File.31「正義・会合」
紛れもなく、コイツの動きは最終試験の時よりも遥かに遅い。遅いが……
『グォォォォォォォ……!!』
「くっ……!」
ゴーレム型は次から次へと強烈な攻撃を仕掛けてくる。手首にかかる負担が想像以上に大きく、歯を食いしばりながら防ぐので精一杯だ。
「これで……レベル1なのかよっ……!!」
「残り2分です」
このままでは最終試験の二の舞だ。
そうだ、思い出せ、最終試験を。
ヤツは――黒華はどうやって戦っていた?
思い出せ……思い出せ……
「――くんっ!!」
「――御角くんっ!!」
桔梗先輩の怒号によって、俺の回想は瞬く間に断ち切られる。
「んっ……おっ!?!?」
正面の攻撃にばかり気を取られていた俺は、死角となった横っ腹に堅牢な腕が直撃し、全身に電流が走った。
「ぐぁぁぁぁぁぁあああああーーーーっ!!!!!!」
な、何だこの激痛っ……!?
手足が……思うように動かねぇっ……!
俺は悲鳴を上げながらその場に倒れ込んで身悶えした。
「ぐっ……ホントに訓練用なのか?これ……!」
「御角くん、いつまで虫のように這いつくばっているのですか。まだ時間は半分残っていますよ」
桔梗先輩は俺の心配など全くする気がないようだ。まあ分かってはいたが。
だが、窮地に立たされた俺は”あること”を思い出した。
「……そうだ」
「……御角くん?」
「桔梗先輩、俺勝てるかもしれないっす!」
「それは……どうでしょうね」
「まあ、見ててくださいよっと!」
俺は痺れがまだ残っている右腕で模造刀を握り、ゴーレム型の次なる一手に備える。
『グォォォォォォォ……!!』
ゴーレム型が左腕を大きく上に振り上げ、俺の脳天目がけて振り下ろしてきた。
「今だっ!!」
俺はゴーレム型の脇腹辺りを目がけてフェンシングのような突き技を繰り出す。
『グォォォォォォォ!!!!』
「当たった……!」
ゴーレム型は体勢を崩し、左右によろけている。この状況、黒華がゴーレム型と対峙した時と同じだ。
「やぁーーーっ!!」
俺はその隙にゴーレム型の腹部辺りに斬撃を放つ。
ジャキンッ……!ジャキンッ……!
《Golem Toxic Lv.1 95% ■■■■■■■■■■ 》
「……っておい、全然ダメージ減ってねえじゃん!アカツキ、壊れてんじゃねーのか?」
俺は模造刀と化したアカツキを舐め回すように観察する。
「御角くんっ!!」
「ん?」
気がついたときには打つ手無し。丸腰の俺にゴーレム型の強烈な一撃が襲いかかる。
『グォォォォォォォ……!!』
「ぐぁぁぁぁぁぁあああああーーーーっ!!!!!!」
先程よりも強力な電流が全身に走る。電流に焼かれるような感覚だけを植え付けられ、俺の体力ゲージは尽きてしまった。
2分も経たないうちに俺は勝負に敗れ、柔道場の中央には《 YOU LOSE… 》とホログラムで表示されている。
「くっそ……こんなつもりじゃ……」
「まったく、呆れますね」
桔梗先輩はため息交じりに対戦結果のフィードバックを閲覧している。
「いやいや、アカツキが壊れてるのがいけな――」
「失礼ですわね!ミーはどーーーっこも壊れていませんことよ!!」
「うわっ!その状態で急に喋るなよ!」
「アカツキの言う通りです。あなたは真っ向勝負でゴーレム型に敗北しました。そう、最弱の、レベル1に」
「わっ、わかりましたって!」
この人、やっぱり一言余計だ。
「でも、これってただの模擬戦闘だし……ホントにやる意味あるのか?もっとこう――」
「……御角くん」
「はい?」
俺の言葉が引っかかったのか、桔梗先輩の声色が顕著に変化した。それだけでなく、彼女は顔を曇らせ、俺に対し軽蔑の眼差しを向ける。
「……あなたは戦闘護衛部隊を、命を甘く見すぎです。生半可な気持ちで居続けるつもりなら、今すぐ去ってください」
自身の襟元を握っている指先は僅かに震え、心なしか涙腺も緩んでいる。俺は彼女の逆鱗に触れてしまったようだ。
「いや、別にそういうつもりじゃ……」
「このデータを見ても、それが言えますか」
桔梗先輩はスマホの画面を俺に見せてきた。そこに記載されていたのは、俺の対戦結果の詳細だ。
「先程の戦いが、仮に都心部で起きた場合――御角くんは言わずもがな、100人の犠牲者と、およそ2億円の被害が発生します」
「100人……それに、2億……!?」
「それだけ、トキシー1体を討伐できなかった場合の代償は大きいのです」
「レベル1のアイツでさえも、か……」
俺はとんだ思い違いをしていたようだ。これはただの訓練じゃない。日本を――世界を悪の手から護り抜くための使命なのだ。全世界の人々がクロッカスに期待し、縋りついている。今こうしている間にも、クロッカスの人間は人々の命を救うべく鍛錬に勤しんでいるはずだ。無論、白百合や明智、黒華だってそうだ。
なぜ、俺は忘れてしまっていた……?
