File.32「会長・副会長」

 ここは、ヒュドール学園高等部生徒会室。


 昼休み、広々とした室内に少女が一人、パソコンの前で黙々と作業を進めている。


 「うーん……あと2週間、どうしましょうか……」


 普段は寡黙な少女であるが、今日に限っては珍しく独り言をこぼしている。



 ガチャッ――



 「失礼するぞ、桔梗。今は……お前だけか?」


 ノックも無しに生徒会室へと足を運んだのは、クロッカス総指揮官の牡丹田朱里だ。


 「ええ、翡翠会長は色んな方からお祝いのプレゼントを頂くのに忙しいそうで……興梠副会長も、今は席を外しています」


 「そうか、今日は彼女の誕生日だったな。どうりで2年の教室がやたらと騒がしかったわけだ」


 牡丹田はメモリングで日付を確認すると、空いていた席に腰掛けた。


 作業を中断した少女は、牡丹田の来訪に不信感を抱きながらも、探りを入れるように問いかける。


 「……何かご用でしょうか」


 「なあに、大したことじゃないさ。御角の件だ」


 「あぁ……」


 少女は表情を曇らせ、牡丹田から視線を逸らした。


 「どうした、あまり上手くいっていないのか?」


 「いえ、最初は目も当てられませんでしたが……最近は、徐々に腕を上げているようにも見受けられます。あとは、様々な環境や状況に対して柔軟に対応できるかどうか……」


 「まあ、入試の時は散々だったからな。彼の課題点は”そこ”だ」


 御角陽彩に対する分析は共通していたようで、両者は自然と目を合わせた。


 「ええ。ですから、ライセンス取得試験までの残り2週間のスケジュールを、先程からずっと考えていたんです」


 「そういうことだったのか。であれば、ちょうど良かった」


 「……?」


 「お前に、この鍵を渡しておく」


 そう言うと、牡丹田はカードキーを少女に手渡した。


 「これは……本当に、よろしいのですか?」


 「あの施設を彼に提供すれば、きっと目覚ましい成長を遂げるだろう。私からのささやかなプレゼントだな。来週から使ってみるといい」


 「……ありがたく頂戴いたします」



 キーンコーンカーンコーン……



 「おっと、もう時間か。5限目は全校集会だから、早めに移動しておけ」


 「かしこまりました」


 「それと……私の前くらいは、肩の力を抜いても良いんだぞ」


 「……はい」



 ガチャッ――



 「肩の力……」


 部屋に取り残された少女は自身の肩を押さえつつ、眉間に皺を寄せて考え込む。


 「わからない……」


 ボソッと一言呟いた少女は、生徒会室を後にした。



————————————————————◇◆



 何で……何でよりにもよって……


 「俺なんだぁ~っ!!」


 俺は第一体育館の舞台袖で頭を抱えながら悲鳴を上げていた。


 「情けないぞ、346番。君が提案したプレゼントが大層評判だったからじゃないか。少しは光栄に思いたまえ」


 「でも……興梠先輩……!」


 「大丈夫だ。この学園で最も気色の悪い自分がついてるからな。何も恐れることは無いっ!」


 「こ、興梠先輩っ……!!」


 謎の自信に満ちた興梠先輩は、俺の肩を強めに叩く。


 まさかの自他共に認める厄介オタクだったとは。


 「ほら……蘭様から13.75m離れたここからでも仄かに香ってくるだろう……?フローラルの……」


 「先輩、キモいのでそれぐらいにしといてください」


 「ぐぐぬふんっ……!!新入り、中々攻撃的だな……」


 ステージ上では、学園長が長々と話を続けている。正直、この世が終焉を迎えるまで続けていて欲しいものだ。


 「――えー、以上で、わしからの話を終わろうと思うのじゃが……」


 学園長は舞台袖の俺たちに目配せすると、流れるように降壇した。


 体育館内は次第にざわつき始める。


 「さあ、行くぞ、346番。最高の誕生日パーティーにしようじゃないかっ!!」


 「お、おっす!」


 パーティーというよりは、ただ一方的にプレゼントを渡すだけなんだけどな……


 俺は緊張を紛らわすように両頬を叩き、興梠先輩に続くようにステージの中央まで歩を進める。


 事情を知らない生徒の眼差しが、自然と俺たちに集まる。


 高校初の登壇がコレなんて、俺はとんだ悪運の持ち主だ――と、思っていたのだが……


 「全校生徒の皆、ごきげんよう。高等部生徒会副会長の興梠だ。本日は、我らが麗しき生徒会長、翡翠蘭様の17歳のお誕生日だ!!」


 『ワァーーーーーーッ!!!!!!!』


 粛然とした雰囲気を瞬時に破壊するような歓声が湧き上がり、ヒューヒューと口笛を鳴らす生徒や、感動のあまり涙を拭う生徒まで現れている。


 これが、翡翠先輩の人望の厚さ、そしてカリスマ性……!


