File.33「意識・抵抗」

 桔梗先輩との訓練を終え、俺は帰宅してすぐにソファに伏せていた。

 

 「あぁ……今日はどっと疲れたな……」


 「にぃに、キョドっててキモかったよ。他人のフリするので大変だったんだから」


 「キモい言うな!お兄ちゃんはな、頑張ったんだぞっ!」


 「そーですかそーですか、会員番号346番さんっ」


 「グサッ!!」


 すずの冷徹な精神攻撃が俺の心臓にクリーンヒットする。


 やっぱりこの妹様、親父の元を離れてからより一層攻撃力が増していないか……?


 「もーっ、項垂うなだれてないで早くご飯食べてよ。冷めちゃうじゃん」


 「へーい……」


 俺は肩を落としながらすずの向かい側に腰掛けた。 


 「はぁ……桔梗先輩も何か冷たい目で見てきたしなぁ……」


 「……え?」


 

 パリンッ!!



 唖然とした表情のすずは、手に持っていたコップを床に落としてしまった。


 「うおっ!すず、大丈夫か?いま掃除機を――」


 「――んで」


 「ん?」


 「何でにぃにがレエナ先輩と知り合いなの!!どういうこと!!意味わかんないっ!!」


 すずは割れたコップを気にも留めず、食卓をバンッと叩くと今までに聞いたことが無い声量で俺に謎の怒りをぶつけてきた。


 「うおっ!なんだよいきなり」


 「知り合いなら早く言ってよ!連絡先、知ってるでしょ?教えて教えてっ!」


 「いや、知らんな」


 そもそも、あの人とは訓練以外での接点が一切無いからな。知っていたところですずに教える義理も無いわけだが。


 「……無能にぃに」


 「……悪かったな」


 「でも、なんでにぃにがレエナ先輩と知り合いなの?」


 「えっと、それは”斯々然々かくかくしかじか”で……」



 俺はここ2週間の出来事をすずに説明した。


 

 「――にぃに、超絶ラッキーボーイじゃん。羨ましすぎて頭おかしくなりそう!」


 「もう手遅れじゃねぇか……?」


 「……どういう意味」


 すずはジト目で俺を睨みつける。まるで親父が憑依しているかのような威圧感だ。


 これ以上桔梗先輩に関する話をすると人間として扱われなくなりそう(既に兄としての尊厳はほぼ失われているが)なので、俺は露骨に話題を逸らすことにした。


 「そっ、そんなことよりさ!最近学校はどうだ?ほら、勉強とか部活とか……」


 「うーん、勉強はとりあえず何とかなってるけど……」


 「おーっ!流石自慢の妹様だぜっ!兄として鼻がたか――」


 「にぃに、その白々しい反応やめて。ウザい」


 「はい」


 やべぇ、多分親父より怖い。


 「えーっと、部活はどうだ?確かバド部に入ったんだろ?」


 「うんっ、勧誘してくれた先輩がすっごく優しくて!初心者の子も多いからハードルも高くないし、充実してるよ」


 「おー、そっか」


 「何か……それはそれで反応薄すぎない?」


 「いや、そんなこと言われても」


 「だからにぃにはモテないんだよー」


 「グサグサッ!!」


 すずの残虐な精神攻撃が俺の心臓にクリティカルヒットする。


 「そ、そういうお前はどうなんだよっ!」


 「あー……それ聞いちゃう?ねえ聞いちゃう?ホントに?」


 すずは頬杖をつきながら上目遣いで俺の嫉妬心を煽る。


 「んだよウゼーな、まさか告白でもされたのか?まあ、まだ中1だし流石にそんなこと――」


 「されたよ」


 「だよなだよなーうんうんっ……は??」


 「されたよ、告白」


 

 パリンッ!!



