File.19「指揮官・呼出」

 「――それでは、戦闘護衛部隊クロッカスのガイダンスを行う。詳細については、手元の資料を参照してくれたまえ。なお、配布した資料は学園敷地外への持ち出し、漏洩等を固く禁じている。発覚した場合は、校則に則り相応の処罰が下されるので留意しておくように」


 ファイリングされた資料の表紙には、デカデカと㊙の文字が印刷されており、管理用のタグがワイヤーで括り付けられている。もし漏洩なんてことがあれば、最低でも退学処分――いや、それどころでは済まされないだろうな。


 最初の5分間は学校の沿革や年間行事等の説明が行われたが、内容は学園長や翡翠先輩が話していたものとほぼ重複していた。今月末には創立祭か……翡翠先輩と回れたりしないかなー、なんて。

 

 ――そんな馬鹿な妄想はさておき、重要なのはここからだ。


 「君たちクロッカスに所属する生徒は、通常授業を終えた放課後の2時間、クロッカスの訓練場にて戦闘訓練を行う。そのため、君たちは部活動の所属が禁止されている。予め、ご了承願いたい」


 部活動か……中学の時は帰宅部だったし、少し興味はあったが……まあ仕方ない。それよりも、通常授業があるってことは、俺は今後も勉強しなきゃならないということか?最悪だ……


 「それから、5月末にはクロッカスのライセンス取得試験が行われる。ライセンスを取得した者は、6月から本格的にクロッカスとしての任務が始まる。毎年9割以上の生徒が合格しているが、決して簡単な試験ではないので気を引き締めるように。その1週間後に追試も設けているが、そこで不合格になると退学処分となる」


 ライセンス取得試験だと?おいおい、入学したらすぐにクロッカスのメンバーになれるんじゃないのかよ……それに、せっかく入試を通ったのに退学処分になったら元も子もないじゃないか。


 戦闘護衛部隊、そう甘くは無いって話か。


 「ここまでで質問のある者は挙手を――」


 「ちょっと、質問いいカナ?」


 入隊試験の時と同様、黒華が指をパチンと鳴らして場を乱そうとしている。対する牡丹田は、この展開を読んでいたかのように鋭い目つきで即答する。


 「入試の時も忠告したが、関係のない質問は控えさせてもらう」


 「やだなぁ朱里チャン、ボクもそこまでお馬鹿さんじゃないヨ☆」


 「――ならば聞こう」


 黒華のふざけた態度に呆れつつも、聞く耳は持つようだ。果たしてどんな酷い質問が飛んでくるのやら……


 「募集人数は40人だったはずだけど、実際の合格者はここにいる42人だった。その2人が誰なのか、そして合格理由を教えてもらえないかい?」


 入試の時とは打って変わって、核心をついた質問に周囲はどよめき始める。それもそう、最終試験で100ptを獲得した上で正規合格している人間からすれば、俺や白百合のように補欠合格した人間は煙たい存在であるに違いない。ここは沈黙を貫き通すしかないのだが、牡丹田が内情を暴露すればそれまでの話だ。


 「――静かにしろ」


 牡丹田は強めの口調で場をしずめた。黒華軍団以外の生徒は、どこか浮足立った様子で牡丹田に視線を向ける。対する俺も額に冷や汗をかきながら固唾を呑む。白百合も恐らく動揺しているはずだ。


 「基本的に試験結果は公表していない。それに、今年に限らず100ptに満たずとも合格している生徒は存在する。我々がクロッカスに必要だと判断した生徒であることには変わりない。当然、そういった生徒に対する差別や蔑視等の行為は、クロッカスの活動に支障をきたす。そのような愚行は控えるように徹してくれ。以上だ」


