第56話 説得のすゝめ
「ロア、お前を呼んだのは他でもない、ある一人の男を説得して情報を吐き出させてほしいんだ」
「せ、説得?」
ロアは早速、疑問符を投げかける。
「先日のアポ作戦でナイア軍の将の一人を捕らえることが出来てな、そいつがどうやらあのバルバトに仕えていた男らしい」
「えっと、その方がどうかしたんですか?」
「背後関係を調べたくて三日前から説得を続けているんだが、そいつがまた根性のある奴で。なかなか口を割らなくて困っていたんだよ」
俺はテーブルの上に置かれた説得グッズを指差す。
薬物、酸、ナイフ、爪剥ぎ、トゲ棍棒、ノコギリなど様々な器具を置いてある。
そのどれも生々しく血が滴り落ちていた。
ロアはそれらを見てヒッ、と顔を青ざめさせる。
「説得って、拷問じゃないですか!」
「まぁそうとも言うな。ロア、頼めるか?」
「頼めるかって、む、無理ですよ! それに兄様なら魔力で簡単にできるでしょう」
「いや、それがな、その捕虜はどうやら"呪印魔法"によるプロテクトが掛かっていて、俺では解呪できそうにないんだ」
呪印魔法――対象に呪印を刻み込み、様々な効果を発動させる魔法。
催眠術や契約のような軽いものから、相手の魔力を封じるような重いものまで幅広い用途で用いられる。
原理はわからないが、アクィラが暴走したのも、この呪印魔法の応用だろうと考えられる。
ちなみに俺は『呪印魔法』はそれほど得意ではない。
一般的な『封魔の印』や『正当の印』などは刻めるが、繊細な魔力コントロールが必要な"解呪"は、俺と相性が悪いのだ。
俺にとっては、一リットルの
だからこそ、ある程度呪印魔法に精通しているロアが適任となる。
「で、でも、拷問なんて……」
「ロア、厳しいことを言うようだが、お前も貴族なら、説得の一つや二つ息を吐くように出来るようにならなければならない。それはわかるな?」
「ぜ、全然わかりません」
流石に駄目か。
ロアは、男性貴族にしては珍しく慈愛の心を持ち、殺生をあまり好まないところがある。
元地球人で民主主義に生きていた俺が、形無しになるほどに。
(……仕方ない)
なけなしのプレゼン力を駆使して、まずはロアを説得するしかないようだ。
「"説得"には、貴族にとって重要な要素がすべて詰まっている。魔力操作、精神力、そして慈愛の心、その全てを同時に鍛えることが出来るのは説得をおいて他にない」
「兄様は何を言ってるんです?」
ロアからの訝しそうな視線が地味に痛いが、俺はプレゼンを続ける。
「それに膨大な魔力を制御するというのは、貴族において大きな課題の一つだ。仲間内で鍛錬しようにも事故は起こるし、失敗しまいとして、無意識に出力を抑えてしまったりするものだ」
「それは、まぁ」
ロアは渋々といった様子で同意する。
呪印魔法は人を対象にしたものが多く、ロアもその習得の難しさをよく理解しているのだろう。
「その点、無関係な人間相手ならば、遠慮なく魔力を行使できる。極力苦痛を与えず、最短で聞き出すにはどうするべきか、どの程度魔力を使えば壊れてしまうのか、それらを失敗を通して学ぶことが出来る」
「え、あ、えぇ……? そ、それでいいのかな?」
ロアは順当に沼に嵌りはじめたようだ。
ちなみにこの教えは兄弟子ユークレーンの受け売りだったりする。
俺も最初はマッドなサイエンティストのようだと、その言葉を疑ったが、「ナイアは敵」というマインドが刷り込まれてからは、自然と受け入れられるようになっていた。
「ロアも今のうちから、こういうことに慣れておいたほうがいい」
「うぅ……でも、怖いです」
ロアはそう言って俺の胸にしがみついた。
俺だってできることなら、ロアにはのびのびぬくぬく育ってほしいと思っていた。
しかしそうは問屋が卸さないのがこの世界。
家を守るためには、綺麗事だけでは済まされない。故に、俺は心を鬼にするのだ。
「ロア、母様も常々言っているだろう。オルテノス家に生まれた以上、いつかは戦場に立たないといけない時が来る。だから少しでも死なないように力を付けなければならないと」
「僕は……兄様みたいに強くはありません」
「ロア……」
ロアの感情が魔力に乗って揺れ始めた。
もしかしたら俺が戦果をあげたことで、妙に意識してしまっているのかも知れない。
執務室で緊張していたのもそれが理由か。
だとしたら兄として、ロアのメンタルケアもしっかりしてやるべきだろう。
「ロア。お前にとって俺は強い兄に見えるかも知れない。だが、俺にだってできないことはたくさんある。現に今ロアを頼っているのが、その証拠だ」
「そんなこと、あるわけ……」
ロアも十分に"戦える貴族"の水準にあるのは、間違いない。
しかし、身近に俺という比較対象がいたことで、その基準が曖昧になっているのだろう。
俺はロアを安心させるために、頭を撫でる。
