閑話 リンクス①

 夢を見ていた。

 いつも何か大きな影に怯えて暮らしていた。

 逃げても逃げてもその影は追いかけてくる。


 どこからかギョロりとした目の男がやってきて言う。


『お前には才能がある』

『母と妹が大事なのだろう』

『我々と一緒に来れば、貴族の脅威に怯えることはもう無くなる』

『東はすでに貴族の支配を脱しつつある』

『これは前払いだ』

『選べ、我らとともに来るか、それとも……』


 男は高圧的な言葉を投げかけ手を差し伸べてくる。

 渋々、その手を取らざるを得なかった。

 母と妹の名前が出た時点で、選択肢なんてない。

 しかし、そこでも何かが変わることはなかった。

 より恐ろしい存在に置き換わっただけだ。

 待ち受けるのは、命令に従い続ける終わりのない日々。

 きっと私は悲惨な末路を迎えるのだろう。


 そう、悲観的に頭をもたげた次の瞬間。


 真っ白な太陽が爆発し、目の前の男を焼き尽くす幻覚を見た。

 太陽の炎が大地を焦がし、死の世界へと早変わりする。

 そんな中、一人の少年の面影を見た。

 シルエットに覆われたその少年の瞳は―――美しい金色に輝いていた。



 ◇◇◇◇



「はにゃっ…………! ここは一体?」


 目が覚めるとどこかの民家に居た。

 植物が植えられた植木鉢がそこかしこに置かれていて、部屋の中なのに外にいるような感覚になる。

 テーブルの上にはすり鉢、秤、謎の粉末や分厚い本たちが所狭しと置かれていた。

 窓の外には鬱蒼うっそうとした霧がかかっている。


「私、たしか爆撃魔法で……うグッ」


 体を起こそうとして、全身に鈍い痛みが走った。

 あれだけの魔法を受けてこの程度で済んだのなら奇跡に近い。

 リンクスはこの家の住人が看病してくれたのかと思ったが、外傷がきれいに消えているのは奇妙な話だ。


「んガっ……、ん? 目が覚めたの?」


 ソファーの方から気だるそうな少女の声が届く。

 どうやら自分が家人のベッドを占領してしまっていたらしい。

 少女はムクリと起き上がると、リンクスの方にのそりのそりと近づいてくる。


(まずい、認識阻害のローブがない)


 おそらく爆発で吹き飛んでしまったのだろう。

 リンクスはとっさに顔を隠した。

 隠密として生きることを定められたリンクスにとって、素顔を見られるのは避けなければならない。


「どうして顔を隠すの? 看病している時にとっくに見ちゃったけど」

「っ!」


 顔を見られたと知り、リンクスは身構えた。

 しかし次の瞬間には、耳を疑うような言葉が飛んでくる。


「まぁ、かくいうボクもあまり人前には出られない人種なんだけどね」


 リンクスは少女の姿を見て驚いた。

 少女の肌は透き通るように白く、目は起きたばかりだからか半開き、顔立ちはあどけないがどこか神秘的な美しさを感じる。

 驚くべきことに服装は、後ろで結ぶタイプの割烹着のようなものを着ているだけで、下は何も穿いていない。

 膝の下ほどまである長いピンクベージュの髪がなければ、後ろから全て丸見えだっただろう。


 なにより特徴的な水平方向に尖った耳を見て、リンクスはその少女が何者なのかを察する。


「エルフ……」

「その通り、それで――君はボクの敵かい?」


 エルフの少女の目がすっと細められた。

 一触即発の雰囲気。

 リンクスは少し敵意を出しすぎてしまったかと反省する。


「……ち、違う。私は命の恩人に牙を向くことなんて出来ないよ。助けてくれてありがとう」

「それなら良かった。義に厚いところは獣人らしいね」


 緊張した雰囲気が弛緩した。

 少女の言葉に反応するように、リンクスの頭に生えた獣耳がぴょこぴょこと動く。

 リンクスの種族はザクリアン帝国ではあまり見かけないが、エルフと比べれば十分多いほうだろう。


「……」

「そういえば名乗ってなかったね、ボクの名前はジリオラ・ディスピオラという。君は?」

「リンクス」

「リンクスね、短い間だけどよろしく頼むよ」


 リンクスはあまり長居したいとは思わなかった。

 ジリオラのエメラルドブルーの瞳の奥に言い知れない狂気を感じたからだ。


「ねぇジリオラ、私の所持品はどこかに落ちていなかった?」

「ふむ……それはこれのことかい?」


 ジリオラはそう言って手に持った二振りの鎖鎌をリンクスに見せる。

 それはリンクスの愛用の星具だった。


「っ!」

「君、連合の勇者なんでしょ?」

「……知っていたの?」


 リンクスはジリオラを警戒する。

 勇者と知られた以上、ジリオラがどのような行動に出るかさっぱりわからない。


「当然さ、あれだけボロボロの状態で生きているなんて、普通の獣人じゃありえないからね」

「……どうして私を殺さなかったの?」

「うん、まぁ人間の勇者だったら殺してたけど、君は獣人の勇者だからね。ボクにとっては利用価値がある」

「……私はボスに忠誠を誓ってる。エルフの言葉には従えない」

「ふむ、いい忠誠心だね」


 ジリオラはそう一言言ってリンクスの元までてくてくと歩いていき、リンクスの着ているシャツを左手でべろんとまくりあげ、右手でショートパンツを下にずらす。

 上は形の良い二つの南半球が、下はへそから十数センチほど下、ギリギリ肌色が続いているラインまでが露出させられる。


「にゃにゃ?! にゃにすんのよ!」

「かなり古いタイプの『呪印魔法』だね。刻んだ術者への忠誠心を徐々に刷り込んでいくタイプの呪印だ。それに術者の存在をプロテクトする機能も組み込まれている」


 ジリオラはただセクハラをしたかったわけではない。

 そのエメラルドブルーの瞳は、リンクスの丹田に刻まれた二本の黒い腕が描かれた不思議な文様を見つめていた。

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