第48話 ナヴィガトレア

「……どこにも行かないで」


 エルミアはピトっと吸い付くように、俺の左肩に体を寄せた。

 一段階深い魔力でつながった気配がする。

 以前から俺とエルミアと魔力のがいいことは分かっていた。

 魔力の相性がいいというのは、要するに同じ感情を共有出来ることと同義である。

 貴族的に言うなら、いい夫婦になれるということでもある。


「どこにも行かないよ」


 つい俺も、砂糖を吐くような甘いセリフを漏らしてしまう。

 俺がこれほど相性がいいと感じたステラ級女性は、今のところエルミアと母親くらいしかいない。

 ほかの貴族女性とタッチしてあっと心惹かれることがあっても、どこか遠慮が抜けず、クリーンなものなのだが、エルミアとの繋がりは圧倒的に濃い。

 貴族、特に主筋しゅうすじに当たる者は男女ともに、ナイーブというかセンシティブなので、婚約者を決めるまでも、決めてからも、この相性は非常に重要である。

 性行為が出来るかどうか、子供が出来るかどうかはこの相性によってほぼ決まると言っても過言ではないからだ。

 貴族子女の前で相性について云々と語るのは、タブー視されているので、基本的には当人以外でしか、あーだこーだと話し合うことはしない。

 もし迂闊に貴族子女の琴線に触れようものなら、俺がバルバトを言葉責めしたときのように、癇癪かんしゃくを起こされてもおかしくないのだ。


「……お兄様は、私のお兄様なのよ」

「ああ、俺はエルミアたんのお兄様だ」

「子供扱いしないで。それに、は禁止と言ったでしょう」

「……じゃあ、エルミア」

を付けてよ……」


 いつもの強気な姿勢はなく、抵抗が弱々しい。

 今は甘々モードなのだろう。


「欲しがりさんだな、エルミアは」


 こんな歯の浮くようなセリフは二人きりの時しか言えない。


「……もう、いじわるしないで」


 エルミアはぽかぽかと力なく俺の脚をはたいた。


 しばらく無言の時間が続く。

 俺とエルミアの仲であれば、そんな時間でも十分に成立する。

 満天の星空の下、花畑の真ん中、これほどに居心地のよい時間は人生においてそれほど多くはないだろう。


 ――星がこちらを見ているような気がした。


 天の河、と呼んで良いものかわからないが、空には雄大な銀河系の光の帯が広がっている。

 夜空を飾る天体は、地球のものとは幾分も違う。

 織姫ベガもなければ、彦星アルタイルも存在しない。

 オリオン座も無ければ、北斗七星もない。

 少しだけセンチな気分になるのは、俺がまだこの世界の星座たちを受け入れられていないからだろう。

 パチモンのような夏の大三角形は存在するが、オリジナルと違って夏も冬も変わらず同じ面子メンツであり、しかも正三角形。

 さらに言えば、いつも同じところに見えるのでどこか気味が悪い。

 人工衛星のように四六時中付きまとわれては、そりゃ見られている気分にでもなる。

 

「お星さま、きれいだわ」

「……だな」


 俺の無粋な感慨を他所よそに、エルミアが無垢な姫様のようなことを言う。

 左半身にエルミアの体温――そしてステラ級特有の膨大な魔力を感じる。

 エルミアが俺に寄り添うように、俺もまたエルミアの存在に支えられていた。


「お兄様、あの明るい星たちは何ていうの?」

常暁じょうぎょうの明星っていうんだ」

「ふーん、あれがそうなのね」


 エルミアも言葉自体は聞いたことがあるらしい。

 前世で言うところの金星、あけの明星みたいな感覚なのだろう。


「真っ昼間でも輝く星なんて、不思議だよな」

「どうして? 別に不思議じゃないわ」

「……それもそうか」


 この世界の人には、常暁じょうぎょうの明星のおかしさは伝わらない。

 俺達がいるこの星が自転しているなんて、この世界の人はわかってないからだろう。


「あ、光った」

「……そうか?」

「今、絶対に光ったわ。あの一際明るい星は何という名前なの?」


 俺は、体育座りをするエルミアの膝と胸との間に頭をうずめて、その指差す方角を見る。

 エルミアの言う『一際明るい星』はいくつかあるから、こうしないと特定できないのだ。


「ナヴィガトレア」


 その意味は、道標みちしるべらしい。

 旅人は夜の移動では、ナヴィガトレアを見て方角を知るそうだ。

 地球で言うところの北極星のようなものなのだろう。


「ナヴィガトレア……お兄様は物知りなのね」


 エルミアが俺の頭をよしよしと撫でながら言う。

 うむ、くるしうない。


「知り合いに詳しいやつがいて、そいつが色々教えてくれるんだ」

「へぇ……それって女の人?」


 エルミアの視線が細められる。

 いや、まずいね、どこに地雷が転がっているか分かったもんじゃない。


「……どうだったかな」

「知り合いの性別を忘れるなんて聞いたことがないわ」

「ああ、たしか女性だったな。うん、今まで全く気づかなかったが多分そう。もちろん城下で仕事を振ってるだけし、やましい関係とかではない」


 しどろもどろ。

 城下の友人に対しての失礼を心の中で詫びた。

 客観的に見れば浮気がバレた犬系彼氏のそれである。


「それなら、どうして誤魔化したの?」

「……誤魔化したわけじゃないんだ」

「でもあのメイドとは、いかがわしいことをしていたわ」

「……い"やぁそれは」

「いいのよ。私もいつまでも過ぎたことをグチグチ言うのは辞めるわ」

「そう、か」


 グチグチと言われなくなるか。

 それはそれでさみしいものがある。


「お兄様も男の子なのでしょうし……仕方ないのよね?」


 エルミアはそう言うと、俺を強い力で押し倒した。


「え、ちょ……なにしてん……の?」


 俺は床に大の字に寝転され――

 足の間にはエルミアの素足が挟まれ――

 両腕はエルミアの手で抑えつけられ――


 ――完全に極められてしまっていた

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