剣が勇者を待ち続けていたかのようで

それからの道中は順調に進んでいった。

緊張感がなさ過ぎるくらいである。

だがリクトは暫く後ろを見張ると言って後方で立っていた。


乗ったばかりの頃は、国王陛下との言葉で少なくとも一歩引いている感があった。

だが一緒に盗賊を討伐し、困難を乗り越えたことで親近感が芽生えたのか全てが吹き飛んでいた。


ライリは王都で司教に言われたことを自慢げに話す。

神託により、魔王を討伐するよう神が定めた者であると。

聞いている使用人が流石は勇者様だと囃し立てていた。


出発は何もなかったがそれは国王の気遣いであり、帰還の暁には何でも褒美を与えるとの言伝があったことも。

更に騒ぎ立てる使用人に、そこまで話しても大丈夫なのかと危惧したのか商人は疑問顔となっていた。


気分の良くなったライリは支度金として大量の金貨や白金貨を貰ったことも話していた。


「ヴィゴール。このまま進んでいて良いのか? ……聞こえていないのか?」


リクトはライリを放置してヴィゴールに語りかける。

だがヴィゴールからは何の念話も返ってこない。

必要な位置となる分岐点で、本当に指示がくるのかも疑問であった。


「そして今は、もう一つの神託にあった勇者専用の武器である神剣・マゼッソウを手に入れるために、剣が眠るとされる洞窟に向かっているってわけよ!」


「おお! それは凄い!」

「神託にあった武器、――神剣かぁ!」

「えっ? 神が鍛え、世界を救う剣なのか?」

「っぱねえぇぇぇ!」


世の中には知らない方が良いことも沢山ある。

流石にこれ以上は止めた方が良いかと、商人は口を挟んだ。


「ライリ様。国王陛下との内密の話しもそうですが、そのような特別な剣の存在や支度金などは、話さない方が宜しいかと思いますよ」


「何でだ? ……もしかして、奪うつもりなのか? お前等は盗賊なのか?」


商人はライリを思って言ったつもりだった。

だがライリが殺気立つ。

その姿に全員が息を飲んだ。

盗賊が討伐されていく姿が、目の前に広がった盗賊の成れの果てが、脳裏に浮かんでしまったのだ。


「やめろ、ライリ! お前は何をやっているんだ?」


「ちっ!」


リクトが振り返っての言葉に、ライリは舌打ちをしてそっぽを向く。

一瞬で馬車内の空気が悪くなった。


『リクトよ。この先に左側に曲がる箇所がある。そこで降りて、Y字のように右側に行け。少し進んだ先は岩壁になっているが、少し崩れた箇所があるので広げて中へと入れ。最奥に“神剣・魔王を絶対に葬るんじゃ“がある』


リクトは大きく息を吐くと、前に出て馬車の往くその先を見据える。

道を塞ぐように木々が乱立しており、そこが曲がる場所なのだと思えた。


「僕たちはここで降りますね。ライリ、行くぞ!」


「はあぁぁあ? 俺には洞窟なんて分かんねえぞ。導いてくれるんじゃなかったのかよ?」


「勇者が洞窟の前に着けば、中に迎え入れて剣まで導いてくれるって意味だ。分かりづらく発見されていない洞窟だって言ってただろう。それまでは隠れていた盗賊を倒したときのように、俺の経験と感覚がものを言うんだ」


