつけてきたのです」

「何だその身勝手な話は。当然受け入れるはずがないだろう」


 ホベリアの侯爵家の言う報復処置なんて、難癖にもほどがある。

 話を聞く限り、どちらかといえば守操の印を発現した侯爵令嬢の方に非難が集中しそうなものだ。


「⋯⋯いえ、ナイア王家はこれを受諾し、協定を結びました」

「はぁ? 一体なぜだ?」

「⋯⋯それは、私ではわかりかねます。今は亡きヴァレリア様が、一部の側近のみで決定した話のようですから」


 ナイア王家が、他国の侯爵家ごときの要求を素直に飲むはずがない。

 そうなると、ナイアにとっても何かしら利があったか、あるいは脅されていたか。

 あの当時は先代女王の時代だったから、ナイアはイケイケだったはずで、他国の貴族に譲歩するような要素があったとは考えずらいのだが。

 まぁ結果を見れば、その侯爵家が要求を通したわけで。


「そのような協定があった事実なんて俺は知らんぞ」

「⋯⋯協定の締結自体、秘密裏に行われましたから。私も口止めされていました」


 口止めされたと言いつつ、ネフティスは内情をペラペラと話す。

 しかし肝心な部分は知らされていないようだし、どうやらナイアはかなり慎重に事を運んだようだ。


「少し、不気味だな」


 十年前のバルバトの婚約破棄、ホベリア王国の侯爵家との協定、更には五年前の王太女暗殺事件。

 どれも奇妙な事件だが、特に二番目の協定はなんとなく嫌な感じがする。

 ナイアは強国というイメージばかりが先行していたが、その裏では得体のしれない何かが蠢いているような、そんな恐ろしい想像が頭をよぎる。

 ただ一つ一つの事件が独立していて、不明瞭で、全体像が見えてこない。


「⋯⋯『足元に陰、手には灯り、口は災い』」

「なんだそれは」

「⋯⋯古くからある言葉です。貴族社会とは、いわば陰のようなもの。誰しも見通しがきくわけではありません。皆、そうした思いを抱きながらも、星明かりに導かれるまま、手探りで進むしかない、と……そんな意味が込められています」


 ネフティスはなにか、意味深なことを言う。

 俺にそう語る姿は、まるで子供に知恵を授けようとする大人のようだった。


「全くわからんな」

「⋯⋯気にせずとも大丈夫です。シャルカ様なら、きっとこの先の暗闇も照らしてゆけるでしょう。私はあの時、それほどの力をシャルカ様から感じました」

「⋯⋯」


 一体何を根拠に……。暗闇を照らせるのは、お前の方だろうと、ネフティスの頭頂部を見て思ったのは内緒だ。


 このおっさんは、おそらくナイアの文官の中でも優秀な部類だったのだろう。


 敵でなければ部下にしたかったところだが、この催眠もいずれは解ける。降伏しなければ、残念ながら命はないだろう。そこに同情などない。


(……何にせよ、面白い話が聞けたな)


 わからないことが増えたとも言えるが、今まで通り一つ一つ知っていけば良い。

 障害になるようなら、処理することになるだけだ。

 俺は、「ふぅ」と一息ついて話を戻すことにする。


「少し脱線したな。教訓としては、雪解けには期待するなということでいいのか?」

「⋯⋯いえ、そんなことはありません。『魔力合わせ』でゆっくりと相性を高め、じっくりと信頼関係を築いていけば、雪解けを迎えられる可能性は、えー、零ではありませんので……」


