File.20「偶然・必然」

 「ここで……合ってるよな……?」


 俺は東館1階、”会議室5”の扉の前に到着した。時刻は13時、本来であれば午後の授業が始まる時間だ。


 防音対策が施された重厚な扉の横には、非接触キーリーダーが取り付けられており、牡丹田が寄越したメッセージ曰く、メモリングを翳すと生徒の顔とメモリング内のデータを照合し、俺だけが入室可能になるように設定されているそうだ。


 「こう、か……?」


 キーリーダーにメモリングを翳すと、扉の中央に取り付けられた小型モニターに《5210036 御角 陽彩 照合完了》と表示され、扉が解錠された。


 「失礼しまーす……」


 恐る恐るドアノブを手前に引くと、6畳程度の空間に長机がコの字型に配置されていた。


 扉から真正面の席では、何やら重々しい雰囲気を醸し出している牡丹田がタブレット端末を片手に肘をつき、鋭い眼光で俺と目を合わせる。


 「来たか、御角陽彩……初日からいきなり呼び出してすまないな」


 その表情とは裏腹に、牡丹田の声色は普段よりも明るいように感じた。


 「まあ、とにかく座りたまえ。別に、そこまで身構えなくてもいいぞ」


 「えっと、その……じゃあお構いなく」


 俺は物音を立てないようにそっと牡丹田の右斜め前側に着席し、横目で牡丹田の様子を窺う。


 俺が着席したのを確認した牡丹田は、持っていたタブレット端末の電源を落としたのち、長い脚を組み直して俺に身体を向ける。


 「そうだな……まずは、改めて入学おめでとう」


 「あっ、ありがとうございます……」


 「私がお前を呼び出した理由、何か心当たりはあるか?」


 「えっと、やっぱり、入試の件ですよね……?」


 俺は探りを入れるように聞き出す。一方の牡丹田は俺の返答を見透かしていたかのように薄ら笑みを浮かべている。


 「まあ、概ね正解だ。だがその前に……」


 すると、牡丹田はその場に立ち上がるや否や、表情を引き締めると俺に対して深々と頭を下げた。


 「入隊試験では不便をかけた。アカツキが入試に紛れてしまったのはこちら側の不手際だ。申し訳ない」


 「ああっ、いいえ!そんな……」


 急な謝罪に俺は面食らってしまった。そんなに畏まられると反応に困るな……


 「それよりも、俺が合格したのって、やっぱりアカツキの件を配慮してくれたからですか……?」


 俺は一番気になっていたことを聞き出すことにした。


 「ああ、私も丁度その件について話すつもりだった。ここからの話は、くれぐれも他言無用で頼むぞ」


 他言無用ということは、アカツキの件は学校側にとってよっぽど不都合な事態だったのだろう。


 俺たちは再び着席し、入試当日の内容を振り返ることになった。


 「まず結論から言おう。御角陽彩、お前が最終試験で獲得したポイントは55pt、これはクロッカスの歴代合格者内で最低得点だ」


 「あっ、そうなんすね……」


 歴代最下位……いきなり現実を突きつけられるとは思わなかったが、つまりは今年の合格者内でも当然最下位ということだ。ということは……


 「牡丹田先せ――指揮官、俺が最下位入学だということは、白百合結衣さんは俺よりも点数が高かったってことですよね?」


 「他の生徒の結果については公表できんが、つまりはそういうことだな」


 臆病者の白百合が一人で戦えるなんて到底思えないが、俺と一緒に居るときはトキシーに遭遇しなかったし、実は高い潜在能力を秘めているのかもしれないな。


 「それとアカツキだが、アイツは私がクロッカス現役時代のパートナーだった。今はとっくに引退して学園内の雑用クローとして働いている」


 「あのアカツキが、指揮官のパートナー……!?」


 「まあ、もう10年近く前の話だ」


 牡丹田の戦闘力は計り知れないが、クロッカスの総指揮官を務めるくらいだ。ただの戯言だと思っていたが、第一線で活躍していたというアカツキの言い分にも納得がいく。


 「アイツは変わり者だが、頭が非常に切れるヤツでな。試験用クローの管理タグと自身の管理タグを入れ替えて、3日前から試験用クローの保管庫に忍んでいたそうだ」


 「アイツ、そんなことを……」


 「どういう意図で紛れ込んだのかは私も知らんが、罰として今は私の部屋のクローゼットで保管してある」


 「もしかして、最終試験で充電切れを起こしてから今日までアイツは眠ったまま……」


 「そういうことだ」


 R.I.P アカツキ……


 「そんなことより、俺の合格理由、教えてくださいよ」


 「ああ、そうだったな……」


 牡丹田は少し気が引けるような様子だが、手元のタブレット端末の画面を見ながら話を続ける。


 「わかっているとは思うが、御角は特別枠での合格だ。試験の点数が足りなくとも他のステータスで高く評価されたということだ」