人用のエステ魔力でリラックス効果も与えると、ロアの目はとろん、とし始めた。
「いや、ロアは自分が思っているよりも強いし、器用だ。以前、雷魔法を教えた時のことを覚えてるか?」
「はい、忘れもしません」
「お前は俺の指導に根気強く耐え、あのユークレーン殿でも習得できなかった雷魔法を習得した。正直ロアには難しいと思っていたが、お前は成し遂げた。あれには俺も本当に驚かされたぞ」
魔法習得のプロセスというのは、特別体系化されているわけではない。
家によっては座学を重視するようなところもあるだろう。
オルテノスはもちろん、魔法は体で覚えるというバリバリの体育会系なので、俺もロアも幼くしてその洗礼を受けた。
俺はその方法しか知らなかったから、ロアに雷魔法を叩き込むことで覚えさせるしかなかったのだ。
「あの時は、兄様に追いつきたくて必死でしたから。それに僕、兄様の魔法なら……はぁ……はぁ……その、いくらでも耐えられましたし」
「そ、そうか」
「はぁ……はぁ……うぅ、でも、僕はどんなに頑張っても、兄様には追いつけない。兄様は……ずっと僕の手の届かないところにいます」
ロアが頭を俺の胸にぴとっとつけ、体を寄せてきた。
そんなロアの肩に俺は手をおく。
――何故か、ロアからは姫白百合の香りがした。
誰がどう考えても女の子の匂いだ。
俺の脳内では、無意識にロアが少女であるとインプットされてゆく。
「こんなに近くにいるのにロアは不安なのか?」
「っ、兄様はずるいです。いきなり大きな武功を上げるし、いつの間にか武官の皆にも慕われてるし……なんだか、兄様がまた遠くに行ってしまったみたい」
「ロア、俺はずっとお前のことを見ていた」
「えっ……」
ロアの頬は上気し、どこか期待に満ちた潤んだ瞳をしている。
「ロアは誰よりも周りをよく見えている。だから俺の苦手とする分野を埋めようと、様々な修練に励んでいたように思うが、俺の勘違いか?」
「ど、どうしてそのことを……」
「ロアは俺の大事な家族だからな、お前のことなら誰よりも分かってるさ」
俺は頼れる兄貴をイメージして、ニカッと爽やかな笑みを送る。
「はぁ……ぅ……兄様、そんなに僕のこと、見ていてくれたんだ」
ひしぃっとロアは俺にしがみつく力を強くした。
うるんだ瞳で息を荒くしたロアは、俺の胸の中に収まり、体は密着している。
ロアの耳の裏あたりから馴染み深い体臭と、香水の香りを強く感じた。
(まずい、こ、このままではァ……!)
――生理現象
今の俺はロアを完全な美少女と認めている。
条件反射的で反応してしまうことを誰が咎められよう。
エルミアの時とは別の意味で、兄の尊厳が試されている。
「あ、あれ、兄様? 何かが、僕のお腹に当たって……」
ロアが異変に気づいてしまった。
バレてしまえば言い訳のしようも無い。
時代を考えれば、バルバトのように貴族社会から追放されかねない爆弾だ。
こうなったら――有耶無耶にするしかない。
「ポケットに入れた星具だ。気にするな」
「え、何か、少しあったかいような……」
ロアが俺の星具に手を触れて言う。
「そんなわけない。ただの星具だからな」
「ええ? 芯はあるけど、なんだか弾力が……」
ロアが俺の星具をニギニギしながら言う。
「そういう星具なんだ」
「で、でも……」
「星具だ」
「……は、はい」
俺はピシャリとロアを黙らせた。
ふぅ、多少強引かも知れないが、なんとか押し切れたな。
あのまま刺激を加えられてたら、本当にまずいことになるところだった。
ロアはまだ訝しそうな表情をしているが話題を変えさせてもらう。
「んん……さっきの話に戻るが、俺はロアに意地悪をしたいわけじゃないんだ。だからもちろん強制はしない。ロアが難しいなら、俺が一か八か説得してみるだけだ」
「ぅぅ……やっぱり兄様はずるいです」
「ロア?」
ロアは少しいじけたように口をすぼめている。
「……わかりました。他ならぬ兄様の頼みですし、僕、やってみます」
「そうか、ありがとうロア! それじゃあ早速紹介しようか――」
俺は今回の捕虜のいる区画のカーテンを開ける。
そこでロアが目にしたのは――目隠しと
「ん”ん”〜〜〜〜ん”〜〜!」
「ヒッ!」
捕虜のうめき声に、ロアは小さく悲鳴を上げた。
服や床には血の染みが付いているが、体に傷がある様子はない。様々な説得が行われた後、治癒魔法をかけられたのだろうとロアは察する。
頭頂部だけは治らなかったのか、魔導ランプの明かりが虚しく反射していた。
「こちらはナイア王国の作戦参謀――ネフティスくんだ」
「ん”ぐ……ん”ん”~~! ん”~~!」
ロアはとんでもない仕事を引き受けてしまったと、盛大に顔を引き攣らせるのだった。
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