 想定外の返答に動揺した俺は、手に持っていたコップを床に落としてしまった。


 「な、なななななっ……!」


 「にぃに動揺しすぎだって。アカツキちゃん、悪いんだけどコップ片付けてもらってもいい?」


 「もーっ、ミーはお手伝いロボットじゃありませんことよ!プンスカ」

 

 充電スタンドで休んでいたアカツキは愚痴をこぼしつつも渋々掃除機をかけ始めた。


 すずの言うことは素直に聞いてくれるんだな……

 

 「こ、告白って、誰に、いつされたんだよ」


 「同じクラスの男の子。創立祭の終わり際に体育館裏に呼び出されちゃって」


 「なんてベタな……」


 「入学式の時から私のこと気になってたんだって〜きゃー嬉し!告白なんて生まれて初めてだったもん!」


 すずは赤らめた頬に両手を添え、顔をブンブンと横に振っている。満更でもなさそうだ。


 「てことはお前まさか、付き合っ――」


 「断ったよ。ほとんど喋ったことない子だったし」


 「えっ?あーっ……」



 勇気ある少年よ、強く生きてくれ――



 「で、にぃにはどうなのさ」


 「ん?俺か?」


 「創立祭の時、女の子達と一緒にいたじゃん。進展とかないの?」


 「あー……」


 明智柚葉と白百合結衣――二人とも良い子だし、一緒にいたら心地いいと思うけど、付き合うとなるとまた違ってくるのか……?


