後編
そんなこんなで、イレースの拷問開始から3時間後。
俺は真っ赤な血の海、もとい畳の上に大の字に転がされていた。
そして、ノートPCに書いてきた俺の渾身の力作は――
10万文字からなんと、4万文字まで削られてしまった。
「あぁ……あぅう……
俺の、俺の命がけの力作が……魂をこめた一作が……」
「命をかけていると言えば何でも許されると思うなよ。
作品に魂をこめているのはいかなる書き手でも同じだ」
あまりにも冷酷に言い放ちながら、さらに読み進めていくイレース。
「ほれ。ここまで削除したおかげで、10万文字以内で完結できる見込みまで出てきたぞ。
感謝の言葉はどうした?」
「そ、そんな……本来は50万文字超の大作になるはず……が……っ!!
せっかく……せっかく、10万文字まで到達したって……のに……
これから……俺は、……どうやって、10万文字を……書けば……っ」
「やかましい。
貴様の呻き、その三点リーダーすら無駄だ」
「AGYA!」
天使のつま先が、思い切り俺の腹を踏みつける。
そして。
「この作品に命をかけているのだろう? 屑にも劣るその命を。
ならば出来るはずだ。今からコンテスト期間内に、10万文字で完結させる程度はな」
氷のような冷徹さをたたえた青い瞳で、俺を見下すイレース。
俺は最早何も言えず、血の海で這いつくばるしかなかった。
こ……こうなりゃ仕方ない。何としてもやってやるしかねぇ、見てろ。
それに、このクソ天使の言葉にはいちいち説得力がある。
何といっても俺の作品のうち、奇跡的にコンテストの一次選考を突破できたのは――
イレースの奴が今みたく、強引に削除削除また削除を繰り返した数作だけだからな。
**
そんなこんながあって、1か月後(コンテストエントリー期間終了1週間前)。
俺は何とか、件の作品を書き終えた。
10万文字を書き切った、ではない。10万文字を達成した上、見事完結させたのである。
50万文字以上書かなきゃ終わらないはずの作品を!
文字数は全部で15万文字ちょっと。あの
俺自身、自分がここまでやれるとは思わなかった。
――その夜、俺の目の前に再び
そして。
「こんな終盤で新たな女ボスなど要るか! 削除!!」
「ギャアア!!」
「この期に及んでまたまたヒロインが腑抜けになって洗脳か! いい加減にせんか、削除!!」
「NOWAAAAAA!!」
「やれる仕事もないのにわらわらついてくる名有り能無しモブどもの話もいらん! サクジョサクジョ!!」
「いや、そこは普通の一般人も勇者を理解し協力するようになったって話が必要で……
HYAGYAAAAAAAA!!?」
「なら、名有り一般人キャラは多くても2~3人が限度だ! 役立たずの名有りキャラ10人も要らん! 当然、名有りモブ女子同士の放課後ティータイムエピソードなんぞも全部削除だぁあああぁっ!!」
「NYAAAAAAA!!?」
1か月前と同様、血の海にバッタリ倒れ伏した俺。
しかし、文字数はまだギリギリ10万文字ちょっと超えぐらいを保っている。
やった……何とかこれで、エントリーは出来るはず。
「とはいえ……
屑は屑でも、視界に入れられなくもない程度の屑にはなったではないか」
まさかの、ほんのわずかなデレが見えなくもない台詞。
しかしイレースはそう口にしつつも、相応の憤怒がこめられた視線を俺に刺してきた。
「ギヌロ」とでも擬音が出そうな睨みで。
「ただ……このクライマックスは不可解すぎるぞ。
一体何故!
主人公の鎧がセーラー服になっている!?」
「仕方ないだろ! だってそれが最強の鎧って設定だし!」
「最強の鎧なら!
何故それが、魔王の手下Aの攻撃如きでスカートが破れてパ◎ツ一枚になる!?」
「いいじゃないか、スカート以外は無事なんだから!
パ◎ツ一枚で戦うのがクライマックスの醍醐味だろうが!」
ここだけは外せない。俺の意地にかけても、このこだわりだけは!!
「それに、その後の展開は何だ!?
主人公が一方的に魔王に囚われ逆さ吊りにされ、半裸になるまでムチ打たれた挙句泥沼に落とされる場面が必要か!?
しかもヒロインはそんなボロボロの主人公を目にしても洗脳が解けず無反応。いい加減何とかしろ、この無能ヒロインを!」
「いや、このシチュエーションだからイイんじゃないか!
主人公が一方的に傷つけられ、ヒロインも洗脳されなすすべがない。それが……!」
「それに、ボロボロになった主人公の描写が無駄に丹念すぎるだろう!
引き裂かれた下着の中まで入りこんだ触手だの、ずぶ濡れになって透けた布ごしに見える胸だの、泥に浸かって真っ黒に汚されたリボンだの、引き裂かれた袖から露わになる白い肩だの、髪や頬にぶちまけられた大量の粘液だの!!
こんな不快な描写は、絶対に……!!」
そう言いながら、俺のノートPCに手を翳すイレース。
俺はごぶりと血を吐きながら、ヤツを睨みつける。
畜生、そうはさせるか。そこだけは……そこだけは、絶対に!!
――その時、奇跡が起こった。
「な、何……?