 「なるほどねぇ〜、まあ誰なのかは大体見当はついてるし……ネッ?」


 黒華はわざとらしくウインクをかますと、視線を教室の対角に向け、ニンマリと笑みを浮かべる。俺は黒華と目を合わせないように明後日の方向を見つめる。


 「――それと、私のことは今後”指揮官”と呼べ。最初は慣れないかもしれないが、統一するよう心掛けるように」


 「オッケー、朱里指揮官チャン☆」


 「……」


 黒華の無礼な態度に牡丹田は絶句している。無論、俺もだ。こいつと3年間苦楽を共にするなんて、たまったもんじゃない。それはこの場にいる大半の生徒も感じていることだろう。


 それでも、牡丹田は表情をほとんど変えることなく淡々と話を再開する。


 「――ガイダンスは以上だ。改めてクロッカスへの入隊、心より感謝する。これから3年間、君たちは辛い場面に遭遇することや理不尽をこうむることも多々あるだろう。それでも世界平和のため、悪性AIトキシー殲滅せんめつに尽力してほしい。私も全力で指導させてもらう。早速、明日から通常授業と訓練が始まる。時間割や移動教室はメモリング内にインストールされているスケジュール表を参考にしてくれ」


 俺はこの3年間で、時に出会い、時に別れ、時に葛藤し、時に涙するだろう。 


 ただ、一つだけ――クロッカスでの使命を全うし、悔いなく卒業を迎える。


 それが現時点での俺の目標だ。


 「それに……今年の新入生は育て甲斐がありそうだ」


 牡丹田は教室内を見渡しながら意味深な台詞を残し、高校生活初日はチャイムとともに幕を閉じた。


 昼食は校内の食堂で食おうが弁当を持参しようが寮に帰ろうが自由らしいが、直帰する予定だったため弁当は持参していない。


 だが、ランチタイムはクラスメイトと親睦を深めるチャンスだ。黒華は論外として、白百合なら既に知り合いだし、昼食に誘う価値は十分にある。


 ……別に、彼女に対してよこしまな気持ちは一切無いからな?


 俺は帰りの支度をしている白百合の座席に近づき、向こうが俺の存在に気づいたところで軽く会釈をする。


 「……やあ、白百合さん。この後空いてたりするか?よかったら、食堂で飯でもどうだ?」


 「えっ、あっ、空いてますっ!と思います……」


 白百合は俺の誘いに少し驚いていたが、自己紹介が上手くいったこともあってか、心なしかいつもより表情は穏やかだ。


 「決まりだなっ!俺も一人で行くのは心細かったから助かるよ」


 「ゆっ、結衣もですっ!と思います……」


 グゥゥゥゥゥゥゥ……


 「……っ!!」


 白百合は空腹のあまりお腹が鳴ってしまったようだ。またしても顔を真っ赤にし、咄嗟に腹辺りを押さえる。


 「ははっ、相当腹が減ってるんだな。混んじまう前に早く行こうぜっ」


 俺の提案に白百合はコクリと頷き、俺たちは足早に1階の食堂へ向かうことにした。



————————————————————◇◆



 「やっぱり混んでるなぁ……」


 ヒュドール学園の食堂は本館1階の東側に位置し、中等部や高等部の生徒、さらには教職員も利用するため、昼時は特に混雑しているようだ。

 

