EP006
そのソフトボールぐらいの球体は、本物のソフトボールのようなオフホワイト色をしていた。
一見すると段ボール箱から転げ出た物はソフトボールにしか見えない。
しかし、ソフトボールと全く違うのは、継ぎ目ひとつない真球だということだった。
その上、時おり、球体の表面のあちこちが光るのだ。
それも様々な色の光で、様々な模様になって。
その光景に目が奪われてしまう…。
「ユーザー…?登録…?」
目が釘付け状態の私はさっきソフトボールが発した言葉を無意識に反芻してしまう。
その私の声に反応して、ソフトボールのあちこちが光る。
「ユーザー、音声登録、完了。氏名、アルファベット。」
私はソフトボールに言われるがまま素直に返答する。
「J・i・r・o…。T・a・k・a・h・a・s・h・i…。」
何故か私は欧米式に名を伝えてしまう。
「ファーストネーム、Jiro…。ファミリーネーム、Takahashi…。」
「はい。」
「Jiro Takahashi 生年月日、〇〇〇〇年〇〇月〇〇日。」
「はい。えっ!!」
一瞬、反射的に驚いた。
『なぜ?私の生年月日を…。』
しかし少し考えてみると、このソフトボールがAIデバイスならビッグデータにアクセスして私のデータを抽出することはいとも簡単なことだ。
「Jiro Takahashi 現住所、✕✕県✕✕市✕✕町…。」
「うん。」
これも同じことだ。
GPSにアクセスしてソフトボールの現在位置を割り出しただけのこと。
ただ、なぜ私がこんな風にソフトボールの動作を推測できたのかが、私自身には一切分からなかった。
「手、接触。」
ソフトボールから新たな指示がある。
私は言われた通りに躊躇うことなくソフトボールに近づき右手で触れた。
その瞬間、ほんの一瞬、電気が流れたような、草で手のひらを切ったような感覚があり、右手を引きそうになった。
「右手、指紋認証登録、成功…。静脈認証登録、成功…。左手…。」
さっき、ビリビリと電気が流れたような、サクッとイネ科の葉で皮膚を切ったような感覚があったので今度は恐る恐る左手をソフトボールに置いた。
しかし、今回は電気が流れるようなことも、皮膚が切れるような感覚もなかった。
「左手、指紋認証登録、成功…。静脈認証登録、成功…。」
ソフトボールはそう言うと、球体の表面のあちこちを光らせながらしばらく静かになった。
「登録完了…。」
静かな部屋に不意に人工音声が発せられた。
私の呆けていた意識が戻る。
「顔、接近。」
やはりおとなしく言われた通りにする。
顔を近づけると、ソフトボールは眩しいほどのフラッシュライトを一瞬つけた。
「顔認証登録、成功…。顔、一層接近。」
ソフトボールの間近まで顔を近づけた。
「裸眼。」
私は眼鏡を外した。
とにかく、言われるがままに行動する。
「光彩認証登録、成功…。網膜認証登録、成功…。横顔。」
ユーザー登録に必要な指示だと信じ、横を向く。
「右、耳紋認証登録、成功…。反対。」
おとなしく指示に従う。
「左、耳紋認証登録、成功…。」
ソフトボールはそう言うとまた静かになった。
ただ、表面はひっきりなしに光っている。
ピッピッピッピッピッピッピッピッ…。
ソフトボールは音を出し始めた。
『壊れたのか…?』
『不良品だったのか…?』
『だから、捨てられた…。』などと考えていると…。
「デブ権限確認。オーナー登録、完了。」
また、思わぬ時にソフトボールが音声を発した。
『ん? デブ権限…?オーナー登録…?』
「ユーザー設定。履行、不履行?」
また、不意に喋り出す。
「ユーザー設定…。何ができる…?」
「カメラ設定、マイク設定、センサー設定、音声設定、パソコン・スマホ連携リンク、IOTデバイス接続、スマートホームデバイス接続、…。」
この後、私は、夕食を摂ることも忘れ、夜遅くまで淡いクリーム色のソフトボールと片言の会話をしながらユーザー設定の変更を行ってしまっていた。
≪続く≫
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