もちろん嘘である。

発見されていないとされるが、急遽ヴィゴールが作った洞窟だと思われる。

それに念話はリクトにしか聞こえない。

それを何のつもりか勇者を導くなどと不可能なことを神託で伝えたのだから、強引に押し通すしかないのだ。


「そう――だっけか?」


「国王陛下からの言伝もそうだっただろう?」


ウィル司教からの話で内密に気付かなかったのに、なぜもう片方の話しだけが間違っていないと思えるのかと暗に仄めかす。


分からなくなったライリは難しい顔をして首を捻る。

だが背嚢を背負ったリクトに襟首を捕まえられると一緒に馬車から降ろされた。


リクトは丁寧に挨拶をする。

だが皆が怯えてしまったせいか、ぎこちない別れとなった。


少しの間は馬車の後方を歩いていた。

だが曲がり角に差し掛かると街道から外れて茂みにと踏み入る。

それまで進んでいた街道を軸として、先の街道と線対称となるように斜めに進んでいった。


「リクト? 本当にこの先にあるのかよ?」


ライリが不満を言う。

リクトは何に対してなのか分からないが、気持ち的には既にどうでも良くなりつつあった。

神から言われ、魔王を討伐させて元の世界に戻ることだけが、パーティーを解散していない理由となっていたのだ。


「……信じなければ見つからないぞ?」


リクトはライリを見ずにどんどんと先に進んでいく。

ライリは「待ってくれよ」と言いながら慌てて追い掛けていった。


ライリがいる手前ヴィゴールには話し掛けられない。

だが言われた通りの方向で、もし修正が必要なら念話がくるだろうと気にしないことにした。


暫くして開けた場所に出ると前方が岩壁に阻まれていた。

崖の下側であり上はかなり距離がある。

聞いていた通りであった。


「おい! 行き止まりじゃねえかよ。間違ってんじゃねえか? 何が経験と感覚がものを言うだよ!」


「……ライリは、パーティーの仲間を信じられないのか?」


互いを信じ切るのがパーティーである。

そうでなければ背中を預けられず、魔人や魔王の討伐など夢のまた夢となる。

普段はおちゃらけても良い。

冗談や揶揄ったって良い。

だが重要な場面で、信頼を損なう態度を取るのだけは頂けなかった。


睥睨するリクトの気迫にライリは息を呑む。

縮こまって何も言えないライリを横目に、リクトは岩壁を調べていく。

叱られた子供がそれでも親に縋るように、ライリも続いていった。


少し離れた位置から『ゴトッ』と音がした。

ヴィゴールが言っていた場所かと近付いていく。


すると日の光に照らされて明るい岩壁に一箇所、闇のように暗くなっている場所があった。

先が空洞になっており、一部の岩が崩れた音だったのだ。


更に周囲の岩を崩していく。

人が入れる大きさになると、空洞が奥深くまで続いているのが分かった。

天井には穴でも空いているのか所々で光りが入ってきており、薄暗いが先まで見えていたのだ。


ライリが息を呑み大きく目を見開く。

そんな気はないのか圧倒されているのか、先ほどの言葉に対しての何らかの言動などはなかった。

あるいは自分が来たことで洞窟が口を開いたのかと感動しているのかもしれない。


暫く待っていたリクトだったが、大きく息を吐き出すと中へと入ることにした。


「この奥にある。行くぞ」


「あっ、ああ……」


彫像のように固まっていたライリだったが、リクトが入るとその後ろにと付いてきたのだった。



中は人が立って、二人が横に並んで歩けるほどに大きかった。


無言で歩く。やけに大きな洞窟であった。


リクトが召喚され物資を背嚢で貰った経緯もあることから、ヴィゴールが間接的に世界に干渉してマゼッソウのために作った洞窟だろうと思っていた。

だがこれだけ広いなら天然の洞窟の可能性もあった。

すると何かが住み着いていてもおかしくはないことになる。


何かが奥で動くのが見えた。

右から左に、左から右に。

上下にも動いていた。


「リクト! 奥に何かいるぞ?」


ライリも気が付いたようだった。