 「他のステータス……それを聞きたいんですが」


 「そうだな……アカツキが絡んでいる、と言えば納得するか?」


 「まあ……」


 やはりアカツキが原因か。見当はついていたものの、いざ聞くと少し安心するな。


 「ここからは少し専門的な話にはなるが、興味があれば聞いてくれ」


 「……わかりました」


 「まず、アカツキは初代ルミナスクローだ。現行のルミナスクローは2代目で、初代は7年前に役目を終えた。初代は余計な機能を詰め込みすぎて、予期せぬトラブルが発生したり、バッテリーの持ちが悪かったりと欠点が多かったからな」


 予期せぬトラブルにバッテリーの持ち――思い当たる節が多いな。


 「初代ルミナスクローは、その後どうなったんですか?」


 感情をあそこまで露わにしているクローを目の当たりにしたのは、アカツキが初めてだった。最近のクローは何というか……ロボットに近しいというか、まさにロボットだ。


 「2代目を生産する段階で9割以上は処分された。アカツキを含め、優秀だったルミナスクローは現在もこの学園内にいるが、生産から10年も経ってしまっているからな……」


 牡丹田は小窓の外を眺めると、どこか儚げな表情を浮かべている。


 トキシーが日本各地を襲撃した日からもう10年か……あの惨状は忘れもしない。牡丹田も当時のクロッカスに所属していたのなら、俺には想像もできないほど壮絶な経験をしているはずだ。


 その時代を共に過ごした相棒ともなると、鬼教官のような性格の牡丹田とて、アカツキに対する特別な想いはきっとあるんだろうな。


 「初代ルミナスクローは、使用者との相性が95%以上でないと全く使い物にならない。そもそも、所有者以外の人間とペアリングすることはご法度とされていた。相性が悪かったときに暴走でもされたらたまったもんじゃないからな」


 「だとしたら、俺とアカツキはたまたま相性がバッチリだったってことですよね?そんな偶然、いくらなんでも出来すぎてるというか……」


 「偶然、か……お前からしたらそう見えるかもしれんな」


 「……?」


 牡丹田は再び薄ら笑みを浮かべると、タブレット端末の画面を俺に見せてきた。そこには細かい文字がみっしりと綴られており、見ているだけで頭がおかしくなりそうだ。


 「これは初代ルミナスクローの取扱説明書だ。ここに書いてあるように、ルミナスクローは相性の良い人間を自動で検知することができる。ルミナスクロー側からペアリングを拒否することだって可能だ」


 「ってことは、アカツキは故意的に俺を選んだってことか……?」


 「ご名答、だな。合格理由の大部分はそこにある」


 「……!」


 「自分で言うのもあれだが、クロッカスで最も戦闘力が高かった私と互換性の高い人間が現れたんだ。入隊させる価値があるとは思わないか?」


 アカツキと相棒になった時点で、俺の不合格は決まっていた――最初はそう思い込んでいたが、真実はその逆だったらしい。


 俺は不安だった。最終試験では黒華に実力差を見せつけられ、入学初日に補欠合格を勘ぐられ、俺は本当にクロッカスの一員として貢献できるのか……


 でも、アカツキが俺を選んだというなら、挽回する余地は十分にあるはずだ。


 俺はその場に勢いよく立ち上がり、牡丹田に熱い眼差しを向ける。

 

 「指揮官、俺っ、貴方みたいに強くなれますか……?」


 牡丹田は顎に手の甲を当て、少し間を置いたのち、口を開いた。


 「それはお前の努力次第だ。明日からの訓練、期待しているぞ」


 「はいっ!よろしくお願いします、指揮官!」


 俺は机に額が当たりそうな勢いで深々と礼をした。その後、首を反らして牡丹田に再度視線を向ける。


 「それと指揮官、一つだけお願いがあるんですが……」


 「何だ、言ってみろ」


 俺は深呼吸をしたのち、牡丹田の瞳を見つめる。


 「もう一度、アカツキとペアを組みたいんです」


 「それは無理な話だ。言っただろう、アカツキは何年も前に引退している。君たち新入生には2代目のルミナスクローと組んでもらう」


 「でもっ、俺は……」


 牡丹田は呆れたような仕草を見せるが、安易に拒否されてしまった俺は下唇を強く噛み、拳を固く握りしめる。


 「とりあえず話は以上だ。今日は寮に帰りたまえ」


 「……失礼しました」


 牡丹田が強引に話を終わらせたことにより、俺は帰宅を余儀なくされた。


 アカツキが俺を選んだ――他に深い意味があるんじゃないか、と俺は思い込んでいる。


 ……いや、思い込みたかっただけ、なのかもしれないな。

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