File.34「実践・人型」

 放課後、俺はアカツキと共に正門前広場のベンチに腰掛けていた。


 「『来週からは訓練場所を変更します。放課後、正門前で待っていてください』か……にしても遅いな」


 「これくらいも待てないなんて、ヒイロは短気ですわねっ!紳士への道はまだまだ遠いですわ!」


 「るっせ、余計なお世話だ」


 授業が終了してから30分以上は経過したであろうが、桔梗先輩は一向に姿を見せない。


 こんな時、連絡先を持っていれば不便はしないのだが、俺は聞くタイミングを完全に失ってしまった。


 「残り2週間、ちょっとずつ手応えは感じてきたけど……」


 俺は訓練でズタズタになったてのひらをまじまじと見つめる。マメが随所に現れ、皮はボロボロ、日常生活に支障を来すレベルだ。



 ガラガラガラ――


 

 木漏れ日が差し込む中、何重にも積まれた収納ボックスを載せた台車をゆっくりと押し込む少女がこちらに向かってくる。

  

 「……お待たせしました、御角くん」


 「桔梗先輩!?何ですか、この大量の荷物……」


 「今日からの訓練は、大がかりな準備が必要になりますので」


 「大がかり……ですか」


 俺は桔梗先輩が運んできた巨大な収納ボックスを横目に固唾を呑む。


 「さあ、行きましょうか」


 「あっ、運ぶの手伝いますよ!」


 俺は桔梗先輩に代わり台車を押すことにした。紳士だからな、俺は。


 「……ありがとうございます」


 「うぐっ……!お、重ぇ……!」


 一体何キロあるんだ……?よく涼しい顔して運べるな……


 「……やっぱり、代わりましょうか?」


 「いいえ!こ、これもっ、訓練の一環ですから!」


 「ふふっ、少しはクロッカスの一員らしくなりましたかね?」


 僅かに微笑む桔梗先輩と共に、俺は”ある”場所へと向かった。



————————————————————◇◆



 「えっと……ここってまさか……」


 ”ある”場所――今でもあの時の光景は鮮明に覚えている。苦い、辛い思い出だ。相も変わらず、不気味で近寄りがたい様相をしている。


 「ええ、トキシーの巣窟です。普段は解放されていないのですが……指揮官から特別に使用許可をいただきましたので」


 「使用許可……ここで今から何を?」


 「そうですね……御角くんは、ライセンス取得試験の概要について、どの程度理解していますか?」


 「えーっと……」


 俺は記憶を辿り、以前指揮官が説明していた内容を回想する。


 「たしか、2人1組でチームを作って、”トキシー討伐ポイント”と”人命救助ポイント”の合計点で合否が決まるんだったような……」


 「まあ、他にも細かいルールはありますが……大まかに言えばそんなところですね。クロッカスは単身で行動することは殆どありません。仲間との連携が命を繋ぐ鍵になります」


 確か、クロッカスは5~6人くらいで班を構成しているとどこかで聞いた覚えがある。


 「先週までは戦闘の立ち回りについて一通り教えてきましたが……今日からはより実践的な訓練を行っていきます。どうぞ、こちらへ」


 「は、はい……」


 俺は台車を押しながら桔梗先輩の後を追う。ところが、桔梗先輩は巣窟内に進むことなく、入口付近の壁をペタペタと触り始める。


 「先輩、何してるんですか?」


 「確か……ここら辺に……あった」



 ゴゴゴゴゴゴゴゴ……!!



 突如として地面が激しく揺れ、俺は膝から崩れ落ちるようにしてしゃがみ込む。


 「おおっ!?何だ何だ地震か!?」


 「大袈裟ですね……ただの隠し扉ですよ」


 「えっ?」


 桔梗先輩が指差した壁面には、人がギリギリ通れる程度の隙間が出現しており、桔梗先輩はウイングを抱え、躊躇いもなく隙間の奥へと進んでいった。


 「ちょ、ちょっと待ってくださいよ!」


 俺は荷物とアカツキを置き去りにして隙間へ身を捩(よじ)った。


 「ちょっと!麗しきミーを置いていくなんて、とんだ不届き者ですわ!プンスカ」


 「あ、ごめ」


 さっきまで地蔵のように大人しかったアカツキが急に自我を出し始めた。


 コイツの気分屋すぎる性格、どうにかならんものか……



————————————————————◇◆



 「ここは……」


 隠し扉の先には6畳程の空間が広がっており、横長の机には司令室を彷彿とさせるような巨大なキーボードが設置され、壁面には無数の監視用モニターが取り付けられていた。


 「見ての通り、トキシーの巣窟の管理室です。人工森林の管理室も兼ねていますが」


 「うおぉぉぉおお!!何か、敵のアジトみたいでカッコいいっすね!!」


 「ヒイロ、うるさい」


 「い、いいだろ別に。男の子はな、機械がウジャウジャしてるのを見ると興奮しちまう生き物なんだよっ」


 「キモーですわ!キモキモヒイロ ♪ 」


 「んだとおい!!電源落とすぞ!!」


 俺とアカツキは不毛な喧嘩を始める。コイツ、なんでいつも俺に対してやたらと当たりが強いんだ。


 「――あの、よろしいですか。時間が惜しいので」


 桔梗先輩は俺たちを軽蔑の眼差しで睨む。


 「あっ、すいません、続けてください」


 「ご、ごめんなさいですわ……」


 「はぁ……」


 桔梗先輩は目頭を押さえつつ、大きなため息をこぼす。なんかほんと、ごめんなさい。


 「ここでは、トキシーの出現数、強さ、ギミックの有無など、多種多様な条件で実践的な訓練を行うことが可能です。最終試験の時も、指揮官はこちらの部屋でトキシーの管理・試験の進行役を務めていました」