何のために
……いや、別に忘れていたわけじゃない。
叩きつけられた現実を前に、言い訳を盾にして逃げ出したかっただけだ。
「俺は……弱いな……」
俺は自分を見つめ直し、桔梗先輩に対して深々と頭を下げる。
「先輩、すみませんでした!俺っ、考えが甘かったです」
「……」
桔梗先輩は、俺の弁解に黙って耳を傾ける。
「俺、お恥ずかしながら、不純な動機でクロッカスに入ったんです」
「不純、ですか」
疑問には思いつつも、詳細を聞き出すつもりは無さそうだ。
「最初は憧れだったんですけど……入試や訓練を経て、己の弱さに気づかされて……それから自信がどんどん無くなっていって……」
ダメだ、言葉にすると余計に刺さっちまうな。
俺は彼女から視線を外し、明後日の方向を眺める。
「御角くん」
「……はい」
俺は恐る恐る桔梗先輩に視線をスライドさせる。今度はどんな叱責が飛んでくるのやら……
「最初は、誰だって弱いです。私もそれは同じ。ただ……大切なのは、”如何なる時も己の正義を信じ続ける”ことだと、私は思います。御角くんは、何のためにクロッカスに入ったんですか?」
俺は入隊を決意したあの日を回想する。
「……カッコよくて、勇敢で、周りから認められるような人間になるためです」
「なるほど、そうですか」
「やっぱり、浅はかですよね……」
「それが、御角くんの正義なんだとしたら、それでいいのではないでしょうか」
「俺の……正義……」
「そうですね……正義のヒーローでも目指してみましょうか」
桔梗先輩は「ふふっ」と小さく笑った。この人に”笑う”という感情があるとは思わなかったな。
しかし、正義のヒーローか……子供っぽいが実にわかりやすい。
「桔梗先輩、もう一度、お願いできますか……!」
意志を固めた俺は再び
「イ゛イ゛イ゛イ゛イ゛イ゛タ゛イ゛テ゛ス゛ワ゛!!!!」
「おっ、すまん!」
強く握りすぎてしまった。
一方で、俺の想いが届いたのか、桔梗先輩の瞳に光が宿り始めた。
「正義のヒーローが、最弱のトキシーに負けているようでは目も当てられませんからね」
「はは……ですよね……」
本当に仰る通りなのだが、この人はもっと柔らかい表現はできないものなのか。
「……いいでしょう。今日はレベル1のゴーレム型を倒すまで、絶対に帰しませんから」
「ひ、ひぇ~~っ……!!」
桔梗レエナ、恐ろしい人だ……
————————————————————◇◆
「はぁ……なんか、寿命が5年くらい縮んだ気がするぜ……」
桔梗先輩の的確な指導のお陰で、俺はレベル1のゴーレム型トキシーを倒すことができた。
時刻は間もなく18時。陽は沈み始め、ウミネコだかカモメだかの鳴き声が夕空に響き渡っている。
満身創痍の状態での帰り道は、いつもの何倍も長く感じる。
「ヒイロ、何か忘れていませんこと?」
「え?何って――」
「よう、陽彩。お前もこれから向かうところか?」
学生寮が見えてきたところで、後方からマサに肩を掴まれた。
「……ん、あぁ、お前か。向かうってどこにだよ?俺これから寮に――」
「おいおい、まさか忘れてたなんて言うつもりじゃないだろうな?」
そう言うとマサは制服のジャケットを脱ぎ捨て、例のTシャツを見せびらかして腰に手を当てた。
「あっ……完全に思い出したぜ……」
「ほらっ、お前の分もあるから、さっさと着替えろ」
するとマサは肩にぶら下げていたトートバッグから新品のTシャツを取り出し、俺に押し付けてきた。
「いやいやいや!俺はいいって!別に翡翠会の会員じゃねぇし……」
「何を言ってるんだ?もうお前の会員登録はこっちで済ませてあるぞ」
「聞いてねぇ~~っ!!」
————————————————————◇◆
学生会館の大ホールには、既に200人以上の生徒が集まっており、俺とマサは後方の席に腰掛けた。会員の大半は男子生徒で、全員がもれなく例のTシャツを着用している。
「揃いも揃って……お下品ですわ……」
アカツキもどこか居心地が悪そうだ。
「なあなあ、ホントに大丈夫なのか?この怪しすぎる団体……」
「なぁに、お前ならすぐに慣れるさ」
「それってどういう――」
パパンッ!
