第10話 活注入せし老兵

 俺の魔力にてられた武官達のほとんどは、平衡感覚を失い呆然としていた。

 魔力が物体に作用して共振する現象を、実際に体験して驚いているのだろう。


 俺は自分で体験したわけじゃないが、黒板を爪でガリガリ削る音を、大音量で聞かせられているような気分らしい。

 やりすぎれば恐怖を植え付け、精神すら崩壊させてしまいかねない危険な力だ。


 もう少しに魔力を練ってあげれば、まるでピアノの演奏を聞きながらエステを受けているような心地よいリラクゼーション効果を与えることも出来るのだが、今武官たちをリラックスさせても仕方がないので、それはやらない。


「おお、おおお、さ、流石でございます、御名代様みなしろさま! これほどの魔力を隠しておられたとは! このゲトラード、感服いたしましたぞ!」


 この天幕の中で唯一ゲトラードだけは倒れることなく、膝をプルプルさせながら耐えていた。

 ちなみに皆が俺を呼ぶときの御名代様みなしろさまというのは、王族に対する二人称なのだそうだ。かつて王族だった頃の名残であり、いましめらしい。


「ゲトラード、あまり無理をするな。体に障るぞ」


 まぁ足腰を弱らせたのは俺なんだけどさ。


「何の、こんなものは武者震いでございます! えい」


 ゲトラードは掛け声とともに自身の大腿部だいたいぶを拳で叩くと、足の震えが止まった。


「……」

「この通り、老兵と侮ってもらっては困りますぞ」


 なんだそれは。

 武官たちは皆未だに立てないでいるのになぜ、えい、の一撃で治せる。

 ……やはり戦場では経験が物を言うのだろうか。


「そ、そうか、さすがはゲトラードだ。俺の魔力はこんなものだが、どうだろう、俺はバルバトに勝てるだろうか?」

「笑止ですな。このゲトラード、あれほどの魔力を見たのは、後にも先にも御名代様みなしろさまだけでございます」

 

 俺は少し引きつった表情でゲトラードに尋ねると、ゲトラードは笑いをこらえきれないかのように、口角を釣り上げながら答えた。


「そうか、ではいかがする?ゲトラードよ」


 俺は今度は余裕の笑みを浮かべてゲトラードに再度問う。

 ゲトラードさえ、乗ってくれれば後の武官たちもなんとかなる気がした。


「それは当然、我々の手であの憎きナイアの王子ゴミ共を叩き潰しましょうぞ!」


 俺はゲトラードの答えに満足して、うんむと鷹揚おうよううなずく。

 するとゲトラードは突然、老年にして性に目覚めた獣のように、うおおお! と声を張り上げた。

 想定外の行動をする人間とはくも恐ろしく映るものだろうか、俺はいつの間にか金貨を右手でこねくり回していた。


「貴様ら、何をモタモタしておる! 我らオルテノスの宿敵ナイアを前にこの体たらく、なんと情けない。立て、立つのだ貴様ら!」


 ゲトラードはそう一喝すると、武官の一人ひとりの尻をしばいていき、強引に武官たちを覚醒させていった。


「はっ……!うおおお! なんという力、これが御名代様の魔力!」

「おお、凄まじい……体が、全身の筋肉が喜んでいるようだ」

「俺は今、感動で打ち震えている! この感動を誰かに伝えたい!」


 はっ、と我に返った武官たちは次々に、喜色を表情に浮かべながら感極まった様子で突拍子もない事を叫び始めた。


 一瞬、俺は何事かと思ったが、これはあれだ、衛星サテラ級あるあるだ。

 衛星サテラ級の魔術師たちは、味方のステラ級の魔力を感じると、どうやら援護を受けたと感じて戦意が高揚するらしい。

 ステラ級を含む軍勢同士の戦いでは戦術としても用いられる。


 それにしても、俺が伝え聞いていたのは胸の内に闘志が宿る程度のことだったのだが、それよりずっと獣じみている気がするが気のせいだろうか。


「いくぞ、貴様ら! ナイアの王子クソ共を打ち滅ぼすぞぉおおお!」

「「おおおおお!」」

「……」


 ゲトラードが武官たちにげきをいれると、彼らはそれに呼応するように大声で反応した。

 それから何を考えたのか、ゲトラードたちは意気揚々と天幕を出て行ってしまった。

 天幕にぽつんと一人残されてしまった俺は呟く。


「……あれ、これで良かったんだっけ?」


 そういえば、父から武功を立てるなと言われていたのだったか……。

 でもバルバトをると決めたときから、士気を上げないといけなかったし、ゲトラードが頑張ってくれるならそれでいいか。


 ゲトラードたちは今も天幕の外で、作業をしていた兵たちに大声で活を入れていたが、俺は見なかったことにした。



 ◇◇◇◇



 いよいよ騎兵突撃の準備が整いそうという時に、天幕の外が何やら慌ただしくなった。何事かと思っていると、表情の薄い女武官が天幕に入ってくる。


「伝令です」

 

 この女武官は、表情が薄くて何を考えているのかいまいち分からん。

 しかし武官の中では紅一点なので俺は個人的に、明確に贔屓ひいきしていこうと思う。

 というかそもそも、うちの部隊は女性比率が低い。

 今日まで百人に一人くらいしか女性を見かけていないぞ、俺は。


「今度は一体何があったと言うんだ?」


 俺が表情の薄い女武官に慇懃いんぎんに問いかけると、深呼吸してから話し始める。


「ナイア軍二万のうち、ステラ級含む約半数が突然、"魔纏まてん"を行いながら北方方面への移動を開始しました。残り半数は、我々の進行を妨げるように居座っている模様です」


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