 「まあ、今後に期待してくれ」


 「言っとくけど、レエナ先輩はゼーッタイ渡さないから!ベーッ!」


 「妹よ、それは絶対に無いから安心したまえ」


 桔梗先輩とはあくまでライセンス取得試験までの関係だ。試験が終われば関わることもほとんど無くなるだろう。


 それはさておき、いつから桔梗先輩はすずの所有物になったんだよ。



————————————————————◇◆



 翌週――



 キーンコーンカーンコーン



 4時間目の現代文の授業が終わり、俺は先日の会話をふと思い出していた。


 「彼女……か……」


 「ふふっ、どーしたの?ボーッとして。その顔、さては何か悩んでるのかなっ」


 「んっ……うおっ!なんだ、侑さんか……」


 クラスメイトが続々と食堂へと向かう中、隣の席の女子生徒、根茂平侑が呆けている俺に声を掛けてきた。


 「いやー、悩んでいるとか何というか……」


 「もしかして……好きな子でもできた?」


 「ん!?いやいやいや!そんなそんな」


 「動揺しすぎだって〜ウケる」


 根茂平はクスクスと静かに笑っている。


 「好きな子というか……実は、中等部に通っている妹がクラスの男子に告白されたらしくて……」


 「ええっ!?シスコン!?」


 「ちげぇわい!」


 「あははっ!ごめんごめんっ、それで?」


 「俺は何か進展ないのかーって聞かれて……高校生って、やっぱり付き合うのが普通なのか?」


 根茂平はうーんと少しばかり考え込むと、左斜め後方の席を横目に見る。


 「”田中コンビ”いるでしょ?」


 「あぁ、一緒にいること多いよなーあの2人」


 田中大葉たなか たいよう田中蓮華たなか れんげ――クロッカス1年で唯一名字が被っている2人だ。席も前後で入学当初からよく話しているのを見かけていた。


 「つい最近、付き合い始めたらしいよ?」


 「ええっ!マジか!」


 「創立祭の終わり際に大葉くんが告白して、蓮華ちゃんが二つ返事でオッケーしたんだって〜」


 「これまたベタな……」


 失恋した人間がいる一方、恋を成就させている人間もいるということか。


 まさに創立祭マジックだな。


 「陽彩くんも顔は結構良いほうだし、アタック次第で彼女ゲットできちゃうかもよ〜?」


 「ホントかっ!?へへっ、俺ってそんなイケてるかな〜」


 お世辞だろうが何だろうが、自分の容姿を褒められるというのは、悪い気はしない。


 「ほらほら、結衣ちゃんとかお似合いじゃない?」


 「えっ?白百合さん?」


 「だって、男子の中であの子と仲良くしてるの、陽彩くんくらいだよ?」


 「あー、確かにそうかもな……」


 白百合とは偶然が重なって友人になれているわけだが、果たして向こうは俺のことをどう思っているのだろうか。


 ただの友人としか思っていないのか、それとも……


 「陽彩くん?」


 「あっ、悪い!ちょっと考え事してた」


 「まだクラスには1組しか付き合っている子いないから、狙うなら今のうちだよ~ん ♪ じゃね~」


 「お、おう……」


 根茂平は俺との会話を済ませると颯爽と教室を出て行ってしまった。


 「狙うったってなぁ……」


 「どうかしましたか?御角くんっ」


 「うおっ!明智さん!?今日は女子会なんじゃ……」


 「なーんか、珍しく侑ちゃんとお喋りしてたから気になっちゃって……ねっ!結衣ちゃん!」


 「えっ!え、えっと、その……」


 明智の傍にいた白百合は、咄嗟に明智の背後に身を隠す。


 「あーっ、別に、大したことは無ぇよ!ははは!」


 「ほほう?」


 明智は露骨に視線を逸らした俺を訝しげな眼差しで凝視する。


 根茂平のせいで白百合のことを変に意識してしまい、つい顔が火照ってしまう。


 確かに、白百合は可愛いと思う。なんかこう、庇護欲を掻き立てられるというか、癒やされるというか……



 でも、これって恋愛感情なのか……?



 俺は、白百合のことが好きなのか……?



 「わ、わっかんねぇ~~~~っ!!!」


 俺は身体を仰け反らせて頭をワシャワシャと掻きむしる。


 「えっと……御角くん?」


 「御角さん……?」


 二人は俺の奇行に首をかしげつつ、これ以上は刺激しまいと静かに教室を去って行った。



————————————————————◇◆



 20xx年5月某日、北海道某所――


 「さてと……これで最後の1体だなっ!」


 ウェーブのかかった綺麗な金髪を後ろで束ねている少女が、額の汗をサッと拭いつつ、目の前で果てた飛行型トキシーの後始末を進めていた。


 「お疲れ様です!月下つきした先輩!」


 広大な水田の先から、威勢のいい声で少女の名前を呼ぶ少年の姿があった。


 「おお!しゅう、そっちも終わったのか?」


 「ええ!この筋肉で木っ端微塵にしてやりましたよ!フンッ!!」


 戦闘護衛部隊クロッカス2年、徳川柊とくがわ しゅうは自慢の上腕二頭筋に力を込め、得意げにマッスルポーズを取っている。


 「ははっ!頼りになる後輩で助かるよ」


 安堵の笑みを浮かべている少女の名は、”月下人美つきした ひとみ”。戦闘護衛部隊クロッカスの3年生で、ギャル風の見た目によらず学年1の戦闘能力を誇り、人望も非常に厚い。


 まさに、クロッカスの中核を担う人物だ。


 「いやー、休日に召集して悪かったな。今は新入生の育成で忙しいんだろ?」


 「いえいえ!月下先輩の頼みなら、国内どこでも、いや、世界のどこだろうと駆けつけますよっ!!フンッ!!」


 「ははっ!柊は相変わらずだなっ!でも、あまり無理はすんなよ?」


 月下は徳川の肩をポンッと軽く叩く。


 ところが、笑顔の月下とは裏腹に徳川はどこか物憂げな表情を浮かべている。


 「……月下先輩こそ、あまり無理はなさらないでくださいね」


 「なぁに、アタシの心配なんて無用さ!それよりも、さっさと仕事終わらせようぜっ!アタシ、お腹ペコペコだ〜」


 「……そうですね!北海道といえば、やっぱり海鮮!いや、ジンギスカン……味噌ラーメンもアリですねぇ!」


 「ははっ、そうだなっ」


 妄想を膨らませている徳川を横目に、月下は眉間に皺を寄せながら仕事内容をタブレット端末で確認している。


 「今日は……あそこの家にお住まいの方ですか?」


 「いやー……ここの稲村いなむらさん、頑固なんだよな」


 「確か、過去に一度断られてるんでしたっけ?」


 「あぁ……とりま、やるだけやるか!」


 二人は水田の角にぽつんと建っている住宅の玄関前まで辿り着いた。2階建てで、築年数は50年を超えているだろう。外壁の塗装は所々剥がれ落ち、家周辺の雑草も放置され、とても人が住んでいるような様相ではない。