だが何かまでは分からないようである。

しかしリクトには分かっていた。

あのような動きや環境を考えると、前の異世界でも遭遇したことを思い出す。


「これから段々と臭くなっていくぞ。あれは蝙蝠だ。……たぶん下は、糞で一杯だろうな」


「うえぇぇぇぇ? 嫌だなぁぁ」


「それと、吸血蝙蝠だった場合は、襲われる」


「それも嫌だなぁぁ。――なぁ、射程に入ったら、魔術をぶっ放して良いか?」


リクトは驚きでライリを見た。

三番目の魔術が使えるようになったと、いきなり発現させるという暴挙をしでかした男の言葉とは思えなかった。

少しは成長しているのかと思い直した。


「あの突風を発生させる魔術か?」


「そうそれ! 全部まとめて吹き飛ばす」


初めて使えるようになった魔術だからか威力が高かったからなのか嬉しそうな顔をする。

だが進行方向に吹き飛ばしても襲われなくなるだけで同じである。

寧ろ匂いが奥にまで送られることになってしまうのだ。


「――近くまで行って、状況を見てからだな」


「ああ、分かった」


やけに素直になっていた。

前にどうでも良いと思っていたが、リクトも感情を制御できていないのかと、反省しなければならないと思うのだった。


ゆっくりと慎重に近付いていく。

鳴き声なのか、キーキーと耳障りな音が聞こえてくる。

壁が途切れ、奥にある壁が遠くに見えてきた。

リクトは素早く中を確認する。


広間のように開けた空間になっていた。

天井は高く、中央あたりに複雑な亀裂が入って明かりが漏れているようだった。


「ライリ。上部の中央に亀裂が入っているだろう。たぶん直ぐ外だ」


「ああ、俺もそう思う」


一緒に覗いていたライリに確認をとる。

考えは同じだった。


「風の三番目の魔術で、そこを吹き飛ばせるか?」


「うぅぅぅんん。広範囲は無理だけど、あそこら一帯だけなら可能だな」


「それで良い。蝙蝠は逃げ出すだろうし、残ったのがいたとしても、パニックになっているだろうから対処も難しくない」


「分かった。やるぞ!」


リクトが首肯するとライリが呪文を唱える。

直ぐに突風が放たれた。


天井にぶつかると轟音が発生した。

亀裂を大きくさせ岩が岩へと衝突する音。

砕けて落下する音。

蝙蝠の騒ぎまくる鳴き声などが合わさった、世界が崩壊するような音だった。


リクトとライリは魔術を発現させた後、来た方向に戻って静観していた。

煙が立ち込めて漂ってくる。

ライリは再び魔術を発現させた。


「“丸く渦巻く風の力”」


風属性の一番目の魔術である、風の渦を掌の上に発生させる。

そして投擲のように投げた。


粉塵を巻き込み押し返す。

漂ってくる埃と拮抗して、そのうち消え去った。


視界が利かないくらいに濛濛としていた先がだんだんと開けてくる。

リクトは袖の中央部分で鼻や口を押さえると行動を促した。


「水で埃を落としても良いけど滑りやすくなるから、このまま行くぞ」


「分かった」


ライリもリクトと同様に押さえた。


慎重に素早く移動する。

広間では入ってきた日の光が塵に反射してキラキラと光っていた。

蝙蝠もいない。

下では瓦礫が一面に散乱していて糞を踏まなくてすみそうだった。


滑らないように重心に注意しながら飛び移っていく。

行く先は丁度反対側であった。

ライリもリクトが通った後をなぞるように付いていった。


反対側に着くと再び通路のようになる。

一本道なので誰が先に進んでも同じなのだが、ライリは勇者が導くとの言葉を、綺麗さっぱりと忘れているようだった。


他に比べて開口部が大きいのか、一際明るくなっている場所が存在している。

そこには洞窟に似付かわしくないほどの草が繁茂し花が咲き誇っていた。


リクトは近付くと触らずに眺める。

前にヴィゴールに聞いた魔力を多く含むという黒い不気味な花だった。


粘液でべたつく毛がある葉は触らないよう花びらだけを摘まみ取る。

暫く見ていた後、何枚も何枚も千切り取った。