削除が、出来ない……だと?」
ここにきて、明らかに戸惑いの表情を見せるイレース。
そう。これまで彼女によってあまりにも簡単に消されてきた俺の文章が、最後の最後で頑なに消えなくなった!
何が何だかよく分からんが、俺はとにかく遮二無二魂をこめ、PC画面を睨みつける。
絶対にさせるか。これは、この描写だけは!
「消させるものか。消させてたまるか!
そこは最終章最大のクライマックス。
主人公が自らの無力を実感し、孤独と屈辱にうち震える。そして――真の勇者として覚醒するんだ!
心も身体も、限界まで主人公を追い込んでこそ、最後の覚醒が輝くんだよ!!」
そんな俺の言葉と共に――
PC画面が、ぱあっと金色に輝き始める。イレースの手を弾くほどに。
「ぐっ……!?」
「他をどれほど削除されても、これだけは譲れない。
これが俺の、魂のエンディングだ!!!」
「何を阿呆なことを……
貴様の性癖を存分にあけっぴろげにしただけではないか!
そんなものを作品とは呼ばぬ! ただの――」
「オ×ニーとでも言いたいか!?
言うならば言え! 性癖を大開陳して、それが世間にも認められるなら、それで万事OKだろうが!!」
「そんなものが認められるはずがない!
少なくとも、私は
……っ!!」
**
1時間後――
深々とため息をつくイレース。
「……なるほどな。
貴様の腐りきった性癖は、我が天使の力ですら無効というわけか」
勝った。遂に俺は勝った、この
魂の力の勝利だ。俺の意思は神の力さえ跳ねのけ、クライマックスを守り切ったのだ!!
「そこまでこの凌辱描写に執着するというなら、仕方がない。
ならば――」
イレースはキッと顔を上げると、真っすぐに俺を睨みつけた。
「こだわるならば、いっそ徹底的にやれ。
どれほど糞な描写でも、こだわりを貫けばそれなりにまともになることもあろう」
「じゃあ……認めてくれるのか!
この結末を。このエンディングを!
ボロボロ女勇者が真に覚醒し、ヒロインとの愛を取り戻すその結末を! 俺の作品を!!」
「ば、バカ者!
認めたのはこのラストバトルだけだ。決して他の描写を認めたわけではないからな!」
そう怒鳴りながら俺の手を振りほどくと、ぷいっと視線を逸らすイレース。
雪のように白いその頬が、何故かちょっと赤らんだ……ような?
「まぁ……
お前のそういうおかしなこだわりは、決して悪くはないと思っている。
方向性さえ間違えなければ、だが」
そんな彼女の言葉に、俺の身体の奥底から一気に力が溢れ出る。
今なら何百万文字でも書けそうだ!
「ようし……イレースがそこまで太鼓判押してくれるなら、百人力だ!
こだわりにこだわってみせるぜ、お前に認められたんだからな!」
「……結果がどうなろうと、私は知らんがな」
**
そしてコンテスト期間終了ギリギリになって、俺の一大傑作はようやくエントリーを果たした。
するとあれよあれよという間に読者ポイントを集め、遂に夢の総合ランキング入りまで!
コメント欄も毎日のように、喝采で溢れかえった。
「ラストバトルの勇者ちゃんがエロすぎる!」に始まり
「うっ……ふぅ……」「勇者ちゃんカワイイ、触手になりたい」「ここまで描写してくれてありがとう! 作者こそ勇者だ!」「パ×ツが片側破られた描写あったけど、その後の戦いでずり落ちなかったかが気になります」「亀甲縛りされてムチ打たれまくる瞬間の勇者ちゃんたまんねぇ~」「泥水吸いまくった勇者ちゃんのセーラー服啜りたい」「破られた袖から手突っ込んで揉みたい」「襟元引きちぎられた瞬間の悲鳴最高!」
……うん、まぁ、そういうアレなコメントばかりだが、これはこれでヨシとしよう。
さすが、俺の女勇者なだけはある。何といってもあのイレースをモデルに生み出した逸材だからな。勿論本人には絶対秘密だが!
そんなわけで当然の如く、俺の作品は常にランキング上位となり。
一次選考突破なるかと思われたが――
ある日、コンテスト運営からメールが舞い込んだ。
運営からの公式レビューか? もしくは一次をすっ飛ばしてまさかの受賞連絡か!?
と息巻いた俺。ウキウキしながら内容を確認すると――
『こちらはweb小説サイト『カケヨメ』運営チームです。
貴方がこのたび投稿された作品「女勇者に転生したJK、食欲魔人な聖女と百合百合なバカップルを目指す!」に関して、ガイドラインに抵触する不適切な表現がありました為ご連絡いたします。
このような表現は読者に不快感を与える可能性があるため、作品の修正または削除をお願いいたします。
修正が行われない場合、アカウントの一時停止や作品の削除などの措置を取らせていただくことがありますので、あらかじめご了承ください』
……当然俺は、男泣きに泣きながら該当部分の削除及び修正を余儀なくされた。
その間、イレースのくすくす笑いが耳元でずっと響いていたのは言うまでもない。
――だから言っただろう?
結果がどうなろうと、私は知らんと。
Fin
削除天使イレースちゃん~長編小説を書くと、俺の背後にはドS美少女天使が湧いて出る~ kayako @kayako001
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
同じコレクションの次の小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます