聖女の帰還

櫻井彰斗(菱沼あゆ・あゆみん)

魔王を倒したその後に――


「聖女様~っ」


 我が身を犠牲にして、聖女、アレクサンドラは強大なる悪を倒した。


 最早、起き上がる気力すらないアレクサンドラに、みな、泣いてすがる。


 幼い身でありながら、魔王との最後の戦いについてきていた弟の髪をアレクサンドラはそっと撫でた。


「立派に国を治めるのですよ」


 アレクサンドラは第一王女だった。

 いずれ女王になる予定だったが、それはもう叶わない。


 だが、アレクサンドラは安心していた。


 自分亡きあとは、この幼いが賢い弟が跡継ぎとなり、いずれ立派に国を治めてくれるだろうと。


「聖女よ……」


 アレクサンドラといつも敵対していた若き将軍、ジュード。


 彼は初めて聖女、アレクサンドラの前に膝をついた。


 国を守るのは、軍事力がすべて。


 神のチカラなど必要ないと言い続けた美しき英雄は、アレクサンドラに祈りを捧げるように手を合わせた。


「……強く生きるのですよ」


 アレクサンドラは自分より少し年上のその男の頭を震える手で撫でてやった。

 弟にしたように。


 ジュードが涙を落としたように見えた。


 最後に見るのがあなたの顔だとか――。


 アレクサンドラは少し微笑み、目を閉じた。


「さよなら、みんな。

 幸せに――。


 できたら、国に帰りたかったけど。

 私の身体はこの地に葬って。


 魔王が二度と蘇らぬように、私の身体と魂で押さえ込むから」


「聖女ーっ」

「聖女様ーっ」

と自分を呼ぶ声が遠くなるのを聞きながら、アレクサンドラはやり遂げた充足感に満たされていた。




 ――というのが、一ヶ月前のことだ。


「おねえさま、おねえさま。

 次の授業はおねえさまに担当して欲しいです」


 アレクサンドラが王宮の回廊を歩いていると、愛くるしい瞳の弟がまとわりついてくる。


 涼やかな風が手入れの行き届いた庭園から吹きつけていた。


「あらあら。

 ちゃんと帝王学の先生がいらっしゃるのだから、先生に習って」


 そう言いながらアレクサンドラが歩いていると、庭にいる宰相と目を合った。


 老獪な宰相が照れたように視線を落とす。


 ――そうですね。

 私もちょっと気まずいです、

とアレクサンドラは思っていた。


 あれだけ盛り上がったのに、アレクサンドラは死ななかった。


 あのまま、あの地で朽ちて葬られるはずだったのに。


 結局、聖女のチカラを失っただけだった。


 そして、王宮に戻ってきてしまったのだが。


 うっかり元気になってしまった自分に居場所はないように、アレクサンドラには感じられていた。


 みんな、号泣して別れを惜しんでくれ。


 普段は口にしない感謝の言葉も述べてくれた。


 ……嬉しかったのだが。


 こうして戻ってきてしまうと、ちょっと気まずい。


 みんな照れてアレクサンドラと視線を合わさないのだ。


 しかも、アレクサンドラと結婚する予定だった公爵家の子息との婚約は早々に破棄されており。


 彼にはもう他のお相手が決まってしまっているようだった。


 回廊の向こうから、その許嫁がやってきた。


 もはや、王女の許嫁ではない彼は、脇へ避け、アレクサンドラに頭を下げる。


 その顔は非常に申し訳なさそうで、アレクサンドラまで申し訳なくなってきた。


 もう、これは王宮を出るしかない!


 アレクサンドラは、旅に出て、何処か良い地を探し、そこで隠遁生活を送ることにした。




 みんなにバレたら止められそうだなと思ったアレクサンドラは、早朝、そっと旅立とうとした。


 すると、馬を引いたジュードが現れる。


「将軍」


「何処に行く気だ、アレクサンドラ。

 この国を捨てるのか」


 アレクサンドラはちょっと笑い、

「ここで私にできることなど、もうなにもありませんよ」

と言った。


「それに、私がこのままここにいたら、みんな気まずげなので、旅に出ようかと」


 ジュードはおおげさに溜息をついてみせる。


「ほんとうにお前は考えなしだ」


 だが、そのあと、いつもなら続く罵りの言葉が出てこなかった。


 俯いて赤くなっている。


「それです」


 いや、どれですっ? とジュードは顔を上げた。


「みな、あの盛り上がったときの言動を思い出して、照れてしまうらしく。

 会議のときも、思うように発言してくれないんです。


 あなたもいつもみたいに噛み付いてこなかったじゃないですか」


 アレクサンドラがそう言うと、いや、それは……とジュードはちょっと困ったように眉をひそめた。


 では、と少ない荷物のつまった鞄を手に行こうとしたアレクサンドラの腕をジュードは、ぐっとつかんだが、すぐに離した。


「俺も行こう」

「はっ?」


「お前と同じだ。

 魔王亡き今、ここに俺の仕事はない」


 いや、人間が攻めてくることもあると思うけど……と思いながらもアレクサンドラは言った。


「でもまあ、あなたもここにいても腕がなまるかもしれませんね。


 隣国が貿易に力を入れて、強大になりつつあるようです。

 とりあえず、それを見学に行きましょうか」


 わかった、とジュードは頷いた。


「そして、何処かに眠るなにか悪いモノを呼び覚まそう」


 ……いや、何故ですか。

 ようやく平和になったというのに。


「そうしたら、お前はまたチカラを取り戻し、みなにかしずかれる聖女となるはずだ。

 そのとき、また国に帰ろう」


「いや……、別に私はかしずかれなくていいんですが」


 っていうか、悪だけ蘇って、チカラが戻らなかったら、どうするんですか、

と思うアレクサンドラを抱き上げ、将軍はそっと自分の馬に乗せる。


 自分も馬に乗ると、間近にアレクサンドラを見つめて言った。


「私の前に立ちはだかり、燦然と輝いていないお前などお前ではないからな」


 はあ……。

 そもそも私はあなたと同じ陣営の人間なので、立ちはだかってはいませんけどね。


 そう思いながらも、アレクサンドラは言った。


「じゃあ――

 とりあえず、出かけますか。


 このままここいたら、見つかりますしね」


 二人はゆっくり馬に揺られ、出て行った。


 その姿を塔の上から微笑み、弟と宰相が見送っていた。


 魔王の消えたこの世界で、ふたたび、強大な悪を揺り起こすことは難しく。


 二人はいつまでも幸せな旅をつづけたそうだ――。




              『聖女の帰還』完







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聖女の帰還 櫻井彰斗(菱沼あゆ・あゆみん) @akito1

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