「……なあ、それ何かに使うのか?」


リクトは魔力を吸収していた。

触って自分に魔力が流れてくるイメージをすると吸収できるのだ。


だがライリには花を千切って見詰めているだけにしか見えない。

魔力を吸収する概念はないので、何をしていたのか分からないのだ。


「……薬の原料になるかと思って、見ていただけだ」


リクトは花びらを捨てると先を促して歩き出した。

何枚からも魔力を吸収したはずなのに、何の変化も感じられなかったのだ。

ライリも特に興味はないのか、「ふぅぅぅん」とだけ答えると後にと続いた。


更に進んでいくと奥から明るさが零れてきた。

洞窟の最奥にマゼッソウがあるはずだが、外に出るのだろうかと疑問に思う。

魔人にでも見られたら持って行かれそうだった。


だが洞窟はともかく、剣はヴィゴールが用意するだろうし、タイミングでも合わせて設置するのかと思い直す。


ライリの目は期待で輝いていた。

自分専用の神剣。

もう直ぐ神が鍛えた最強の剣が、自分のものになるのかと意識し始めていたようだ。


歩いていると徐々に目に入ってくるのは、薄らいだ光の中に見えてくる自然の景色だった。

草木の緑色や茶色に、花々の赤や青に黄色だった。

その中心に、光に照らされて輝く棒のようなものもあった。


だが近付くにつれてそれが剣だと分かる。

大地に突き刺さり、長い眠りに付いていたような風情であった。


ライリが堪らずに走り出した。

だが通路を抜けると直ぐに止まった。


リクトの歩みは変わらず、お預けを食らっている犬のようなライリの横に並ぶと理由が分かる。

結構な大きさの池となっていたのだ。


剣のある場所は小高くなった陸地であり、中心に大岩が埋まっているのか剣が突き刺さっている。

周囲は崖のように囲まれて所々が蔦のようなもので生い茂っているが、楽園のように穏やかで柔らかい日の光が降り注ぐ。

まるで神聖な空間にて、剣が勇者を待ち続けていたかのようであった。


中の小島までは結構な距離がある。

水深も底は見えるが結構な深さがありそうだった。


「ライリ。周囲から土を集めて、道を作れないか?」


早く手にしたいけど渡れない。

キョロキョロと挙動不審で落ち着きのなかったライリに土属性で出来ないかと提案する。

すると思い出したのか顔を輝かせた。


「俺ばっかだな? でもリクトは土属性を使えねえし、仕方ねえか」


ライリが呟くように言うが、何かを言われる前にと直ぐに地面に手を付き魔術を発現させた。


「“意思を持つ土の力”」


岸辺が後退しながら一箇所だけが突き出すように伸びていく。

更には池の底も、堤防のように盛り上がってきた。


泥のような橋によって小島まで繋がると、ライリが再び呪文を唱える。


「“堅固に結びつく土の力”」


一歩進むごとに沈んでいきそうな、とてもではないが渡れそうにもなかった橋である。

だがそこから水分が抜けていき硬く引き締まっていく。

土属性の二番目の魔術であった。


「これで良いか?」


ライリが目を細めて溜め息を付きそうな勢いで尋ねる。

だがリクトだけならジャンプして渡ることが出来た。

パーティーなのだから適材適所であり、勇者を鍛えるためでもあったのだ。


「……そうだな」


リクトは簡単に答えると手を向けて渡るようにと促す。

ライリは無言で小島へと渡っていった。

リクトも後に続いた。


小島に着くとライリは草花を踏み散らしながら走り出した。

背丈ほどの段差となっている大岩を攀じ登る。

剣が埋まっている状態を見て取ると、足を広げて腰を落とし両手で柄を握った。


リクトはその様子を見ていた。

ライリが力を込めると、最初は微動だにしなかった剣が直ぐに動きだし、鞘から引き抜くようにと抜けた。

鞘は近くの窪みにあった。


ライリは破顔する。

そして剣を天に掲げると、「世界で無二の、俺様の神剣だぁぁぁぁ!」と叫ぶのだった。

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