第57話 呪印魔法

 ロアがネフティスを説得してくれることになった。

 ふと、俺は一体何をしているんだと思う。


 つい数週間前までは、領地でぬくぬくとまだ見ぬ嫁について思いを馳せていたというのに、今は弟をどう共犯に仕立て上げるかに頭を悩ませている。

 これでは犯罪の片棒を担がせようとしているようではないか。

 ロアは俺ほど精神に耐性があるとは限らないだろうに。

 すまない、ロア。

 綺麗なままで居させてやりたかったが、それも難しい。

 どうか不甲斐ない兄を許してくれ。

 停戦協議さえ無事に乗り切ったら、婚約者探しでも手伝ってやるから……。


「ね、ネフティスくん?」


 ロアの問いかけで我に返る。

 どうやら自責の念に駆られていたらしい。

 ロアは、俺が気安く呼んでいたのが気になったようだ。


「ああ、これはいけない。長期間説得し続けたせいか、親しみが湧いてきてしまったようだ。ロアも気をつけると良い」

「は、はぁ」

「ネフティスはな、どうやらナイアの騎士家でも有名なバルトルッチ騎士家の出身らしい」

「バルトルッチ騎士家……? たしか内政官を輩出する騎士家ですよね。ナイアの中枢であるゴルダシュトにいるはずの内政官が、どうしてバルバトの指揮下に入っているんです?」


 ネフティスはゲトラードのように武に精通する騎士家の出身ではない。

 それにもかかわらずバルバトの補佐を務めていたというのは少し奇妙な話だ。

 もちろん例外的に、将としての才能がある可能性もあるから、一概には言えないが。


「そこのところどうなんだネフティス、なぜお前がバルバトの補佐についていた?」

「ん〜〜〜! ふごッ、ふごぉ〜〜〜!」

「そうか、猿轡さるぐつわがあっては喋れないか」


 俺はネフティスの猿轡を外してやる。

 既に何度か顔を出しているので、ネフティスとはそこそこ話せる仲だ。

 今なら少しは喋る気になったかもしれない。


「ぐっ! オルテノスのクソどもぉぉ! 貴様らの思い通りになると思うなよ! 私は決して貴様らに屈したりはしないぞぉぉ!」

「……」


 ネフティスは、頭で魔導ランプの光を反射させながら叫んだ。

 ナイアの内情を知るためにこうして尋問を続けているが、全く口を割らない。

 なかなか肝が据わったやつだ。

 ただそれ故に、ネフティスの口を割らせることができれば、確実に情報が手に入るという予感めいたものがあるのもまた事実。


「さっさと殺すがいいオルテノス! 私は命尽きるその時まで貴様らオルテノスを呪い続ける! それこそ、死んでいった同胞たちへの無聊ぶりょうの慰めとなろう!」

「あまり大きな声を出すな、ロアが怖がってるだろ」


 ぺきり。


 勇ましいことを言うネフティスの腕の関節を、反対側にへし折る。

 衛星サテラ級の腕など、爪楊枝のように折れてしまう。


「はぎゃぁあああ!」

「ヒィッ」


 ネフティスの絶叫に、ロアはビクりとする。


「ネフティス、君が今回のオルテノス侵攻を企てたわけじゃないのは分かっている。お前たちの背後にいる存在は誰だ? なにを考えてお祖父様を狙った?」

「ぐぅぅ……貴様らに話すことはなにもない」


 ネフティスの額に赤い呪印が浮き上がってくる。

 呪印の術者に関する事柄を話させようとすると、この呪印が発動するようだ。


「これは……初めて見るタイプの呪印ですね。『催眠の印』と似ているようですが、それよりもずっと複雑です。もしかしたら複合型かも……」


 ロアがネフティスの額の呪印を興味深そうに覗き込む。

 さっきまでのおろおろとしていた姿はどこにもない。


「複合型?」

「はい。上位の呪印魔法の使い手は、複数の効果を盛り込んだ複雑な呪印を刻むことが可能なんです。そのレベルになると、オリジナルの呪印の可能性もありますし、解呪するのは簡単ではありません」

「呪印魔法の使い手も、千差万別ということか」


 呪印魔法は、俺が向いていない分野なので、月並みな感想しか述べられない。

 習得にかかるコストを度外視して鍛錬すれば、いつかは上手く扱えるようになるかも知れないが、今のところは優先順位の問題で後回しになっている。

 俺自身が、呪印魔法にかかりづらいという理由もあるが。

 それに今は、アクィラの使っていた『傀儡魔法』の習得に注力しているところだしな。


「ええ。数少ないオルテノスの文献によると、太古の種族は更に上位の呪印魔法を使用したり、書き換えたり出来るようです。死と引き換えにするものや、正体不明の力の譲渡など、禁忌の外法とも呼べるような呪印を扱うことができるそうです」


 聞いているだけで恐ろしい。

『呪印魔法』は確かに他の魔法と明らかに毛色が違う。

 俺の『魔力量子理論』でも上手く説明できないし、一般的な呪印は、コツさえ覚えれば簡単にできてしまうから、きちんと体系化されていないのだ。

 その点、ロアは俺に見えていないものが見えているのかも知れない。


「なるほど。よく調べているな、さすがはロアだ」


 俺は素直に感心し、ロアの頭を撫でた。


「えへへ」


 ロアは研究者気質なところがあって、興味があることにはとことん突き進むような性格をしている。

 オルテノスは簒奪事件のせいで、過去の文献などは殆ど失われているし、調べるのには相当な努力をしたはずだ。


 オルテノス家は、情報が少ない分、他家と比べて情弱脳筋貴族といっても過言ではない。

 ロアのような知能担当の貴族の存在は、オルテノスではかなり稀少なのだ。


「上位の呪印ということだが、どうだ、やれそうかロア?」

「うーん、『忘却の印』や『暗号の印』なんかも混ざってそう……結構難しそうですね――」


 ロアは少し困ったように、頬をかく。

 おそらく、ネフティスに呪印を刻んだ術者は、相当卓越した呪印魔法の使い手なのだろう。

 バルバトから話を聞いていたときに思ったが、ナイアはかなり胡散臭いことに手を染めているのは間違いない。

 ここで情報を引き出せなければ、これから控えている停戦協議にも少なからず影響するだろう。


(ロアで駄目なら仕方ないか……)


 俺は諦めて、ネフティスの毛根だけでなく精神も崩壊させることもやむなしかと考え始める。

 しかしロアの表情には不安はない。



「――でもこれくらいなら大丈夫だと思います」



 ロアの言葉からは自信が感じ取れた。

 どうやら突破口を見つけたらしく、ロアは魔力を練ると、人差し指をネフティスの額の呪印にぶちゅっとねじ込む。

 ステラ級特有の膨大な量の魔力が、ロアの魔力扉から淀みなく流れ始めた。

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