第54話 停戦の申し出
バルバトを
あれから経絡殿には行っていない。
こちらの世界に戻ってきてから俺の魔力の扉の奥に、新たな扉が追加されているのが分かった。
今も意識を集中させれば、経絡殿に行けるという確信に近いものがある。
おそらく魔力の量は関係なく、一日に何度も行ける類のものではないようだ。
しゅしゅしゅ、ポン。
それにしても、惜しいことをした。
ジルが直感的に可憐な美少女である可能性はなんとなく感じていたのだが、最後の一歩が踏み出せなかった。
しゅしゅしゅ、ポン。
ジルは調和がどうとかしきりに気にしていたが、不吉なことを言うばかりで結局スタンスはよくわからない。
単体では敵対していないようには感じるが、果たして、といったところだ。
経絡殿には、また行って情報収集してみようか。
ジルがいたら今度こそ連絡先を聞こう。
可能なら案山子のフリをして、他の連中から盗み聞きしてみるのもいいかもな。
しゅしゅしゅ、ポン。
俺は何時間もサイン会のような要領サインをし、印章を押すという作業を繰り返していた。
ここまで来ると全てオートメーション化したいレベルだ。
「なぁ、書類の山が全く片付かないのだが」
最近、殆ど休めていない事をニコレッタに愚痴る。
「申し訳ありません。我々の方でも極力巻き取ってはいるのですが、都市計画には様々に利権が絡んでくるようで、結果、
「それもそうか……」
少しやつれた表情のニコレッタが答える。
自分以上に疲弊している部下を見ると、なんだか申し訳なくなるな。
「なんだか外が騒がしくなってきたな」
「ええ、どうやらこちらに送られてきた民達が市を形成し始めたようです。
とりあえず公共事業でもぶち立てないと治安悪化が懸念されるな。
ただ、疲れ気味でいまいち頭が回らん。
「なるほど、民が元気なのは良いことだ」
「……」
バングウォール砦は人の出入りが多くなった。
オルテナトリスとの間で人員の入れ替えがあったり、他領の使者が訪れたり、
「ゲトラードも苦労をかけるな」
「なぁに、この程度大したことはありませぬ。ここバングウォールは
「……」
誰の覇道だ。
俺はここの城主代理なだけだというのに。
父は、バングウォール砦を城塞都市にすることに決めたらしい。
オルテナトリスは今や空前の好景気だが、外からやって来る人間が多く、慢性的な人余りが続いていた。
おそらく完全失業率とかを割り出したらエラい数字が出るだろう。
だので父は、余剰人員をこちらに充てようと考えたようだ。
ただ、思った以上に情報が早く出回り、先走りした者が集まってしまったわけである。
「まぁ落ち着くまでは皆に頑張ってもらうしかないな」
「ははは、お任せあれ、皆、どこまでも
ゲトラードはこのように言うが、未だ若手が多く都市計画に精通したものは少ない。
皆、四苦八苦しながら業務をこなしているように見える。
このままだと前世のようなブラック企業のようになってしまう。
出来るだけ早く、管理側の人員を父に送ってもらわなければならないだろう。
それか、集まった連中から引き上げてやるのも一つの手かもしれない。
何やらワケありの者たちも集まっているという話だからな。
「……それにしても、でかい山が動いたな」
ひとまず作業が一段落したので、俺はゲトラードに話しかける。
都市計画の裏、水面下で進んでいた話が実現するのではないかという話。
「ええ、まさか――ナイアから停戦協議の申し出が来るとは思ってもみませんでしたな」
――ナイア王女のルーナから爆速で送られてきた一通目の手紙。
その内容はざっくり言うと「会ってお話がしたい」という内容だった。
俺という次世代のオルテノス家を担う守り手が、兄のバルバトを殺って、バングウォール砦まで制圧したことに大層ショックを受けたらしい。
オルテノスとナイアは互いに憎しみ合う関係が、俺とルーナのようなひ孫世代まで続いてしまっているのは悲しい――どうかこの想いはシャルカきゅんも同じであってほしい、という少女の切なる願いが込められた手紙だ。
「ルーナから届いたあの手紙、誰が何を言っているのかという話だが、戦争未経験者であるルーナが言うことには多少の意義があるのか?」
「いえ、意義などありませんよ。ナイアの者の言葉などゴミ同然、まるで自分が慈愛者と勘違いしたような上滑りした言葉を聞かされ、反吐が出る思いです。
このようにナイアは、ゲトラードからゴミと言う言葉が出るほど、オルテノスでは
六年前の戦争では両者共に多くの死傷者を出したし、もはや消えない傷となった。
ゲトラードの言うように、今更取り繕っても遅いのだろう。
ただ、政治というのは感情だけでは動かないというのもまた事実。
「ああ、ただ父様は――この申し出を受け入れる方向で進めているようだ。父様の決断について、ゲトラードはどう思う?」
ルーナと手紙が決定的かと問われれば、そうではないだろうが、父の方はもとより停戦の方向で考えていたようなのだ。
おそらくホシロス候やナイア女王との間で何かやり取りがあったのだろう。
ただ、配下たちがこの事をどう思っているのか気になった。
「
妥当……か。
決して喜ばしいことではない。
おそらくは心情的には受け入れがたいのだろうが、理で物を言ったというところか。
「父様は、先の戦いで横槍を入れてきた西側に対してかなり腹を立てているようだ。それに、自領の保全のためにオルテノスから引き上げていったラーネッキの守り手に対しても、ほとほと愛想が尽きたという様子だったな」
「ふむ……おそらくお館様は、西側に対して圧をかけるつもりなのでしょうな」
「圧をかける?」
西側というのはオルテノス地方の西にある他領を指す。
外交手段で首を絞めてくる皇家や、物理的に邪魔をしてくるダルボニーは、父様の目には仮想敵として映っているのだろう。
ラーネッキもでかい顔をしているが、肝心な時に役に立たないからな。
「ええ、実際に停戦を選ぶかはまだわかりません。ただ、会談を実現させることで、西側やラーネッキに対して毅然とした態度を示す狙いかと」
「なるほど。停戦をちらつかせるのは西側への警告か」
要するにオルテノスが、今以上の力をつけることを恐れているのだろう。
西側にとっては、オルテノスとナイアと戦争していてくれたほうが都合がいい。
ただでさえ、オルテノスは軍神として畏れられるお祖父様がいるのだ。
その目が自分たちに向けられるのは避けたいだろうからな。
「はい、停戦協議にはお館様ご自身が参加を表明されていることから、その本気度が伺えます」
「……皆、こぞって父様の姿勢を弱腰と叩くのだろうな」
「……おそらく」
ゲトラードが内心どのように思っているかは伺い知れない。
何十年と殺し合いを続けてきた仇敵と休戦協定を結ぼうというのだから、皆、
ただ俺個人としては、父の考えを尊重したい。
おそらく俺では及ばないような深遠な考えから出した結論なのだ。
それを信じて支えてこその家族だろうからな。
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