 「へぇ……そうだったのか」


 「ライセンス取得試験は基本的に最終試験と同じ難易度ですが、ご存じの通り、ある条件が加えられます。それは――」


 「人命救助、ですよね」


 食い気味に答えた俺に対し、桔梗先輩は『ご名答』と言いたげな表情を見せる。


 「ええ、今回の試験の要は”そこ”です。一旦、部屋の外に出ましょうか。準備したいものがあるので」


 管理室の外に出た桔梗先輩は、台車に積んであった一際大きな収納ボックスの蓋を開ける。


 「うわあああっ!!!ひ、ひっ、人の死体がぁ~~~っ!!!」


 蓋を開けた途端人間の顔が姿を現し、俺は驚きのあまり腰を抜かしてその場に尻餅をついた。


 「何を言ってるんですか。これは人型クローですよ」


 「えっ?あーっ……なるほど」


 最近はすっかり見なくなってしまったが、数年前に人間の形をしたクローが流行っていたことを思い出した。造りが非常に精巧であることが逆に仇となり、人型クローを巡る社会問題が勃発。販売から僅か数ヶ月で回収されてしまったんだとか。


 ちなみにこれも蘊蓄うんちく眼鏡情報だ。


 「もう世に出回っていませんが、クロッカスの救助訓練や人工知能研究のサンプルとして、この島では現在でも有効活用されているんです」


 「はぇ……現物を見たのは初めてだなぁ。相当なレア物なんじゃねーの?」


 確かに、よーく目を凝らすと人工物であることがわかるが、ぱっと見では生身の人間と区別をつけるのは難しい。モデルは10代の女の子だろうか……社会問題になってしまったことにも納得がいく。


 「ふんっ!優秀なミーと比べたら、こんなポンコツ大したことないですわっ!」


 「こらこら」


 「イデッ!」


 俺はアカツキの頭を軽く引っぱたいた。多分だけど、お前よりハイテクだと思うぞ……


 「充電は前日に済ませておいたので、早速起動してみましょう」



 ピッ――



 ウィーン――



 「うおっ!」


 棺桶のような収納ボックスに横たわっていた人型クローは、起動した瞬間上半身をグイッと垂直に起こし、器用に両膝を曲げて立ち上がる。黒髪のショートヘアで身長は160cm前後、顔立ちはまさに男子の理想を具現化しており、ウチの高等部の制服を着用している。もしもクラスにこんな子がいたら、間違いなく人気ナンバーワンだろうな。


 人型クローは素早く視線を俺に向け、深々とお辞儀をした。


 『ピピ……おはようございます』


 「お、おはようございます……」


 何だか、不思議な感覚だ。クローとのお喋りはアカツキで散々慣れているはずなのに。


 『ピピ……身体情報……』


 人型クローは首を上下に動かし、俺の全身を舐め回すように観察し始める。


 『ピピ……性別、男性……年齢、15歳……身長、173cm……体重、60kg……登録者に該当人物、無し』


 「うおっ!何だコイツ!俺の個人情報が勝手に……!」


 「安心してください。この人型クロー”クローネちゃん”は対象の身体情報を自動で算出することができるんです」


 『ピピ……あなたのお名前を教えてください』


 「えっ、俺?御角陽彩」


 『ピピ……”シカト キイロ”登録完了しました』


 「っておいーっ!クローネちゃん、壊れてるだろっ!」


 俺は悪意のないクローネちゃんにガンを飛ばす。


 「御角くんの発音が問題かと」


 『ピピ……キキョウ レエナさん、おはようございます』


 「おはよう、クローネちゃん……ねっ?」


 「ぐっ……」


 桔梗先輩はドヤ顔でクローネちゃんの頭を撫でる。彼女の煽りスキルの高さには脱帽せざるを得ない。彼女が最も感情を露わにするのは、俺を煽っている時かもしれない。


 まったく、いい性格をしているぜ……


 「それで、そのクローネちゃんは何に使うつもりなんすか」


 「そうですね、彼女には怪我人役を任せようかと」


 「怪我人役……?」


 「ライセンス取得試験では、怪我人を抱えながらトキシーの討伐を行うことが条件となっています。怪我人役のライフが0になってしまうと、その時点で不合格となります」


 「ええっ!?ただでさえアイツトキシーらと戦うのが精一杯なのに……」


 トキシーとの戦いに限れば、以前よりは健闘できるだろうが、今回はペアを組む人間との連携、さらには怪我人を保護しながらの戦闘――とても一筋縄では行きそうにもない。


 「あなたは……実際に怪我人が目の前にいたとして、同じことが言えますか」


 「い、いいえ……」


 「解ればいいんです。早速、始めましょうか。ペア役は私がやりましょう」


 「よ、よろしくお願いします……」


 ……この調子じゃ、桔梗先輩の実力には到底追いつきそうにもないな。


 むしろ、彼女の腕前や精神力を垣間見る度に、俺と彼女の実力差がみるみる離れていく――そんな気さえした。


 残り2週間、より一層気合を入れる必要がありそうだ。

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