 ネフティスは目を泳がせながら、言葉を濁した。

 おそらく好感度マイナスの状態からでも諦めずに頑張れば、一パーセントくらいは可能性が上がるよ、という身も蓋もない話なのだろう。

 俺なら、さっさと忘れて次に行くがな。


「要するに、雪解けには、相当時間がかかるということだろう。ルーナ王女の場合だと、どれくらいかかりそうなんだ?」

「……はい、おそらくですが、十代の内に雪解けを迎えることはないでしょう、二十代でも果たしてどうか⋯⋯」


 ルーナは三十代まで貞操帯を付けることになるのか。

 なんだか年代物の香りがしてきそうである。


「女王の器として疑問視されるのはそれが理由か」

「……はい」


 華の十代、二十代を棒に振って、三十を目前に雪解けを迎えたとして、果たして世継ぎを作る事ができるだろうか。

 男性不信から、急にセックスに目覚めるとは考えづらい。

 残念ながら婚期を逃した貴族令嬢に待ち受けるのは、守り手として華々しく戦場で散る末路だろう。


「なるほど、ナイア王家が抱えている問題については大体分かった」


 時間が経てば経つほどに、ルーナの女王としての素質が疑われていくだろうし、社交の場に出れば、性的暴行を受けた被害者として好奇の目に晒される。

 なんというか、いろいろと不運なお姫様だな。

 ルーナが敵でさえなければ、頑張れと応援したくもなるのだが。


 ⋯⋯さて、最後に一番聞きたかったことを聞こうか。


「お前たちはアルベルトを王位に据ようとしているのだったな?」

「⋯⋯はい」

「なら、お前たちは――」


 色々聞いてきたが、今回のナイアの侵攻作戦については結局、この質問に全て集約されると思っている。





「――なぜ、お祖父様を狙う必要があった?」

「……っ、それは――」





 ――そもそもおかしな話だったのだ。


 お祖父様はオルテノスの中でも、軍神と呼ばれる卓越した最強の武人だ。

 アルベルト陣営が、お祖父様を討ち取る必要があったのかと言うと微妙だ。

 お祖父様がこれまでナイアに与えた損害を考えれば、お祖父様を討ち取るまでにどれほどの被害が出るかなど、当然分かっているはず。

 それでも、そのリスクを犯してまで、討ち取ることを選んだ。

 理由があるとすれば、おそらくそれは――



 突然、拷問部屋のドアがガチャリと開いた。



「シャルカ様! 失礼します!」



 一人の武官が慌ただしく拷問部屋に入ってきた。

 せっかく重要な話が聞けると思ったのに台無しである。

 武官に悪気がないのは分かっているが、少し苛立ち混じりに言葉を返す。


「はぁ、何事だ?」

「はっ、砦内の居住エリアで民衆たちの間で騒ぎが起こり、死傷者が複数名出ている模様です」

「⋯⋯そのくらい、お前たちでなんとかならんのか?」

「それが……、騒ぎの中心にいるのが、オルテナトリス司法院からやってきた徴税官たちでして⋯⋯」


 武官は言葉を濁しながら言う。

 その表情には困惑と、怒りが滲んでいた。


「チッ、あのコバエ共、もう嗅ぎつけてきたのか」

「は、はい。徴税官たちは現在、『特殊徴税法』に基づき、民衆に対して私刑を執行しています」


 オルテノスに害虫がいるとすれば、司法院がその一つだ。

 その母体はラーネッキ家から派遣されてきた愚か者共の城、ラーネッキ領事館。

 ナイアの襲撃の際は尻尾を巻いて領地に籠もったくせに、安全と分かり、新しい餌が目の前に現れると虫のように飛びついてくる。


「わかった、すぐに向かう。……ネフティス、悪いが話は後だ」

「⋯⋯はい、お待ちしております」


 ネフティスが会釈するのを横目に、後ろ髪引かれる思いの中、俺は拷問部屋を後にした。


(……尋問は、帰ってから再開すれば良い。今は被害を抑えるのが先決だ)


 付近にステラ級の存在はロア以外に確認できないことから、今回やってきた司法院は衛星サテラ級を中心とした連中だろう。

 通常の衛星サテラ級であれば、部下に任せておけば問題ないのだが、相手が司法院となると話は変わってくる。



「本当に忌々しい連中だ。父様には申し訳ないがこうなった以上――処理するしかあるまい」



 俺は一つ仄暗ほのぐらい覚悟を決め、現場へ足を急がせた。

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