 「インターホンも壊れているな……」


 「留守なんですかね?」


 「あの爺さん、メモリングも頑なに嵌めないから、連絡もつかないし位置情報も特定できないんだよなー」


 月下はため息をこぼしつつ、家の周囲を散策する。


 「うーん、今日は諦めるしか――」



 ガラガラガラ――



 「おい小僧共、他人の家の前で何していやがる」


 突如として2階の窓が勢いよく開き、強面の老爺が顔を覗かせていた。年齢は70前後といったところだろう。


 「えっと……稲村さん、突然すみません。我々、戦闘護衛部隊クロッカスの人間です。よろしければ、下でお話を伺えないでしょうか?」


 「はぁ……まーた貴様らか。まあいい、少し待ってろ」


 稲村という名の老爺は呆れるような表情を見せつつも、徳川の要求に渋々応じた。


 それから2,3分後、玄関の戸がゆっくりと開き、稲村が姿を現した。


 「……で、今日はなんじゃ」


 「稲村さん、アンタいつまで此処に居座り続けるつもりなんだい」


 月下は強気な態度で稲村の顔を睨みつける。


 「何度も言っておるじゃろ。オラは死ぬまでこの田んぼで米を作り続ける。これは絶対に揺るがんオラの意志じゃ」

 

 「この辺りは”特定危険区域”だ。さっきだって、トキシーがわんさか湧いていたんだぞ。この調子じゃ、アンタはいつ死んだっておかしくない。我々は、アンタを保護する義務があるんだ」


 「そうですよ、稲村さん。ヒュドールカンパニーが提供する都心の集合住宅に移住すれば、安定した食生活と身の安全が担保されるんです。デメリットはほとんど無いと思いますよ」


 稲村は二人の説得に耳を傾けるが、その表情は一切変わることなく、二人に背を向けた。


 「貴様ら小童こわっぱには、無いんじゃろうな」


 「……何がですか?」


 「”命に代えてでも護りたいもの”が」


 稲村の声色は徐々に暗くなっていく。


 「この田んぼは、オラが幼い頃に祖父が開拓したんじゃ。いつかはこの村を出て行くつもりじゃったが、ウチの米を買いに来る人たちが『美味しい美味しい』と笑顔で褒めてくれてな。気づかぬうちに、稲作はオラの生き甲斐になっていたんじゃ」


 「でも、今この辺りにはアンタしか住んでいない。米の買い手がいない生活も、そろそろ限界なんじゃないのか?」


 月下はひどく痩せ細った稲村に事実を突きつける。


 「そんなこと……解っとるわい!!」


 稲村は目元に涙を浮かべながら月下に対し怒鳴りつけた。


 「子供には恵まれず、婆さんに先立たれ、オラに唯一残されたのはこの場所……オ、オラには、この田んぼしかないんじゃよ……!この田んぼが、オラの全てなんじゃ……!!」


 「稲村さん……」


 「それに……ここの田んぼを貴様らが買い取ったとして、何に使うつもりじゃ」


 「えっと、それは……」


 徳川は気まずそうな表情で月下に目配せをするが、月下は一切動じることなく手元のタブレット端末の画面を稲村に見せつける。


 「ヒュドールカンパニーでは、従来の米よりも栄養価、安定供給に優れた米の開発に着手している。輸出入が制限されている今の日本には、こういった農作物を育てる場所が必要不可欠なんだ。アンタの行動次第で、救われる命があるんだぞ?」


 「ケッ、他人の命など知ったことか。この国の未来なんて、もう無いんじゃよ。余生くらい、好きに過ごさせてくれんか」


 「そうか……アンタの意志がそこまで固いようなら、もうアタシらの出る幕は無いな」


 「……あぁ、そうしてくれ」


 

 ガチャッ――

 

 

 稲村は背を向けたまま玄関の戸を閉め、家の奥へと姿を消した。


 「月下先輩、本当に良かったんですか?」


 「まあ……あの爺さんの気持ちは、解らなくもないしな」


 「と、言うと?」


 「あ、いや!アタシの独り言だから気にすんな!それよりも、メシ食いに行こうぜっ!今日はアタシの奢りだ!」


 「……おおっ、いいんですか!?ありがとうございますっ!!」


 気を取り直した二人は、水田を後にした。

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