第51話 柔けぇ

「んふぅ、シャルカは本当に心配性なのね。いいわ、シャルカと今後の幸せな生活について一緒にじっくりと話し合うのもいいかもしれないわね。そうだ、約束は覚えてるかしら?」


 とりあえずエルミアの脳内がお花畑なのは分かった。

 やはり俺がしっかりしないといけないようだ。


「約束?」

「もう、忘れてしまったの? 毎日私の寝室に来て私に報告するという話よ。オルテナトリスに帰ってきたら絶対に忘れないように」

「分かったよ」


 話したいことは大体話し終えた。

 エルミアと無事に関係を改善することが出来て、プロポーズまでされた。

 結果としては上出来だろう。

 妹とはいえ将来の可憐な嫁候補ができたのだから。


(まぁ、正確には俺が婿になるんだけどな)


 ただ、二つほど気になることがある。

 一つは俺自身、父のように側室を貰う可能性が高い、ということだ。

 婿のくせに何を、と思うかも知れないが、オルテノス侯爵家自体、ステラ級は常に人手不足であることを考えれば当然の処置である。

 エルミアはある意味、典型的な主筋の貴族令嬢だ。

 既に俺に矢印が向いている以上、俺が死ぬようなことがない限り、てこでも動かないという気配がする。

 そんなエルミアが、俺に側室ができると知ったら、どんな反応を示すかは想像に難くない。

 今からいろいろとシミュレーションを重ねておくべきだろう。


 そしてもう一つは、俺が武功を挙げたことにより、実家ネーヴィリムが俺を当主にのし上げようとする可能性があること。

 その筆頭がおそらく俺の母であろうことは頭の痛い話だ。

 俺とエルミアの思惑はどうあれ、一時的に亀裂が入るであろうことは避けられない。

 来月の当主会合での立ち回りが鍵になってきそうだ。


「シャルカ、私はこれから湯浴みにいくわ」

「ん、そうか」


 考え事をしていたらエルミアから声がかかる。

 名残惜しいが、夜の密会もお開きとなるようだ。


「その間にここのお花は全部、私の部屋に運んでおいてくれるかしら?」

「え"?」

「だってせっかくシャルカが私のために摘んでくれたお花でしょう? 香料を抽出して香水作りたいわ」


 エルミアは唇をぺろりと舐めた。

 眼前には、足元に広がる膨大な量の姫白百合の花。

 そんないじらしいことを言われたらやるしかない。

 可憐な妹のためなら使いっ走りになることもやぶさかではない。


「お、おう、任せておけ」

「ありがとう、お兄様大好き」


 エルミアはそう言って俺に口づけをした。

 柔らかい唇の感触。

 完全に不意打ちだった。

 さっきは焦らされたと思ったが、あっさりとキスを済ませてしまうらしい。


「お、おやすみなさいお兄様」

「あ、ああ」


 当然ファーストキスであっただろうエルミアの顔は紅潮していた。

 隙を伺っていた雰囲気すらある。

 一瞬のことで何が起きたかわからず、とことこと階段を降りていくエルミアの姿を呆然と見送った。


やわけぇ」


 一人花畑に残された俺は、唇に指を当てて呟いた。


 その夜、風呂敷を担ぎ、馬車力のごとく砦内を往復するオルテノス侯爵家長男の姿があったとか、なかったとか。



 ◇◇◇◇



 翌日の早朝。


「それじゃシャルカ、後日オルテナトリスで会いましょう」


 エルミアは俺や武官達に見送られながら、側付きの女武官と一緒に砦を発った。

 帰り際にエルミアは、ニコレッタと和やかに話をしていた。

 ニコレッタはどうやら兄のサプライズに協力した功労者として、認めてもらえたらしい。

 険悪ムードのままお別れにならずに本当に良かった。


 さて、今日からバングウォール砦の守護をすることになる。

 ただ再来月くらいには学院に向かわないといけないので、今はあくまで臨時の役職に過ぎない。

 俺の後にバングウォール砦に入る守り手は、現在選出中らしい。

 兵達に軽く魔纏ドーピングして、砦の修繕や改修を命じると、俺は執務室に向かった。

 父との手紙のやり取りをしたり、指示書を書くなどしていれば時間は過ぎていく。


 昼下がり、ゲトラードが執務室に入室してきた。

 何やら難しい顔をしている。


「御名代様、先ほどナイアから使者が訪れたので、勝手ながら拘束しました」

「なに?」


 バングウォール砦を落としたのは昨日の今日だぞ。

 ナイア側の対応が早すぎる気がするな。


御名代様みなしろさま宛の手紙を預かっているのですがどうしますか」


 どうしますかと言われても読む以外にないと思うのだが、破り捨てろといえば、破り捨てそうな顔をしている。


「……差出人は誰だ?」

「薄汚きナイアの女狐カルリーナの血を引く第五子――ルーナからです」


 ナイア王家は上に男子が四人、下に女子が一人。

 第五子ということは王女、ナイア王国の伝統からすれば王太女ということになる。

 流石に俺の独断で無視するわけにはいかないだろう。


「手紙を見せろ」

「こちらでございます」


 封筒はナイア王家の紋章が描かれた正式なもの。

 恐る恐る開いてみれば、数枚の便箋が折りたたんで挿入されていた。

 女性貴族が使う可愛らしい花の絵が描かれた便箋だ。

 王族が扱うものであるから、それよりも一段階上質なものであろう。


 そして便箋からは――姫白百合の香りがした。

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