第55話 弟は美少女
ゲトラードとの会話は続く。
「ナイアが停戦を選ぶメリットはなんだ?」
「これ以上傷口を広げる前に停戦協定でも結びたいのでしょう。バングウォール砦を奪取されたことを重く見たのでしょうな」
確かに電撃作戦のような形でバングウォールを奪取した。
こちらの損害はほとんどなく、大量の捕虜も獲得している。
「最初に俺を頼ってきたのはなぜだ? ナイアから見れば何の決定権も持たない守り手の一人に過ぎんぞ」
「これは異なことを、十二歳という年齢でバルバトを討伐し、短時間で難攻不落の砦を落としたのです。ナイアからは彗星のように突如として現れた脅威のように映ったことでしょうな」
「確かにそれは否定できんが……」
「それと
手紙のやりとりは、お互いの趣味や家族のことなど多岐にわたった。
ルーナに探る意図があったかと言われれば、ないとは言い切れない。
ただ、あまりに自然だったので、同級生の女子とドキドキしながらメッセージのやり取りをするような感覚すらあった。
ルーナは俺より二つ年齢が上らしいが……。
「人となりなどそれほど重要か?」
「ええ、調略が通じる相手か確かめるという点では重要でしょうな」
「調略?」
「……ルーナを使った奸計です」
ゲトラードは少し答えづらそうに言う。
何かしら裏があるのではないかと考えたのは俺も同じだ。
便箋にオルテノス王家の国花である姫白百合の香を焚きつけるというのは、親愛の情を示す意味合いを持つ。
外交においては有効な手である。
「ルーナは王太女だぞ。貴族が娘を送るような婚姻外交は出来ないだろう」
「いえ、その逆です。正直、言葉にするのもおぞましいですが――シャルカ様を"王配"として迎え入れることを考えているのでしょう」
王配、つまりは次期女王ルーナの婿となる未来か。
ナイアは今まさにそれを見定めようとしているのかもしれないが、勘弁してもらいたい。
ゲトラードは話を続ける。
「シャルカ様はオルテノス王家の血を引くお方。仮に婚姻が成立すれば、かつての王家との和解を演出出来るでしょう。そうなればオルテノス侯爵家は、ナイアに手を出しづらくなりますからな。まぁ現実的ではありませんがな」
ゲトラードは顔をしかめながら言った。
確かにゲトラードの言うように、流石にそれは現実的ではない。
これでルーナがアホな王女なら、ちり紙にして話は終わりだったのだが、ナイア王女というだけあって教養が感じられる上、そつがない。
無碍に扱っては、こちらが足元を掬われてしまう。
「なるほどな、だがそれは諸刃の剣だな。成功したとてナイアの王家としての権威が薄れることは免れない。遠回しにオルテノス王家の権威を認めると言っているようなものだからな。そんな事を考えるほどナイアは切羽詰まっているのか?」
ただ今更、オルテノスと仲良く出来ると思っているのだとしたら片腹痛い。
俺もこうしてナイアの計略に巻き込まれた以上、ナイアを滅ぼすべき敵として見定めている。
ルーナがたとえどれほど可憐な美少女だったとしても、この部分は変わらない。
「ええ。ナイアは地理的にはそれほど優位な立場ではありません。我々に対してだけでなく、東側に対しても警戒しなければなりませんからな」
「東側、たしかコルム=ウェルスだったか。西の帝国や連邦に対抗するために結成された、国境を超えた共同体だとかいう」
「ええ、かつて存在した大国の版図になぞらえて、極東の聖教国が主導で作り上げた組織ですな。何分、国交はほとんどないためその実態は謎に包まれていますが」
アトラ大陸の東側は、帝国からすれば、小国の集まり程度の認識でしかない。
オルテノスが帝国に加わり、若干、国境を接するようになってからも変わらない。
一方、オルテノスの立場からすれば、全くナンセンスな話だ。
もしナイア王国を滅ぼすことができたら、コルム=ウェルスと国境を接することになるからな。
「いずれにしろ、お祖父様の戦果もあるし、交渉自体はこちらが有利に進められそうだな」
「ええ、ナイアが吠え面をかくところを見れるのは、今から楽しみですな」
ゲトラードが話している最中に執務室への来訪者があった。
さっきから感知魔法と魔力感知で大きな反応を確認していたのだが、今、扉の前に来ているようだった。
「失礼します。シャルカ様、ロア様が到着されました」
武官の一人が先に扉を開き、来訪者に入室を勧める。
執務室に入ってきたのは、俺を少し小さくして、顔を幼く、さらに女性的にして、まつげを長くしたような男装の美少女。
俺と同じ金眼に、黒髪のショートヘア。
彼女の名前はロア――俺の弟だ。
「兄様、お久しぶりです。此度の初陣、バルバトの討伐、そしてバングウォール砦の獲得、本当におめでとうございます」
ロアは見惚れるような所作で、礼をする。
いつもより少し表情が硬いように見えるが、緊張した顔も可愛らしい。
ああ、違う、少女じゃないんだった。
ただ、俺はまだロアが男であると断定させたわけではない。
父や母が嘘をついている可能性は限りなくゼロに近いが、微粒子レベルで存在するはずだ。
「ああ、よく来たなロア。話はもう聞いているか?」
「はい、もちろんです。僕を重要な会談に呼んでいただけたことは栄誉なことと……」
「いや、その件は今はいいんだ」
「へ?」
「悪いが、挨拶は一旦後にさせてくれ。先に済ませたいことがある」
「そ、それは一体?」
今日、オルテノスの守り手である弟のロアを呼んだのは理由がある。
会談の日取りに際して父と一緒に登城してもらっても良かったのだが、俺は敢えて今日ロアに来てもらっていた。
「それでは早速、地下に行くぞ」
「ち、地下?」
「ああ」
困惑するロアを差し置いて、俺はずいずいと進んでゆく。
俺達は暗い地下への石階段を、松明の明かりだけを頼りに下っていった。
ロアはビクビクしながら俺の服の裾を掴んでついてくる。
「兄様、ここは?」
「ここは拷問部屋だな」
バングウォール砦は地下施設も充実している。
たくさんの地下牢もあれば拷問部屋もあったので有効活用している。
「ご、拷問部屋って、ま、まさか兄様! 僕を拷問するつもり?!」
ロアは顔を引き攣らせ、胸を掻き抱くような仕草をする。
小動物のようにビクビクしているロアは、やはりどう見ても美少女だ。
「はは、まさか。俺がロアにそんな酷い事をすると思うのか?」
「……」
なぜ否定しない……
ロアは無言のまま、ジトッとした目を俺に向けていた。
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