 そんなことより、こんなキモい人が副会長だったとは、世も末だな。


 「この場をお借りして、我々”翡翠色に気高く咲き誇る蘭の会”から、ささやかながらプレゼントをお渡しする。蘭様、どうぞ、ご登壇くださいっ!!」


 『ワァーーーーーーッ!!!!!!!』


 前方の席で控えていた翡翠先輩は、興梠先輩の合図と共に、周囲に温かい笑顔を振りまきながら、時折お辞儀をしつつステージ上へと姿を現す。


 所作の一つ一つが洗練されており、全校生徒、さらには教師の視線までもが彼女に一点集中している。


 「まさに、翡翠色に気高く咲き誇る一輪の花……はうぁああっ……!美しゅうございます……!!」


 興梠先輩は手を擦り合わせて涙を流し始める。確かに、翡翠先輩の美貌は常軌を逸しているが、さすがに大袈裟すぎる気がするぞ……


 翡翠先輩は俺たちの前に立つと、首を少し傾けて優しく微笑みかける。


 「ふふっ ♪ 」


 「んっ……!!」



 俺はこの瞬間、堕ちてしまった。



 戻ることのできない無限回廊へと。



 この至近距離で翡翠先輩のご尊顔を崇めることができるなんて、俺は神に選ばれし男かもしれんな。そうに違いない。



 御角陽彩は、豪運の持ち主だ。


 

 その一方で、翡翠先輩に見とれている興梠先輩は、ゴホンと咳払いをすると小刻みに震える手でマイクを握る。


 「ら、蘭様!改めまして、御誕生日おめでとうございますっ!!」


 「ふふっ ♪ ご丁寧にどうも ♪ 」


 「うぐんっ!!」


 気持ちは分かるが、いちいち変な反応をしないで欲しい。


 「蘭様の御誕生日に際して、我々からプレゼントを差し上げます!!是非、受け取ってくださいませぇー!!」


 「まあ、大変嬉しく思いますわ ♪ わくわくっ ♪ 」


 「さあ、346番、例のモノを」


 「あっ、はいっ!」


 俺は舞台袖に戻ると、予め用意しておいた巨大なプレゼントボックスを載せた台車をステージの中央に押し込む。入っているモノがモノだけに、かなり重量がある。


 「あらあら、かなり大きなプレゼントですわねっ!」


 「ええ、会員番号346番の彼が考案したんです」


 「まあ ♪ 」


 翡翠先輩は俺に温かい眼差しを向ける。


 「あ、ど、どうも……」


 や、やっべ~~~~!!!!眩しすぎて直視できねぇ~~~~!!!!


 やはり彼女は天照(アマテラス)の末裔か何かか……?


 「それでは、蘭様!箱をお開けくださいっ!」


 「では、失礼いたしますわっ」


 翡翠先輩は心を躍らせながら巨大プレゼントボックスの蓋をゆっくりと開ける。


 「あら、まあ……!」


 『おぉぉぉぉぉ……!!』


 俺が考案したプレゼントがお披露目されると、会場はどよめき始める。


 「素敵ですわ…… ♪ これは、一体何ですの?」


 「それについては、346番が説明いたします」


 突如として、俺にマイクが手渡された。


 「あっ!えっと、ですね……」


 俺は言葉を詰まらせながらも覚悟を決め、マイクを口元に寄せる。


 「ゴホン……!こちらは、蘭様をイメージしたフラワースタンドでございます。弊会のメンバーが手掛けた蘭様の等身大イラストを中心に、蘭様をイメージした花々を添えさせていただきました」


 「あらあら ♪ 感服ですわ ♪」


 「さらに、こちらの胡蝶蘭ですが、実はソープフラワーになっております。蘭様好物のジャスミンティーの香りと、フローラル系の石鹸の香りを練り込んだ、オーダーメイドのソープフラワーでございます」


 『おぉぉぉぉぉ……!!』


 プレゼントのクオリティとこだわりの強さに、観衆は思わず感嘆の声を漏らしている。


 実際のところ、俺は興梠先輩が考案した台本を死ぬ気で丸暗記しただけなんだけどな。


 「では、ありがたく頂戴いたしますわ ♪ 大好きな学園の、大好きなみんなにお祝いしていただけて、とーっても、幸せですわ ♪ 」


 翡翠先輩は満足げな笑みを浮かべると、俺たちと全校生徒に向かって深々とお辞儀をする。


 『ワァーーーーーーッ!!!!!!!』


 先程よりも一際大きな歓声が体育館内に轟く。

 

 役目を終えた俺は、感極まって大粒の涙を流す興梠先輩にマイクを返した。


 「うぅ……ぐすんっ!以上で、翡翠蘭様のお誕生日祝いの儀を終了させていただく。蘭様に、今一度盛大なる拍手を!!」


 『ワァーーーーーーッ!!!!!!!』


 万雷の拍手と歓声が、降壇する翡翠会長に向けられる。


 ヒュドール学園のアイドル的存在である翡翠先輩は、見た者全てを虜にする。


 今日のステージは、まさにアイドルのライブを彷彿とさせた。


 ”高嶺の花”とは、彼女のためにある言葉だろう。


 俺が彼女とお近づきになれる日は、まだまだ遠そうだ。

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