 「俺は麺コーナーに並ぶけど、白百合さんはどうする?」


 「えっ、ゆ、結衣も同じで……」


 まあ、白百合からすれば食堂のおばちゃんに話しかけるのはかなりハードルが高いだろうしな。


 俺たちは注文品を受け取ると、窓際の4人掛けの席に向かい合わせに座った。これだけ広くて混雑もしていると、空席を探すのにも一苦労だ。


 「いっただーきまーす!!」


 「……きますっ……!」


 俺たちが注文したのは《旨辛!濃厚味噌ラーメン》だ。食堂でも一二を争う人気メニューらしい。濃厚な味噌スープと唐辛子の香りが嗅覚を刺激する。


 まずはスープから……


 「ズズズズズ……」


 俺たちは同時にスープを啜り始める。


 「辛っ!けど美味ぇぞ!」


 「んんっ……!!ゲフッ、ゲフンッ!!」


 白百合は想像以上の辛さにせてしまっている。俺は慌てて白百合に水の入ったコップを渡す。


 「白百合さん……大丈夫か?もしかして辛いの苦手だったり……」


 「いっ、いいえ……!そ、その、思ったより辛くてびっくりしちゃっただけですっ……美味しいですっ!と思います……」


 「ははっ、そうかそうか!無理はすんなよ?」


 白百合はコクリと頷くと、今度は舌を刺激しないようにゆっくりと箸を進めた。


 それにしても、このレベルの食事が毎日のように提供されるのなら誰も文句はつけないだろうな。メニューの種類も豊富で、金欠学生のための格安定食まで用意されており、親元を離れていても安心だ。


 「……よう陽彩、隣いいか?席が全然空いていなくて困ってるんだ」


 「んっ……?なんだお前か、いいぜ」


 俺と白百合の席に割って入ってきたのは、蘊蓄うんちくメガネ……ではなく、マサだった。カツカレーを載せたトレーを俺の隣に置くと、俺の目の前に座る少女の顔を不思議そうに見つめる。突然の来客に、白百合は焦って箸を止める。


 「……陽彩、お前もしかして初日から女の子をナンパしたのか?いい度胸だな」


 「バカっ、違ぇよ!この子は白百合結衣さん、俺と同じクラスで、入試の時にたまたま知り合ったんだ。別にナンパなんかしてねえよ」


 「ほう?」


 マサは半信半疑で俺の弁明を聞いたのち、眼鏡をクイっと押さえながら白百合の方を向く。白百合も俺に同意するように素早く頭を上下に振る。


 「ははっ、いつものように揶揄っただけだから気にしないでくれ。俺は樹雅也、陽彩とは幼なじみだ。よろしく」


 「樹……あっ、確か入学式の時の……」


 樹雅也という名前を聞いた途端、白百合は思い出したかのように瞳を見開いた。


 「おい、そうだよマサ!なんで新入生代表挨拶をやるってこと俺に黙ってたんだよ!?」


 「何でって……」


 マサは顎に手を当て考え込むような仕草をしているが、答えは何となく予想がついている。


 「……陽彩を驚かせたくて黙ってた」


 「クソッ、コイツ……!!」


 俺はマサの背後に着くと即座に首元に腕を回し、肘を曲げて絞め技を繰り出した。


 「ひっ、陽彩っ……!くっ、苦し……」


 マサは俺にギブアップの仕草を見せるが、その様子をどこか微笑ましそうに眺める白百合が可愛らしいので構わず続行する。


 「……ウッ」


 「やべっ、やり過ぎたな……」


 顔が青ざめたマサは座ったまま気を失い、天を仰いでしまった。これは後でこっぴどく叱られちまうな……


 楽しんでいた様子の白百合も、泡を吹いたマサを見て急に焦りだしてしまった。


 ピロン


 その直後、メモリングに1件の通知が届いた。差出人は担任の牡丹田朱里だ。



 《至急、東館1階の会議室5まで”一人”で来ること。》


 

 「なんだ至急って……」


 まさか、この期に及んで入学取り消しとか言わないよな……?それも”一人”でって強調しているってことは、よっぽど秘密裏に行いたいことでもあるのだろうか。


 「御角さん……?」


 眉間に皺を寄せる俺を、白百合は心配そうに見つめる。


 一息ついた俺は残りの麺を平らげ、素早くその場に立ち上がる。


 「悪い白百合さん、急用が出来ちまったから先に帰っててくれ。マサのことよろしく頼むなっ、じゃあまた明日!」


 「え、えっ、御角さんっ……!」


 人見知りの白百合にマサを預けてしまうのは非常に申し訳ないが、初日に呼び出されるってことはそれなりの重要事項であることは間違いない。俺は食器を片付けると添付された地図を頼りに東館へと駆け出す。


 「一体何なんだよっ……」

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