マサに意味を問う前に、何者かが大きく掌を叩いた。
「はいっ、ちゅーもーく!」
大ホールの前方で声を張り上げる男子生徒の姿があった。一見、至って真面目そうな生徒に見える。
彼の呼びかけによって、騒がしかった室内は瞬く間に静寂に包まれた。
「只今より、”翡翠色に気高く咲き誇る蘭の会”5月度定例会議を執り行う。
……ん???らんか???
『嗚呼〜♪ 気高き〜♪ 一輪の〜♪
何か始まったぞ……??それに、隣の眼鏡も当たり前のように歌い始めやがった……
『嗚呼〜♪ 翡翠蘭〜♪ 我らが〜♪ 翡翠蘭〜♪ 』
「うぅ……吐き気を催しますわ……!」
狂気的な光景を前に、堪忍袋の緒が切れたアカツキはスリープモードに入ってしまった。
そして、蘭歌斉唱が終わると会員は続々と着席していった。その後、進行役の男子生徒が辺りをじっくりと見渡す。
「さて、今年度は早くも50名以上の新入生が入会してくれたようだが……」
俺の存在に気がついた途端、男子生徒は俺を訝しむような目で睨む。
「見慣れない顔が着席しているな。新入りか?」
男子生徒の発言により、全員の視線が俺に集まる。
「あ、ああ!ええっと……」
焦り散らかしている俺の横で、マサはスッと右手を挙げる。
「すみません、コイツは先日登録を済ませた俺の友人です」
「ああ、そうだったか。疑ってすまなかったな、”346番”」
「……ええっ?」
謎の呼ばれ方に困惑する俺に、マサは再び助け船を出す。
「お前の会員番号だよ。ちなみに俺は”315番”だ」
「あぁ……そゆこと……」
囚人みたいであまり良い気はしないな……
「346番、歓迎するよ。自分は翡翠会の代表を務めている、先進技術学科2年の”
「えっと、クロッカス1年の御角陽彩です。よろしくお願いします……」
「はいっ!期待の新入りに一同拍手!!」
パチパチパチパチパチパチ……!!
興梠先輩の合図により、俺は拍手喝采を浴びることになった。
――何故だろう、もう帰りたい。
「では、本題に移ろう。来たる5月10日は、我らが翡翠蘭様の御誕生祭だ」
『うおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!!!!!!』
突如として湧き起こる歓声。ツッコんでも無駄だ。
「昨年と同様、我々翡翠会は、全校集会にて御誕生日プレゼントをお渡しすることになった。そこで、君たちからアイデアを募りたい。意見のある者は挙手を」
全校集会でプレゼントを――随分と大胆なことをやるんだな。よく学校の許可が通ったもんだ。
なかなか手が上がらない状況で、後方に座っていた男子生徒がピンと右腕を挙げた。
「はいっ!」
「204番」
「蘭様等身大銅像!」
「予算も製作日数も足りん!却下!」
あっさりと断られてしまった。
「はいは~いっ!」
続いて手を挙げたのは、ここでは数少ない女子生徒だ。
「321番」
「やっぱり~お金どうこうじゃ無いと思うんですよね~こういうのは、労いの気持ちが大事というか~」
「……と、言うと?」
「マッサージ券1年分!どうでしょ~」
「ノ~~~~~ンッ!!!!蘭様の美しき御身体に触れるなど、法を犯すも同然!却下!……はぁ~っ、蘭様の
気色の悪い問題発言はさておき、こちらも断られてしまった。
「まったく……!良いアイデアは無いものか……!」
興梠先輩は頬杖をつきながら歯ぎしりを始める。他力本願もいいところだ。
しばらくの沈黙が続いたのち、マサは俺に耳打ちする。
「陽彩、ここはお前の番じゃないのか?」
「は、なんでだよ」
「ここで最高のアイデアを出せば、蘭様とお近づきになれるかもしれんぞ……?何と言っても、アイデアが採用された生徒は、蘭様へプレゼントをお渡しする権利が与えられるからな」
「おおっ、まじか!……って言われてもなぁ」
「おい、315番と346番、何をコソコソ話しているのだ。意見があるなら述べたまえ」
俺たちの様子を不審に思った興梠先輩は、腕を組みながら問い詰めてくる。
「いやーそのー」
「346番が素晴らしいアイデアを述べたいそうです」
「おいっ!マサ!」
マサは薄ら笑みを浮かべると、俺に全責任を擦り付けてきた。
この眼鏡、完全にこの状況を愉しむつもりでいやがるな……
「えーっとですね……」
考えろ、考えろ、俺っ……!
振り絞れ、御角陽彩……!!
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます